(藤谷昌敏:日本戦略研究フォーラム政策提言委員・元公安調査庁金沢公安調査事務所長)

JBpressですべての写真や図表を見る

 戦後の米国は世界最大の貿易黒字国だったが、1970年代からは双子の赤字に悩むようになり、歴代大統領の金融政策の誤りもあって、2008年のリーマンショック、2013年には自動車王国の象徴だったデトロイトまでもが財政破綻した。

 そして、2020年、世界最強の防疫機関である「疾病対策予防センター」(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)を抱えながら、新型コロナウィルスの蔓延を防ぐことができなかった。

 米国の感染者数は229万837人、死亡者数は12万1301人(6月20日現在)となり、ベトナム戦争での死亡者5万8220人どころか、第1次世界大戦の死亡者11万6516人を上回った。その経済損失は、最悪で1.8兆ドルに上る(米国ブルッキングス研究所)。

 ちなみにCDCは、「米国の安全保障のため、国境に到達する前に世界中の新たな病原体や疾病に立ち向かう」ことを目的として創設され、単なる感染症だけではなく生物兵器の研究や防疫も行うため、捜査権を含む強力な権限を付与されている。年間予算1兆3300億円(2019年)を持ち、米国だけではなく世界各国に1万5000人を超える医師や研究者を置くほどの米国国家安全保障上の強大な組織である。アトランタのCDC本部は分厚いコンクリートで囲まれ、堅牢なことで有名で、大統領ワシントンで指揮命令できなくなった時の代替施設の機能も有する。

対応が後手後手に回ったトランプ大統領

 今回、新型コロナウィルスの蔓延を防ぐことができなかった原因は、ひとえにトランプ大統領が再選を意識して、対応が後手後手に回ったことによる。

 トランプ大統領に対しては、既に1月上旬にCIA(中央情報局)などの情報機関が「ウイルスが中国から米国にも拡散することは確実で、数週間以内に市民に自宅待機などを指示し、大規模の都市を封鎖するような措置を取らざるを得なくなる」と予告していた。さらに経済担当のナバロ大統領補佐官が「ウイルスのまん延によって、50万人もの市民が死亡し、経済的な損失は3兆ドルにも達する」と大統領に警告した。だが、いずれもトランプ大統領は無視し、「暖かくなれば、奇跡的に消え去ってしまう」などと根拠のない楽観論を繰り返した。

 専門家の声に1月上旬に耳を傾け、行動していたら、概算として少なくとも40%、最大で86%の経済的損失を抑えられたとする見方もある。

 一方、米国内での不協和音も目に付いた。3月11日トランプ大統領イギリスアイルランドを除くヨーロッパからの入国を3月13日から30日間禁止する措置を発表したが、既に首都ワシントンではミュリエル・バウザー市長が非常事態宣言を行っており、その時点で非常事態宣言を出した州は全50州の約半数の24州となっていた。

 トランプ大統領がやっと国家非常事態宣言を出したのは3月13日であり、14日にはイギリスアイルランドも入国禁止対象に加えることを発表した。3月28日に至ってトランプ大統領ニューヨーク州などで都市封鎖を検討していることを公にしたが、ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事に「連邦政府による州への宣戦布告であり、完全封鎖は中国・武漢で行われたことで、我々は中国でもないし、戦時中でもない」と猛反発されたことを受けて断念した。さらにクオモ知事は、米政府が中国を訪問した外国人の米国入国を禁止したのが2月上旬で、欧州を入国禁止対象としたのが3月中旬だったことを取り上げて、「中国を入国禁止対象にした時点で、ウイルスは既に中国を離れていた。正面玄関は閉めたが、裏口は開いたままだった」と述べ、米政府の対応が遅過ぎたという認識を改めて示した。

米国の国際社会における地位低下

 新型コロナウィルス感染症COVID-19)によるパンデミックによって明らかになったことがいくつかある。その一つが米国が自由世界を支える強国の座から後退しつつあるということだ。

 パンデミックの中、トランプ大統領の発言は混乱し、現場の混迷をさらに助長した。米国には、検査キットやマスク、人工呼吸器などが国内での必要数の1~10%程度しかなく、国際的な責任を果たすどころではなかった。そうした機器の多くを新型コロナウィルスの原発地である中国が製造していたことは実に皮肉である。それ以外にも中国は、抗生物質の米国市場の95%以上のシェアを持ち、米国は製造すらできない状態だ。

 戦後、米国が自由主義国のリーダーとして力を発揮してきた理由は、その富と軍事力だけではなく、その危機管理能力の高さと自由・平等の理念に国際社会が共鳴してきたからである。今回の新型コロナウィルスに対して、米国は同盟国と連携することもなく、物資の支援すらできなかった。

 特にトランプ大統領4月3日の会見で「N95」と呼ばれる高機能マスクなどの医療防護品について「我々は、国内で今すぐ必要だ。すでに買いだめや価格つり上げなどを取り締まっており、約13万枚の医療用マスクや約20万の高機能マスクなどを差し押さえている」ことを明かし、米国3M社のマスクのドイツへの出荷を差し押さえたことは、EUやその他の同盟国に大きな反発を招いた。

米国に期待すること

 中国は、米国の失敗と反対に国際的なリーダーシップを発揮し、イタリアに酸素吸入器1000台、人工呼吸器10万台、マスク200万枚、防護服2万着、検査キット5万台を送ったほか、イランにも医療チームとマスク25万枚を送った。こうしたマスク外交の一方で、中国政府は人民解放軍と海警局との一体化を進めて、尖閣諸島南沙諸島西沙諸島などで影響力を拡大させており、インドとの国境付近では小競り合いを繰り返している。

 中国のこうした攻勢に対抗するのは、日本の力だけでは不十分なのは明らかだ。

 米国は、まずマスク、人工呼吸器などの増産を急ぎ、国内の感染症の拡大を止めて死亡者を増やさないことが先決だ。特にワクチンや特効薬の開発では、米国は中国よりもかなり優位に立っている。米国は、コロナ対策が安全保障上最大の課題だとの立場を鮮明にし、EU、日本などとの国際的な連携を深めて、コロナの克服に全力で臨んでもらいたい。それが米国の信頼回復に最も効果的だと確信している。

[筆者プロフィール] 藤谷 昌敏(ふじたに・まさとし
 1954(昭和29)年、北海道生れ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA危機管理研究所代表。

◎本稿は、「日本戦略研究フォーラム(JFSS)」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  日韓逆転も…韓国労組、最低賃金16%引き上げを

[関連記事]

コロナだけではない米国を直撃しているパンデミック

コロナ禍で原油安も、意外にしぶといロシア経済