事実上の「一国二制度」の放棄といえる、香港の反体制的な言動を取り締まる「香港国家安全維持法」が施行されたことで、中国政府への批判が世界中で高まっている。早くも多くのデモ参加者が同法によって逮捕されるなど、その影響が心配されている。

 コロナ禍の“震源地”でありながら、その混乱に乗じて暴走する中国について、京都大学名誉教授で国際政治が専門の中西輝政氏が検証する。(全2回の1回目/後編に続く)

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 2020年は歴史の節目となった年として、世界史に刻まれることになるでしょう。その主役はもちろん中国です。

 それは、中国が新型コロナウイルスの「発生地」とされて、世界中をパニックに陥れたという理由だけではありません。それに加えて香港をめぐる情勢の緊迫もあって、いま世界中の対中認識が急激に悪化し、各国の「中国を見る目」が大きく様変わりしているのです。

 習近平政権は「中国の夢」という政治スローガンを掲げています。これは、いわば彼らの国家目標です。中国は1840年のアヘン戦争の大敗以降、世界の大国に圧迫される歴史を重ねてきました。そこから約200年かけて勢力を挽回し、いよいよ世界を大きく主導する超大国の座に「復帰する」という明確な覇権志向のビジョンを持っているのです。

 しかし、この習近平主席の「夢」はこの2020年に大きな曲がり角を迎えるでしょう。それは米英仏独をはじめ、印、豪、ASEANなど超大国や多くの経済大国・地域から、“不実な大国”中国への警戒意識がかつてない高まりを見せており、強固な「中国包囲網」が構築されつつあるからに他なりません。まずはその「中国包囲網」の実態を見ていきます。

一変した世界の対中認識

 分かりやすい形で対中姿勢を強めているのはご存じの通り、アメリカトランプ大統領です。

新型コロナウイルスは武漢のウイルス研究所から流出した」と主張し、中国の初動が遅れたことで世界規模の感染拡大につながったと批判を強めています。カメラの前でも、「真珠湾攻撃よりも、世界貿易センターへのテロ攻撃よりもひどい。こんな攻撃はこれまでなかった」とまで断じました。

 しかし、いま世界が中国に注目しているのは、ウイルスのことだけではないのです。

 世界の対中認識が変わる決定打となっているのが、コロナ禍のどさくさに紛れて、本格的に香港に手を出し始めたことです。

 周知のように昨年から、香港では大規模なデモが続いています。中国本土に犯罪容疑者引き渡しを認める「逃亡犯条例」の改正に、多くの香港の人々が反対したことをきっかけとして、民主化を求める声はなかなか沈静化しません。

 この状況に業を煮やし、中国の国会にあたる今年5月の全国人民代表大会(全人代)で、「香港国家安全維持法」(以下「国家安全法」と略称)の導入方針が採択された。つまり、中国の国会において、「今後は(香港当局の頭越しに)中国共産党が香港の法的支配を行う」と全世界に宣言したわけです。

 そして6月30日、「国家安全法」は、全人代常務委員会において全会一致で可決され、香港政府が即日施行するに至りました。

 この「国家安全法」が導入されると、香港の言論の自由や政治活動は大きく制限される。たとえば、香港の自治を主張すれば「国家分裂」を画策したことになり、共産党の独裁体制に異を唱えれば「政権転覆」を図ったことになる。デモによって抗議をすれば「テロ活動」を行ったとみなされ、外国のメディアや政府機関と関われば、外国との結託・通謀、場合によると「国家反逆罪」になる可能性が出てきます。

 さらに、「香港の他の法律と矛盾する場合、(北京が制定する)国家安全法を優先する」という“ダメ押し”までされています。これまで香港が享受してきた自由や人権、民主主義の原理が全否定されかねないのです。

 中国は、香港の旧宗主国であるイギリスとの間で、1997年に香港が返還されたあとも、50年間にわたって「一国二制度」という形で言論の自由を始めとする香港の自治権を保障し、自由な諸権利、人権、民主主義の原則を守ると約束(英中共同声明)し、返還を実現したのです。そしてこの約束は国際法と見なされています。ところが、50年という約束された期間の半分も経たないうちに、中国の都合で破られようとしているわけです。

旧宗主国のプライドを引き裂かれたイギリス

 コロナ以降の中国の姿に、いまや世界の主要国はじめ多くの国々では「チャイナ・アウェアネス(対中警戒心)」とでも呼ぶべき意識が急速に高まっています。

 いま国際社会の中でも、とくに中国への態度を急変させているのがヨーロッパ、その中でもとりわけイギリスです。

 アメリカ同様、新型コロナウイルスで大きな被害を受けているイギリスですから、中国による情報隠蔽がウイルス拡散の原因だったとする批判は根強く存在しています。そこに香港問題が加わったわけで、これはイギリスからして見れば、旧宗主国として「香港に自由と民主主義を根付かせたのは我々だ」という自負がある。それが世界注視の中で真正面から破られたのですから、国としてもメンツ丸つぶれです。

 実際、この数カ月でイギリス政府、そして国民の中国に対する姿勢は激変しました。たとえば、イギリス政府はこれまで、中国ファーウェイ製の5G用製品を35%まで受け入れるという方針を示していました。それゆえ、ファーウェイ批判の急先鋒、アメリカトランプ大統領は再三にわたって、「全面禁止」にするようジョンソン首相に迫っていましたが、イギリスはこれまでそのアメリカの圧力を跳ね返して中国に寄り添っていたわけです。

 ところが、いまでは保守党を中心に政権全体で「ファーウェイ製品をイギリスから全面排除する」という強烈なコンセンサスが持ち上がっています。これまでは「アメリカの言いなりになるな」と主張していた人たちも言動を一転させ、一気に中国を批判し始めました。

 イギリス外務省は「英中関係はコロナ後も決して元には戻らないだろう」と語り、イギリスのラーブ外相も「中国はついにルビコン川を渡って香港の自由を侵害し始めている」と強い反発を隠そうとしません。加えてジョンソン首相は、1997年の返還以前から住んでいた香港人(約300万人)に対して、イギリスの市民権を与えると約束しました。まるで香港の市民に「イギリスに亡命してきなさい」と言わんばかりです。「移民によってイギリス社会の安定が圧迫されている」と問題視されたことがEU離脱の一因となったのに、そのイギリスのEU離脱を推進した政権が、これだけの態度をとっているのです。

 さらにイギリス政府は、医療器具、医薬品をはじめとして、中国に依存していた工業製品のサプライチェーンを大幅に見直すという声明も出しました。ここまでの反発は、中国政府も予想外のことだったと思います。

「中国は欧州を失った」離反するフランスドイツ

 イギリスのこうした動きは全欧的そして世界的な広がりを見せています。イギリスと歴史的に縁の深い、アメリカカナダオーストラリアニュージーランドの「アングロスフィア」(ここでは、米英の価値観や社会観念、あるいは経済・金融のネットワークや伝統的な安全保障の絆などを中軸として協調する国々のグループ、その圏域というくらいの意味)と呼ばれる国々の中核である英語圏5カ国(「ファイブ・アイズ」と称される)の政府が、香港の国家安全法に反対する共同声明を出すなど中国に強く抗議しています。

 そして、この動きは、単なる抗議にとどまらず、世界の勢力図を塗り替えかねない可能性があります。というのは、この「アングロスフィア」の動きは様々な点で今の国際情勢の流れを決定づける影響力を持っているからです。

 実際に西ヨーロッパの国々はその後イギリスに倣って追随の動きを見せ始めました。フランスマクロン政権では、5G用のファーウェイ工場建設を白紙化しようとする動きが起こっています。

 ドイツもこの数カ月で態度をガラリと変え、欧州議会で対中関係を担当する有力ドイツ政治家は「今回、中国はヨーロッパを失った」とまで明言しました。また、ドイツの大手メディアアクセルシュプリンガーのCEOマティアス・デェップナーは「我々には今や根本的な政治的決断が求められている。中国か米国か。両方につくことはできない」(「ヨーロッパは米中いずれかを選ぶしかない」『ビジネス・インサイダー5月4日)と語り、アメリカの側に立って共に中国に対峙するしかないと主張しています。実際、6月19日欧州議会は中国による香港の国家安全法の導入に対し非難決議を行い、国際司法裁判所に提訴し、あわせて中国への制裁措置に踏み切るよう求めました。

 近年、中国は、自身が提唱する「一帯一路」構想によって、中央アジアを超えてヨーロッパに活路を求めてきました。アメリカからいくら封じ込められても、ヨーロッパを取り込むことで対抗する考えだったわけです。そしてこの構想はこれまで、実際にある程度うまくいっていた面もあったのに、今回のコロナパンデミックと「香港」によって、あっという間に「反中国」の気運が西ヨーロッパに広がり、仲違いしていた米欧が結束し始めたのです。「中国の孤立」は今や新しいステージに入ったといえるでしょう。

オーストラリアインドは軍事協力

「中国包囲網」の進展は、ヨーロッパ以外ではどうなのか。

 もっとも重要な出来事は、6月4日、先述の「アングロスフィア」の一角であるオーストラリアと、中国と国境を接する大国であるインドが、ついに歴史的といってもよい軍事協力関係を結ぶことに踏み切ったことです。

 日本の政治家も、これまで日米に加えて豪印の4カ国関係に主軸を置いた安保構想として「インド太平洋ダイヤモンド(別名クアッド)構想」というビジョンを描いてきました。特に安倍首相は、第一次内閣時の2007年インド議会で「日米豪印の連携」を提唱。第二次内閣が始まった2012年12月にも同様の構想を掲げ、この4カ国で西太平洋インド洋に進出しようとする中国を抑止しようと以前から画策してきました。

 ところが、インドオーストラリアの2国間関係が問題だった。旧大英帝国時代の流刑地だったオーストラリアに対して、インドは当時から良い印象をもっていなかった。21世紀に入ってからもオーストラリアに移住・留学してきたインド人が襲撃される「カレー・バッシング」と呼ばれる人種差別事件も起こっていた。

 中国はここに目をつけ、オーストラリアで政財界に工作を広げて中国への利益誘導を行い、他方インドとも経済的な結びつきを強め、両国の分断を図っていたのです。

 ところが、豪印両国の対中認識もコロナ禍の広がりを機に一気に変化しました。

 まずインドは今年5月以降、中印国境地帯(カシミール地方のラダック)で中国軍と直接対峙する事態に追い込まれました。中国軍の部隊が突如、中印国境紛争地帯に展開してきたと報じられています。数週間にわたって小競り合いが続き、6月15日にはついに軍事衝突。インド軍兵士20人が死亡する事件が起こっています。インドコロナ対策で足下がぐらついている中、国境紛争地帯に精鋭部隊を送り込んでいるとされる中国の姿勢に、インドもかつてなく危機感を強めました。

 一方のオーストラリアは、4月にモリソン首相が演説で「新型コロナの発生源について、国際的な独立した調査が必要だ」と発言。すると中国政府は猛反発し、オーストラリアからの牛肉輸入を停止し、大麦の関税も一挙に80%にまであげて事実上の輸入禁止措置をとりました。周知の通り、オーストラリアの最大の貿易相手は中国です。このオーストラリアの足下を見て北京は強圧をかけたのです。

 ところが、今回はオーストラリアもこの強圧に屈することなく、逆に対中強硬路線へと舵を切りました。これまで同様に対中宥和の可能性も捨て切れず逡巡してきたインドに接近することにしたのです。その結果、豪印両国は手を結んで、緊密な軍事協力関係を約束することにつながった。「2+2」と呼ばれる国防大臣と外務大臣の4者協議も正式に軌道に乗せることにしました。

 こうして、いまや日米豪印が、中国を包囲しつつあります。この流れは、6月のASEAN首脳会議(オンライン)でも見られました。議長国のベトナムフック首相は「全世界が新型コロナウイルス対策で余力を失っている中、無責任で国際法に違反する行為が行われている」として、南シナ海での中国の行動を強く批判しました。そしてこれまで対中宥和的だったインドネシアも同様の立場から、中国の主張する「九段線」の不当を国連に訴えました。

“国際秩序の風見鶏スイスも離れた

 そして中国の周辺国のみならず、これまで友好的だった遠くに位置する国々からも、中国を警戒する声が上がり始めました。

 たとえばイスラエルアメリカの中東における最も重要な同盟国ですから、中国と友好的というと意外かもしれませんが、イスラエルとしては「多少のことがあってもアメリカは自分たちとは絶対に手が切れない」と高をくくり、サイバーセキュリティーをはじめとしたIT分野での技術や機器を中国に売り込んで、莫大な利益を得ていました。

 そのイスラエルでも、今年になって地中海沿岸のイスラエルの港に対する中国の開発権認可を再考するべきだという動きが加速しています。

 現地の保守系有力紙も「中国にあまりに接近しすぎることは危うい」とネタニヤフ政権批判をはじめました。新型コロナ禍への中国の対応に加え、軍事分野にも及ぶイスラエルの高度な科学技術が、中国を経由してイスラエルの天敵であるイランに流れる可能性も現実味を帯びたことも背景にあります。

 最後にもう一国、注目すべきはスイスです。EU加盟国でないスイスは、実はヨーロッパで最も中国との距離が近い国。クレディスイスというスイスを代表する金融機関も、日本円で20兆円から30兆円の国債など、中国の様々な金融・資本市場に投資を行ってきました。

 そのスイスも、次第に中国から離れはじめています。「首尾一貫した対中戦略がなければ、スイスは中国政府から自国の利益と価値観を守れない」と、議会からも対中戦略の見直しを求める声が上がってきています。スイスのすぐ南側にあるイタリアが、ヨーロッパでの新型コロナ被害の中心地になったことも、少なからず影響があったかもしれません。

 永世中立国という特殊な政治的立場でもあり、金融大国でもあるスイスは、世界中に人的ネットワークをもっています。様々な情報が入ってくるため、世界情勢について常に一歩先を行く“国際秩序の風見鶏”になる国です。その国が次第に離れていく現状は、「来るべきときが来た」といえるのかもしれません。

 こうした世界の情報、金融、人脈のキーとなる場所は、地球上にスイス以外にも数カ所だけあります。そのひとつが、実は「香港」なのです。

 中国が近年、いかに世界第2位のGDPを誇る経済大国になったとはいえ、その人口や市場の規模あるいはその発展段階から言えば、まだまだ世界中から資本を集め、中国国内への投資を誘導していかなければならない。

 その中でも、香港は中国国内にあって、最も外国から様々な「成長資源」が獲得できる場所でした。たしかに今や、深圳の方が香港にくらべてGDPを稼いでいるし、金融センターとしての機能だけでいえば一部では上海が主流になっていますが、情報、金融、そして東南アジアの華僑人脈などの世界的な人的ネットワークなど有形無形の「資源」を抱える香港は、いまなお中国経済にとって非常に重要な都市であり続けています。

 しかし今回、北京政府はその香港という、“金の卵を産むニワトリ”を絞め殺したのです。そして、その“絞め殺した姿”を目の当たりにした国際社会が、急速に中国から手を引き始めている。「やはり中国とは価値観が違うんだ」と目を醒ましたのです。

尖閣には連日中国船が…

 当然ながら日本も他人事ではありません。たとえば、領土問題で中国は日本に圧力も強めています。

 尖閣諸島周辺では、中国当局の船が連日確認され、過去最長となっています。コロナ禍4月14日から80日連続(7月2日現在)という異常さです。中には機関砲のようなものを搭載した船もあったといいます。6月18日には、日本の領海近くまで潜航して入り込んだ中国海軍の潜水艦の動きが捉えられています。このドサクサの中、中国のこうした傍若無人な振る舞いを見るにつけ、日本人も連日「価値観の違い」を思い知らされているのです。

 なぜ中国は暴走を繰り返すのか。そして日本としてどう付き合うべきなのか。後編の「#2」では、彼らの行動原理、いわばその「本性」を解き明かしていきたいと思います。

香港、コロナで剥き出しになった「中国の本性」 日本人はこの傍若無人な大国とどう向き合うべきか へ続く

(中西 輝政/Webオリジナル(特集班))

7月1日、香港で警察に取り押さえられた「国家安全法」に抗議していた若者 ©︎getty