Stand up』(超特急)/『Mazy Night』(King & Prince

 俺はヒップホップに関しては、いわゆるオールスクール、すなわち“パーティーラップ”の時代から、結構関心は持っていた方だと思う。

 というのも、その、メロディを重用(ちょうよう)しない、喋り口調をそのまま音楽に乗せるというアイデアが、口語日本語の持つ――例えば英語表現と比較した時――どうしてもイントネーションに縛られてしまう構造的特性や、音節と情報量の関係に、当時結構不便を感じていた“ロックミュージシャン”にとっては――朗報とはオーバーだが――一種突破口とでもいおうか、ヒントを示唆してくれる方法論にも思えてならなかったからである。

 とはいえそれは“ラップ”というアートフォームの持つ、技術論的な側面への興味にとどまるレベルの話ではあった。

 ヒップホップという文化に本気で私がのめり込んでいったのは、'85年に制作された、RUN-D.M.C.らが出演の映画『Krush Groove』からである。そこに展開される音楽世界が、ロックとも、またソウルミュージックマナーともまったく違う、斬新な肌触りを持っていて興奮したからだ。

 そうした意味では、パンクセックス・ピストルズとの出会い以来の“強い衝撃”を受けた出来事といっていい。

 要するにヒップホップとは、ことラップという一技術方法の発明にとどまらぬ、いってみれば、若者たちの価値観全般に及ぶ革命の記号だったのだ。音からだけではわからなかった色々なことを、この映画は教えてくれたと思う。

 ひとつは、アディダスなどに代表される、ストリートファッションパワーの意味だ。そしてもうひとつは、ラッパーやDJの刺激的な動き/アクションの視覚的魅力である。

 映画を観ていて、なかでも印象深かったのがL.L. Cool Jのパフォーマンスだった。

 未だに、ラッパーの仕草は、基本その流れの延長線上にあるといっても過言ではない。

 今週の超特急が、'90年代ヒップホップを意識した作りということなので検証してみると、やっぱ大元はL.L.だよなぁ! と、再認識をしたりもするのだが、面白いのは、そうはいいつつそこには微妙に“和のテイスト”のちりばめられていることだった。

 たとえていうと、本来がアメリカヒップホップシーンでは、ラッパーとダンサーは“稼業違い”なのか、踊りも達者にこなすMCは、少なくとも俺の記憶にはないのだ。それがここでは、ごく自然に、ラップをやる人がブレイクダンスも踊って見せてくれる。

 そんなことを色々と考えているうちに、この『Stand up』の映像に見られるような、ラッパー的な動きもブレイクダンスも楽勝でやってのけてしまうという軽さ、器用さ、お気楽さこそが、競合するアイドルたちには決してマネの出来ぬ、超特急の誇るべき“味”なのでは? という気も段々としてきたのだった。

 King & Prince

 一分の隙もないっていうのが、逆に息が詰まる感じにもなるのよね。俺には。

ちかだはるお/1951年東京都生まれ。ミュージシャン。現在、バンド「活躍中」や、DJのOMBとのユニットLUNASUN」で活動中。近著に『考えるヒット テーマジャニーズ』(スモール出版)。近作にソロアルバム『超冗談だから』、ベストアルバム『近田春夫ベスト~世界で一番いけない男』(ともにビクター)がある。

(近田 春夫/週刊文春 2020年7月2日号)

絵=安斎 肇