大手信託銀行社長、大手証券会社常務取締役、そして巨大自動車メーカー取締役――。そのリストに名を連ねているのは、日本を代表する大企業の役員たちばかりだ。「成功者」ばかりの名簿なのは間違いないが、共通するのは彼らの肩書に“元”が付くことだった。

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疑惑が報じられた「りそな銀元社長」の顧問先企業

 ゴールデンウィーク最中の5月6日朝日新聞の経済面に『りそな銀元社長が顧問の不動産会社、銀行融資で不正疑い』との記事が掲載された。

 記事はりそな銀行の元社長が顧問を務める不動産会社が、ネットバンキングの画面を偽造して顧客の銀行残高を改竄していた疑いがあると、報じている。

 実は、この不動産会社こそが、拙文「発覚間近?破竹のアパート販売会社に書類改竄疑惑」(5月5日)で取り上げた「A社」なのだ。A社は創業10年に満たず社員数も50人以下の零細企業だが、経済誌など大手マスコミがA社のユニークな手法を取り上げていたことも紹介した。

(参考記事)発覚間近?破竹のアパート販売会社に書類改竄疑惑
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60397

 A社はりそな銀行の元社長だけでなく、大手精密機器メーカーの幹部も顧問に据えていた。求人広告に彼らの名前を記載してアピールしていただけでなく、銀行への融資申し込みの場でも顧問の名を出して信頼を得ていたという。

大物経済人と中小・零細企業を結ぶ「人材紹介ビジネス」

 そもそもA社は、いかなる手段を使って大物経済人を顧問に招聘したのか。残念ながら、朝日新聞の記事は、2人が顧問に就任した経緯を明かしていない。

 その謎を解く鍵は、金融庁と東京証券取引所が2016年にまとめたコーポレートガバナンス・コード(企業統治の原則・指針)に関係がある。

 ガバナンス・コードは大幅な社外取締役導入を提唱する一方、会社法等では存在を定義されていない「相談役」や「顧問」の状況開示を求めていた。

 それまで大企業は社長経験者など幹部OBを、自社や子会社、さらには親密取引先の相談役や顧問に据えていた。しかし、ガバナンス・コードが導入されたことで、東証の目のみならず株主やマスコミからの批判を恐れて、あからさまに幹部OBに相談役や顧問の座を用意して“老後”の面倒を見ることが難しくなったのである。

 天下り先を失った元社長らの頼った先の一つが、“顧問紹介会社”だった。実は、りそな銀行の元社長もこの会社を通じてA社の顧問に就任していた。

 その仕組みは、驚くほど簡単だ。元社長らは、顧問紹介会社に経歴を提出してリストに登録するだけ。後は、顧問を探している会員企業が登録リストを見て、条件が合えば就任を依頼するという流れだ。

 顧問受け入れ先となる企業が紹介会社へ支払う料金は様々で、年間十数万から300万円前後と幅がある。一方、元社長らの登録料は無料というケースが多い。

 晴れて顧問に就任すると月1~4回の出勤で、報酬は過去の実績次第だが10万~50万円程度。ずいぶん金額に幅があるが、むろん“売れっ子”になれば複数の企業の顧問を兼務でき、現役時代よりも月収を増やすことも可能だ。

 受け入れる企業としては、経済界の大物を顧問に迎えられれば豊富な人脈を紹介してもらえるだけでなく、A社と同じように金融機関などからの信用が増す可能性も高い。中小、零細企業には決して高い買い物ではないだろう。

 それに、顧問といえども契約形態は派遣社員とほぼ同じなので、契約を更新しても支払う報酬が極端に増える可能性も低く、コスト面での負担は少ない。

 ちなみに、顧問紹介で人気なのは元官僚とメガバンクOB。やはり、豊富な人脈を期待されてのことだという。

大物経済人がいまさらなぜ中小企業の顧問をしたがるのか

 顧問紹介ビジネスは中小、零細企業に大きなメリットがあることがわかった。とはいえ、顧問になる元社長らは前の企業を退く際に多額の役員慰労金を受け取っていたはずだ。いまさら、彼らは中小、零細企業であくせく働く必要はないのではないか。

 大企業から身を引いた後も働く理由を、顧問紹介会社を通じて中小企業の顧問になった通信機器メーカーの元役員に聞くと、「報酬はさほど関係ない」とした上で、「頑張っている若い経営者たちの役に立ちたいし、社会との繋がりを保っていたいという気持ちもある」と説明した。

 さらに、「体力維持とボケないため」であり、「個室や専用車はないとはいえ、会社へ行くと社長以下社員たちが丁寧に対応してくれるので嬉しい」と。時として、「“先生”と呼ばれることもあり、優越感が満たされる」と本音を吐露する。

 彼らの老後は悪くないどころか、庶民からすれば羨ましくさえある。顧問紹介会社と元社長ら、そして中小、零細企業との関係は「三方良し」に見えるが・・・。

古巣の一流企業にとっては新たなリスク

 その“良好なトライアングル”の横で割を食っているのが、大企業だ。冒頭でも紹介したように、顧問紹介会社のリストにはりそな銀行の元社長だけでなく、日本を代表する大企業の元役員たちが数多く登録している。

 上場している精密機器メーカーの総務担当役員は、朝日新聞が報じたりそな銀行元社長の件を引き合いに出して「決して対岸の火事ではない。我々にとって、顧問紹介は厄介なビジネスであり、新たなリスクだ」と眉を顰めるのだ。

 実際、朝日新聞が前述のA社の件を報じた直後から、ネットにはりそな銀行への批判的な書き込みが相次いだ。結果、記事が出た5月7日りそな銀行の株価は前営業日比5円安の317円で取引を終えている。

 大企業幹部OBの顧問先で不祥事が起きた場合、“古巣企業”の株価下落だけでなく、コンプライアンス面にも不信感を持たれるなど、社会的信用の失墜を招いてしまうのだ。

 りそな銀行元社長は、現役時代に散々融資先企業の“身体検査”をしていたはずだ。“身体検査”とは、相手先企業の成り立ちや成長性はもちろん、社長の人柄、業界内での評判、そして不祥事を起こす可能性を事前に調べることを指す。

 だが、顧問先が見つかってすっかり安心してしまったのか、「再就職先」となるA社の身体検査はしていなかったという。

 このりそな銀行の元社長だけではない。大企業の幹部OBで再就職先の身体検査をしている人は、まずいないようだ。

 幹部OBの不用意な再就職に、大企業はどんな備えを講じているのか? 再び、先の総務担当役員に聞くと、「現時点で、打つ手はない」と肩を落とす。

 大企業の幹部OBと現役役員の関係は、現役時代の上下関係がそのまま反映されている。化学メーカーの法務担当役員は、「退社した幹部OBは元上司なので、彼らに『顧問紹介会社へ登録しないでくれ』とは言い難い」と弁明する。

 そもそも職業の自由は、法律で認められている。いくら大企業の現職役員といえども、幹部OBの再就職先にまで口出しするはできないだろう。

 また、大企業も元社長らの老後の面倒を見られなかった“後ろめたさ”もあり、諫言できないのが実情だ。

 現在、顧問紹介会社は確認できるだけでも10社以上。市場規模はまだ十数億円と小さいものの、右肩上がりで拡大を続けて今後も成長が見込まれている。

 顧問紹介ビジネスは、人生百年時代の到来にマッチしていると言えよう。が、企業倫理を定めるガバナンス・コードが生み出したあだ花のようにも見える。大企業はなんとも厄介な問題を抱えてしまったものだ。

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