(山中俊之:神戸情報大学院大学教授/国際教養作家)

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 6月に起きた中国・インド(以下、中印と表記)の国境での武力衝突は、約45年ぶりに同紛争で死者を出した。中印の軍事対立は混沌としたポストコロナ時代を象徴する事件であると思う。

 今回の中印国境紛争を読み解くには、(1)中印の世界史における位置づけと歴史的関係、(2)過去100年の中印関係、(3)コロナ禍を踏まえた未来予測──の3つの視点が必要であると思われる。

 私は、二国間関係を考える場合、(1)世界史における位置づけ、(2)過去100年程度(第1次大戦後くらい)からの現代史における両国関係、(3)これら2点に現在の世界情勢(例:ポストコロナ)を踏まえた未来予測といったフレームが有益と考えている。今回もこのフレームを用いて論じることにしたい。

歴史の大半において中印は平和的な関係

 中国とインドは長く世界における二大経済大国である。

 例えば、ある研究では2000年前の紀元1世紀において、世界のGDPの1位と2位はインド(正確にはインド圏)と中国であった(ちなみにローマ帝国は3位)。中国もインドも近代以前には多くの王朝があり、中国やインドという統一された国家名が古代からあったわけではないが、本稿では便宜上中国、インドという名称で通すことにする。

 現在、中国もインドも新興国(emerging economy)と言われる。しかし、歴史を振り返れば、両国は歴史の大半において経済大国であった。しかし、中国は19世紀半ばのアヘン戦争、インドは18世紀後半から本格化した英国の植民地化によって、経済大国としての地位から陥落した。長く世界の大国であった両国にとって、近現代の歴史は屈辱の歴史であったといっていいだろう。中印両国は、新興国というよりは再興国と呼ぶのが適切であろう。

 さて、このように長く世界の二大経済大国であった中印であるが、関係が常に緊張関係にあったというわけではない。むしろ仏教の伝播などと通じた平和的な関係であった。

 仏教がインドから中国に伝播したのは、紀元1世紀の後漢の時代である。その後、中国は仏教を信奉する国家となるが、王朝によって仏教信奉の度合いは違い、仏教勢力が弾圧されたこともある。また、儒教が重視され官僚登用試験である科挙の試験科目となるなど儒教も重視された。ただ、仏教が長く中国の生活や精神風土に影響を与えたことは確かだ。インドでは13世紀には仏教は衰退するが、インド発祥の仏教は中国にとって信仰の一つの支柱であった。

 中国とインドの間には、ヒマラヤ山脈という天然の要塞がある。そのため中国とインドが本格的な戦争になったことは古代、中世を通じて多くはない。

 チンギスハンとその子孫のモンゴルによる世界征服を除き、中国の(現中国の領域内への軍事的侵攻や圧力、防衛的戦争は相当あるが)、広義の中国文化圏を超えた対外的な軍事侵攻は多くない。そもそもモンゴルは、漢民族が主体の中国とは民族構成が大きく異なり、別の国であるとの見方もできるだろう。

 同様に、現在の南アジア地域であるインド文化圏の外の地域に、インドが本格的な軍事侵攻に踏み切ったという事実はほとんど見られない。このように、アジアの二大大国は両国関係としても周辺地域との軍事的関係としても、比較的平和的な関係を継続してきたのだ。

中印国境紛争の遠因は英国とチベットの協定

 両国関係を見る際に、過去100年程度から遡ることが特に大事であると考えている。なぜなら、第1次、第2次大戦、植民地の場合は独立を経て、現在の国境や周辺地域の関係が形作られていることが多いからだ(もちろん、古代や中世からの歴史や文化が影響することも多々ある。現在政治経済を見るには、相対的に近現代の関係の影響が大きいということだ)。

 現在に続く中印国境紛争の遠因は、1913-14年に当時インド植民地支配していた英国と当時のチベット間で結ばれた協定によって、現係争地であるアルナーチャル・プラデーシュ州が英領インドの領土とされたことに遡る。チベットは清朝崩壊後、独立を求めて各国に国家としての承認を求めている時期であった。英国はチベットの独立を承認していた。その英国とチベットが国境に関して協定を結んでいたのである。

 このように、チベットが国家としての独立を求めていた時期に結ばれた協定に国境紛争の源があり、それが国境紛争の解決を難しくしているという点に着目する必要がある。世界に数多くある国境紛争、民族紛争は、実は植民地支配とそこからの独立の際の紛争の後遺症である。植民地支配の後遺症がいまだに世界各地の不安定性を形成している事実を忘れてはならないだろう。

 その後、英国から独立したインドが同州を実効支配してきた。一方、1913-14年当時の国民党が主導する中国はチベットとは別であり、本協定に署名していない。第2次大戦後の共産党政権になっても、中国はインドによるアルナーチャル・プラデーシュ州支配を認めていない。

 同州には、チベット仏教の聖地タワーングがあり、現在の中国政府にとって同州はチベットを含めた中国の内政問題において欠かせない場所になっている。現在においても独立志向のあるチベットの聖地がインド領になることは、チベットの独立志向をさらに強める結果に繋がるため、中国としては容認できないのだ。

 しかし、このような係争を抱えながらも、中印の両国関係が悪化したわけではなかった。中国に共産党政府が成立した後は、インドビルマに次いで2番目に共産党政府を承認した。さらに、世界の中で最初に大使館を中国に設置した。インドのネルー首相と中国の周恩来は、相互不可侵などの原則で良好な関係を築いた。中印の蜜月関係は第二次大戦後しばらく続いた。

 中国とインドの関係が悪化するのは、ダライラマ14世が1959年インドに亡命し、亡命政府を設立してからである。中印国境問題は、中国にとって重要な「内政問題」であるチベット問題としての側面を強めることになる。

 1950年代後半には、中国との関係が悪化していたソ連がインドを支援していた。一方、中国はインドとカシミール問題を抱えるパキスタンと良好な関係を築いた。中印国境は、中印だけでなく、ソ連、パキスタンを含む多くの利害関係国を巻き込む係争地域となったのだ。

 1962年キューバ危機で世界の目が米ソ冷戦に注がれると、その間隙を縫って中国が軍事行動に出た。結果は中国が勝利した。中国は以後アクサイチンという現在に至る係争地を実効支配している。

 1960年代の段階で、中国にとって中印国境問題はチベット問題であり、絶対に譲れない生命線であった。当時のインドにとっては、チベットはあくまで中印の緩衝帯であり、危機感が薄かった。インドにとっては、これまで友好関係を構築しようとしていた中国に対して裏切られた思いであったに違いない。

国境紛争とビジネス関係は別物

 今回の軍事衝突の要因などは現時点では分からないことが多い。しかし、コロナ禍によって両国の国内政治の不安定性が拡大している点や、コロナ禍で中国が孤立する点などを踏まえて、未来を予測していきたい。

 第一に、中印国境紛争には、中国の「内政問題」の中核であるチベット問題が横たわっているため、簡単には解決せず長期化することだ。

領土問題はなかなか解決しないものだ」と決めつけるのはよくないと思う。例えば、中国とロシアの国境は21世紀になって両国協議の結果、画定している。しかし、中印国境は、画定が相当難しい部類に属するだろう。

 言うまでもなく、独立を志向するチベットを中国領内にとどめることは、中国政府にとって優先順位が最上位級にある案件だからだ。チベット仏教のある地域をインドに渡すわけにはいかないのだ。今後も両国の国境については不安定な状態が続くだろう。

 第二に、国境問題だけで中印関係を見るのは、事象を矮小化しているといえ、経済ビジネス関係などは今回拡張していく可能性が高いと考える。

 国境紛争が長期化し、今回のような武力衝突が勃発する可能性があるとしても、中印両国は外交関係が当然あり、G20などの国際会議で首脳同士が顔を合わせる関係である。各国の首都では、中国とインドの外交官同士で両国の相互利益になることについては情報交換もなされている。

 また、中印両国間の貿易額も大きい。2019年現在、インドにとって中国は最大の輸入相手国であり、3位の輸出相手国である(JETRO資料)。また、自由貿易協定(FTA)について両国間で交渉中である。

 さらに、中国のファーウェイが中国以外では初めてインドに開発拠点を設けているなど、投資においても両国関係は決して脆弱ではない。

 国境紛争のみを理由に、両国の経済ビジネス関係も悪化していると判断するのは早計であろう。国際ニューストップを飾るのは政治関連が多い。しかし、政治や安全保障の視点でのみ見ると国際情勢の判断を誤ってしまうことに注意が必要だ。

 第三に、ポストコロナの時代に、中国が国際社会で孤立化する可能性を考慮すると、今度インドは西側寄りになっていく可能性があることだ。この点は、複数のグローバルメディアが論評している(例:『Economist』6月20-26日版"Death Valley")。

 中国に対する安全保障の枠組みとして、日米豪印の4カ国の枠組みである「QUAD」があり、日米豪印が参加し定期的に会合を開いている。コロナ禍で対中国包囲網がさらに強まることがありうるだろう。

 中印国境紛争は、単なる国境の争いではない。チベット問題をはじめ中国の内政問題、さらには米国をも巻き込んだ国際社会の対中国政策、ビジネス関係が複雑に絡んだテーマなのである。今後も、多角的に分析してフォローしていきたい。

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