防衛省は、中国籍と推定される潜水艦6月18日奄美大島沖の接続水域内を潜ったまま西進したことを発表した。

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 隠密性が命である潜水艦の行動は最高度に秘匿されている。潜水艦の動向については、各国とも、最高機密事項であることから、潜水艦の動向を明らかにすることはない。

 敵対国の潜水艦の動向についても、情報収集能力を暴露することになるために、通常は公表されない。

 このように潜水艦の情報の多くは公開されないが、中国の潜水艦が日本の周辺で活動していると見ることは当然のことだ。

 近年、潜水艦のほかに、米露中国が、無人潜水艇の開発を進め、これらが新たに深刻な脅威となる可能性があることで、にわかに注目されるようになった。

 無人潜水艇について、開発状況と運用要領を概観したうえで、中国が開発している「HSU-001」無人潜水艇がどのレベルにあるか分析し、防衛省としてどのように対応していくべきかについて論述する。

1.無人兵器の開発に力を注ぐ中国

 中華人民共和国創立70周年記念軍事パレード(2019年10月)において、多数の新型兵器が披露された。

 特に注目されたのは、「東風41大陸間弾道ミサイル」「巨浪2潜水艦発射弾道ミサイル」「極超音速滑空兵器DF-17」などのミサイルであった。

 中国の無人潜水艇「HSU-001」は、ミサイルほどには注目を浴びなかったが、軍事専門家の間では話題となった。

 パレードで披露されるまでは、中国の無人潜水艇の軍事活用に関してはあまり情報がなく、注目度も低かった。

 比較的大型のUUV(無人水中航走体:Unmanned Underwater Vehicle)が公表されたことは、中国人民解放軍海軍が、同分野においても研究開発を進めていることを示している。

 注目される理由は、潜水艦艇は運用面で秘密レベルが高く、特に無人であれば、最も知られたくない特殊作戦に運用されるからだ。

 中国軍兵器の無人化は、これまで、空中を飛翔するものが主体であった。

 中国には無人ドローンの世界シェアの約7割を占めるというDJI社があり、2017年6月には中国電子科技集団が固定翼ドローン119機の集団試験飛行に成功しているなど、世界トップクラスの技術を誇っている。

 北朝鮮金正恩委員長が、このDJI社製のドローンのコントラーを使用していた写真もあったくらいだ。

 空中から地上の重要施設を襲うドローン、水中に潜んで海中や海上の艦艇や海中インフラを襲うドローン、両者とも小型で無人で発見されにくいために、偵察や攻撃ができる。

 中国がドローン技術をUUVに適用していることは間違いなく、高い技術水準を持っている可能性がある。

 このことは、我々にとって新たな脅威が出現しつつあることを意味している。

 攻撃者は新たな戦いの形態を想像し、防御者は、現実的な対策ができていないのが現状であろう。

2.無人潜水艇の開発の動向と課題

 まず、一般的なUUVの開発と課題について紹介する。

 UUVは、センサーや兵器を搭載し、半自律または全自律で行動する。人間が乗り込まない以上、人間のためのスペースは必要なく、はるかに安い値段で導入でき、加えて人間には耐えきれない環境下でも運用できる。

 このことから、「3つのD、Dull(退屈で)、Dirty(汚い)、Dangerous(危険な)」の任務に適した兵器と評価されている。

 UUVの役割はその大きさにより異なる。

 小型と中型UUVは搭載能力や電力能力の関係上、情報収集センサーを搭載し、戦闘地域の環境情報を収集する。

 大型および超大型UUVは各種センサーに加え、魚雷や爆雷などを搭載し、各種戦を行うことができる。

 UUVは、依然として開発中の装備であり、以下の多くの解決しなければならない課題を抱えている。

●長時間航行のための動力

 センサーなどを搭載し、長時間自律航行をするためには必要とする動力(電力)が必要になる。活動期間を長く、ペイロードを大きくすればするほど電池が大型化し、必然的に大型UUVとなる。

 さらに長時間活動させるには、再充電するシステムが必要である。最近、非接触型充電装置を海底に設置し、UUVがその地点まで自律航行し、充電するシステムが開発されている。

●測位による自己位置決定

 海中航行中に、自己位置を正確に決定することが求められる。その方法としては、慣性航法装置および適宜位置修正を行うシステムが開発されている。

 位置修正のために、海底地形照合による方法と、海面にアンテナを挙げて位置信号を受信し、測位する方法がある。

 長時間運用を考えるならば、行動を秘匿するために、位置修正の回数をできるだけ少なくすることが好ましい。そのため、慣性航法装置の精度の向上が求められる。

●情報伝達

 自律航行能力が向上したとしても、自らの位置や収集したデータを転送するためのシステムが必要である。

 測位のため海面にアンテナを挙げた際に通信衛星を経由し、位置情報や収集データを転送する方法が確立されている。

 しかしながら、自らの存在を秘匿しなければならない任務に従事することが想定され、そのような場合どのように情報を伝達するかが課題である。

 海中における音響通信に関する技術が開発されているが、実用化には至ってはいない。

●障害回避能力

 海中生物や海底地形、その上、他国の潜水艦や水上艦艇との混交を回避する能力が必要である。

 水上艦艇が長距離曳航アレイを展張した際に、水中生物、特にサメによる被害が発生することがある。

 自律航行するUUVは、大型の肉食海中生物にとってはエサに見える。または縄張りに侵入する他生物と判断するかもしれない。

 これら海中生物や他の障害物をどのように回避するかも課題となっている。UUVに攻撃能力を持たせた場合、この障害回避能力に加え、敵味方識別能力が必要となる。

3.中国無人潜水艇の能力

 この小型の無人潜水艇は、幅1.5m×全長5.0mで米国の大型UUV(LDUUV)の分類に該当する。中国の通常型潜水艦と比較すると、約1/15の大きさだ。

 ツインプロペラは、低速で海面付近で運用するものと見られる。

 船体にはスラスタが埋め込まれており、垂直や水平方向に移動できる。折り畳み式アンテナが2本設置されており、前部アンテナには光学センサーで、後部アンテナは通信アンテナと見られる。

 前頭部に音響センサーが装備されており、前部表面上の突起は、障害物を回避するためのサイドスキャンソーナーと推定される。

 後部の垂直ラダーの後方から曳航式センサーが搭載されていると推定される。

 米海軍の超大型UUVが長期間の自律航行を想定しているのに対し、HSU-001は、高度な自律性は備えておらず、後部通信マストから適宜コマンドを受けて運用すると推定できる。

 船体にはいくつかのハードポイントが確認できる。したがって、魚雷や爆雷を外装することも考えられる。

 また、中国はUAVの集団飛行に関する技術を発展させていることから、HSU-001を集団で運用することを想定している可能性がある。

 後部の通信アンテナは複数のHSU-001と情報交換にも使用されるであろう。

4.中国無人潜水艇の運用構想

 米国ボーイング社が試験を行った超大型UUV「Sea Voyager」は無充電で数か月間、約1万kmの行動が可能とされている。

 例えば、グアムから上海沖まで約2500kmの距離を5ノットで航行した場合、グアムから上海まで約2週間、上海沖で1か月間行動、2週間で帰投の2か月間の行動が可能となる。

 完全自律航行が可能であり、情報収集、対潜戦、機雷敷設等広範な任務が期待されている。

 HSU-001は、「Sea Voyager」に比較するとやや小型であり、上部に吊り上げ用の金具が装備されていることから、洋上で大型艦艇から展開揚収する。

 HSU-001は下図のように運用されるのではないかと考えられる。

 基本的には1隻でも運用可能であるが、光学センサーという情報収集器材の能力から、ある程度の集団で運用されるであろう。

 多数のUUVがすべて通信衛星経由でコマンドや情報をやり取りするのは非効率的であり、おそらく1隻のUUVが他のUUVの制御および通信中継を行うのではないかと考えられる。

 主たる情報収集手段が光学機器であることから、沿岸部の水上を航行し、ソーナーやESMが脅威を探知した場合に、潜航するといった動きとなる。

 このため、一定深度を航行するUUVよりも電池使用量が大きいと見積もられる。

 さらに、UUVが収集する光学画像などの情報は、衛星通信を使用した場合、伝送時間がかかることから、定期的に海底に設置した充電装置における充電時に海底ケーブルを通して伝送するといった運用が想定できる。

 充電装置に長期間滞在し、必要に応じ情報収集や機雷敷設を行うといった運用もある。

HSU-001運用構想の一部(イメージ)

5.領海内を潜航する無人潜水艇の排除

 1996年の中国のハン級原子力潜水艦の領海侵犯を受けて、日本は、領海内潜没潜水艇に対しては直ちに海上における警備活動を発令、浮上要求、退去要求などの措置を実施するという法的枠組みが整備された。

 しかしながら、相手がこれに応じない場合の強制手段が欠如している。

 相手がUUVの場合、これに加え、浮上要求や退去要求を誰にするのかという問題がある。

 さらに、UUVの活動を強制的に終了させる法的根拠がない。

 現在の法体系では、活動中のUUVを追尾し、任務を終了し退去していくUUVを黙って見送るしか方法がない。

 当該UUVを捕獲し、どのような活動を行っていたかを調査しなければ、相手国に抗議もできない。

 2016年12月、南シナ海の公海において米海軍UUVを中国海軍が奪取する事件が生起した。

 当該UUVは海中の水温や塩分濃度を測定していたものであり、揚収作業中に中国が割り込んで揚収したものである。

 米海軍は、強奪を批判し、即時返還を求めた。

 最終的には中国は返還に応じたが、中国は、当該海域における海洋調査を中国の主権を侵害するものと発表した。

 今後UUVの運用が一般化するだろうことから、領海内を行動するUUVへの対処要領を法的に規定すべき時期に来ていると考える。

6.無人潜水艇等に対処する法的枠組みが必要

 海上と海中の無人化および自律化技術と航空機の技術を比較すると、一般的に遅れている。特に海中における遅れは顕著である。

 海中における無人化および自律化を進めるためには海洋環境を把握する必要がある。UUVの開発は米国が進んでいることは間違いなく、実用化されているUUVも多い。

 一方で、民間ドローンにおける圧倒的シェアを誇る中国がこの分野で急速に力を付けつつあることも事実である。急速に米国との差を詰めつつある。

 昨年の軍事パレードで登場したHSU-001は、その成果を反映させたものと言える。

 法的枠組みが最新技術に追いついていないのは事実である。

 領空を飛行するUAV、領海で遊弋するUSV、そして海中に潜むUUVにいかに対応するかの法的枠組みは不十分である。

 これらに効果的に対応すべき法的枠組みを速やかに構築する必要がある。

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