(ジャーナリスト:吉村剛史)

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 宮城県内で今年6月17日、上空を浮遊する風船のような白い球状の物体の目撃が相次いだ問題で、調査にあたっていた宮城県危機対策課が、在日米軍に確認していなかったことが筆者の取材で明らかになった。

 実は、新型コロナウイルス感染症パンデミックでは民間航空機の運航が激減するなか、軍の展開の上で必要な気象データの不足が生じている。例の「白い球体」はこれを補うための観測装置であることなどが推測されるのだが、宮城県では「在日米軍とは日ごろおつきあいがなく、問い合わせ先として念頭になかった」と説明している。

 そこで筆者は、東京・横田の在日米軍司令部広報部に対し、球状飛行物体と米軍との関連を問い合わせたが、7月3日時点で回答は寄せられていない。軍の機密上、関連の有無自体が公表されない可能性もある。

国内各所に問い合わせはしたものの・・・

 電話取材に応じた宮城県危機対策課の担当者によると、6月17日午前8時20分、仙台市危機管理室からの照会を受けてこの球状物体の存在を把握し、危機対策課が宮城県警をはじめ、陸上自衛隊や、第2管区海上保安本部、国土交通省仙台空港事務所、仙台管区気象台、国土地理院東北大などの研究機関に問い合わせたという。

 一連の経緯は内部文書にまとめられている。

 同文書の内容については全国紙なども報じているが、浮遊高度は3000メートル以上で、白い気球状の物体に、プロペラ2基がついた十字型の部品が付属していたことなどを記録。物体は曇り空の影響もあり、当日午後には仙台湾沖の太平洋上で確認ができなくなったが、その推定の浮遊コースなどとともに「所有者・目的などは不明」としている。

 しかし県では「あくまで内部文書」と説明。公式に結論づけたものでないことを強調している。

 この問題に対し、同県の村井嘉浩知事は6月29日の記者会見で、「気味が悪かった」として危機管理上の問題だとする考えに言及する一方、「今回は危ないものではなさそうだったので、推移を見守った」とも。また県単独での対応の限界があるなか、今後同様の問題が発生した場合は、政府に対応を求めることも考えていくと、している。

民間機が飛行中に収集した気象データは天気予報に利用されている

 この問題との関連が推測されるのが、新型コロナウイルス感染症パンデミックの影響による気象観測データの世界的な不足だ。WMO(世界気象機関)は4月9日天気予報や気候変動を観測するためのデータの不足を指摘しているが、その原因は、各国・地域での入境制限にともなう民間航空機の急激な減便だ。

 気象関連のデータの収集先は、気象衛星をはじめ、世界に点在する1万以上の観測地点や海洋ブイ、さらには航行中の民間航空機や船舶からも集められている。加えて、ラジオゾンデと呼ばれる観測機材のついた風船を高さ3万メートル程度まで各地で同時にあげて上空の大気を観測することもある。

 集められた気象データのコンピュータ解析などをもとに天気予報が行われるが、軍用など少しでも高い精度が求められる予報などにはなるべく大量のデータを用いている。

 そうした中、航空機は、人や物の移動だけでなく、高度や緯度経度別の気温、風向のデータも収集でき、ジェット気流、乱気流の情報など、地上に観測点のない域内の情報を埋める重要な存在なのである。

コロナによる減便で民間機からの気象データが激減

 ところが、新型コロナウイルスの影響で民間航空は極端な減便、運航停止に追い込まれ、1日平均10万便あったという運航が3万便程度に激減。これらのデータが得られなくなったばかりか、観測機材の修理やメンテナンスなどにもコロナの影響が出ていた。要するに、気象データが極端に少なくなっていたのだ。

 従来WMOでは1日80万件もの航空データを収集していたというが、この間は20万件程度に落ち込んでいたという。

 日本の天気予報に使用されるデータは気象衛星「ひまわり」をはじめ、地上観測装置によるデータが主体で、航空機からの情報への依存には全体の1~2%程度とされるが、高度な気象情報が必要となる軍事用途では、長期予報の精度が最大15%も落ちるような状況を放置することは危険だ。

 6月16日には北朝鮮が開城(ケソン)の南北連絡事務所を爆破している。引き続き、ミサイル発射など軍事的な動きの活発化が懸念されるなか、周辺で航空兵力などを展開する米軍が、翌17日に不足する気象データを独自に収集しようと動いても全く不自然でない状況だった。

日本の上空を支配する在日米軍

「航空法違反ではないのか」

 宮城県のケースでもこうした指摘は出ていたが、日本の空における米軍の権限の大きさを知っていれば、宮城県が球状飛行物体の問い合わせ先として「在日米軍は念頭になかった」ということ自体、危機管理姿勢のもろさを象徴している。

 首都圏上空の「横田空域」や中四国上空の「岩国空域」などはよく知られているが、日本が独立を回復した1952年制定の「航空特例法」には、飛行禁止区域をはじめ制限飛行速度や最低高度など日本の航空法上の主要なルールに関し、米軍機、国連軍機にはそれらが適用されないことが明記されている。

 宮城県のケースでは仙台管区気象台などに市民から「あれは何か」とする問い合わせ電話が殺到し、ワイドショーなどでも話題になったが、同様の球状飛行物体は16日、岩手県内でも目撃情報があり、福島地方気象台に地元住民からの問い合わせが相次いでいた。また昨年11月に鹿児島県内でも目撃されたとも。

 ネット上では「UFO説」をはじめ、「北朝鮮風船爆弾」などさまざまな説が乱れ飛んでいるが、国内各当局とも「詳細は把握できていないが危険物ではないと判断した」という、なんとも矛盾した説明をするばかり。軍事アナリストらは、「そうした状況からみて、米軍のラジオゾンデによる気象観測データの収集だとみるのが一番妥当な推測」だとしているのだが、在日米軍司令部に対し、確認、取材自体行っていない自治体幹部や現場記者の知識不足が、騒ぎをいたずらに大きくしてしまった可能性も指摘されそうだ。

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