◆外環の工事により、「吸えば即死」の酸欠空気が川で発生

5月29日、筆者が撮影した野川に湧く気泡

 5月27日東京都の住民13人が原告となり、建設中の地下高速道路「東京外郭環状道路」(以下、外環)の工事差し止めを求める仮処分申請を東京地裁に起こした。

 その理由は、「一息吸えば即死するほどの酸欠空気(酸素濃度の低い空気)が、地下の掘削現場から湧き上がっている」からだという。事業者側は「周辺環境に影響はない」として、住民説明会も開催しようとせずに工事を続行している。「酸欠空気の発生」とは、いったい何が起きたのだろうか?

 空気中の酸素濃度は約21%。例えば、これが6%以下なら人は即死する。そんな酸欠空気が2019年5月から今年3月までに、東京都世田谷区調布市を流れる野川や白子川といった川でポコポコと湧いているという。

シールドマシン東京都ウェブサイトより。この巨大掘削機が大深度を掘り進めている

 東京都世田谷区練馬区を約16kmの地下トンネルで結ぶ外環道の工事では、「シールドマシン」という巨大掘削機を使用する。そこでは、その切羽(カッター)からシェービングクリーム状の気泡薬剤を土中に注入しての「気泡シールド工法」という掘削を行うことがある。この工法には土壌との摩擦を軽減し、作業後も土が切羽にこびりつかないなどのメリットがある。

 だが、掘った土はトンネル外に搬出されても、シールドマシンが回収できない気泡は地下の土壌を巡り巡って地上に出る。今回の工事は川に沿って行われたことで、その酸欠空気の発生が川で発覚したのだ。

◆「大深度」ならば地主との交渉も補償も不要!?
 外環は、首都圏(東京、埼玉、千葉)を環状に貫く高速道路東京都練馬区の大泉インターチェンジから世田谷区にある東名高速道路までをつなぐ約16kmの区間は、長らくの住民の反対運動のために未着工だった。2003年に、当時の扇千景国土交通大臣が「未着工部分は大深度でやる」と表明した。

 大深度とは大ざっぱに言えば、概ね地下40m以深の地下のこと。「大深度法」という法律により、大深度での地下開発行為には、地上の地主との「交渉不要」で「補償も不要」とされている。それは、「大深度なら地上に環境的な影響は及ぼさない」という考えが前提になっている。

 もっとも地下40m以深とはいえ、振動や騒音、地盤沈下、地下水脈の断絶などを心配する住民は一定数存在し、実際に10を超える市民団体が外環計画に反対している。

 だが、その反対運動をよそに、2017年2月から掘削が着手された。すると翌2018年5月14日、川に異変が現れた。東名高速道路近くの野川で、ジェットバスかと思うような気泡が川底から湧いたのだ。

 ところが、事業者(国土交通省NEXCO東日本NEXCO中日本)は、住民にこの事実を知らせることなく、ウェブサイト「東京外環プロジェクト」で、6月22日「気泡は、地下のトンネル工事の掘削箇所から、シールド工事で用いる空気のごく一部が地中から地上に漏出しているものです。(中略)地域の皆さまにご迷惑をおかけするような影響はないと考えております」と記述しただけだった。

◆事業者はウェブサイトだけで「酸素濃度は1.5~6.4%」と公表
 これに驚いた外環計画に反対する市民団体のひとつ「外環ネット」は、事業者に工事の中止と住民への説明を求めた。しかし事業者は住民にも自治体にも説明することなく、8月24日、またもウェブサイトだけで、その気泡の酸素濃度がわずか1.5~6.4%しかないということを公表した。

 外環計画に反対する市民の有志は、2017年12月に、「補償も交渉も不要」とした大深度法の違憲性を訴える裁判――「東京外環道大深度地下使用認可無効確認等請求事件」――を起こした。その裁判を支援する「東京外環道訴訟を支える会」の籠谷清さんは、この低すぎる酸素濃度に衝撃を受けた。

これは、一息吸えば即死するレベルの酸欠濃度です。数mも離れれば空気で希釈されるのは事実としても、問題はほかにいくつもあります。一つが、事業者は掘削開始前の2017年2月の『シールドトンネル工事の説明会』で、「大深度の工事だから地表には影響がない」と明言していたのに、それが崩れたこと。

籠谷清さん

 もう一つが、こういった問題を私たち住民に一切伝えなかったこと。つまり、今後、土壌汚染や地盤沈下などが起きても放置されるのではないのか。そして今回は川でしたが、この酸欠空気が一般家屋の地下室や古井戸などに漏れても、知らん顔をされるのではないかという恐れがあります。そしてこれは、実際に地下で働く方々の命に関わるのではないか? ということです」

厚生労働省資料「酸素欠乏症・硫化水素中毒による労働災害発生状況」より

 だが、事業者は気泡が出ても「環境への影響はない」として、その後も工事を続行した。ところが、この気泡問題はこの時だけに留まらなかった。
 
◆不安な市民からの質問に、事業者はまともに答えず

黄色い破線のうちの左側が、気泡事件が発生している工事区域(東京外環プロジェクトウェブサイトより)

 2019年6月13日、第19回 東京外環トンネル施工等検討委員会は、「室内試験の結果、添加材の調整で漏気(気泡発生)が抑制できることを確認した」と公表した。ところが2か月後の8月19日から9月4日にかけて、練馬区の白子川に最小値で酸素濃度7.3%の気泡が発生した。

 この事実もウェブサイトだけで、発生から17日も経った9月5日に公表され、しかも公表時には現場は白いビニールシートで覆われて視認が難しい状況になっていた。

 これに対して、前出の籠谷さんら住民は憤る。

「それまで事業者は、漏気は『想定外』と説明していました。実際に気泡が出てくると、『漏気は抑制できる』と言う。再び気泡が発生したら、こんどは『影響はない』との安全宣言をする。まったく信用できません」(籠谷さん)

籠谷さんは時間のある限り、ほぼ毎日野川を歩き、異変がないかを確認している

 そして今年3月7日、またしても野川で気泡が発生した。野川沿いをほぼ毎日のように歩いて環境の変化を確認していた籠谷さんが発見した。当日、シールドマシンは野川から数十mの地下を川に沿うように掘進していた。この気泡は筆者も5月下旬に確認している。

市民団体が発行する機関誌には、地下から地上に気泡=酸欠空気が上がってくる様子が描かれている(東京外環道訴訟を支える会の機関誌より)

 この計3回の気泡発生事件において、市民団体は事業者に「気泡の成分は?」「川以外の場所での漏気はあるのか?」「環境に影響がないと言える根拠は?」などの質問状を何度も送っているが、まともな回答が返ってきたことがない。

「このままでは住民の生活が危ない」。そう判断した籠谷さんを含む13人の住民が、従来の裁判とは別に、5月27日に「工事差し止め」を求める仮処分申請を東京地裁に起こしたのだ。

◆地主が土地利用を拒否も事業者が強制収容を申請、都は受理

5月27日記者会見。左から原告の山田耕平さん、國井さわ美さん、籠谷清さん。右の2人が弁護士

 籠谷さんたちは同日、提訴に次いで記者会見を開催した。会見に臨んだのは、3人の原告と2人の弁護士。このなかで筆者が関心を持ったのは、原告の國井さわ美さんだった。

「おおむね地下40m以深の大深度においては、地主への交渉も補償も不要」と書いたが、トンネルが一時的に地上に出る際には当然、地下40mより浅い区間(「浅深度」と呼ぶ)ができる。浅深度の上に住む地主には「区分地上権」という土地の権利が認められ、事業者は土地利用について地主から了解を取らなければならない。

 事業者は土地利用の了解を國井さんに求めているが、國井さんは拒否している。國井さんが拒否し続ける限り、その区間での掘削・使用はできないことを意味する。そこで事業者は、その区間を強制収用するべく東京都収用委員会に使用の決裁を申請。果たして2019年11月6日、収用委員会が事案を受理した。

國井さわ美さん

 籠谷さんによると、期日は未定だが収用委員会が「一度だけ」公聴会を開催して、すぐに裁決を下すというセレモニーのような手続きがなされるという……。

 それでも國井さんがこの問題に反対し続けるのは「国交省NEXCOも責任感ある説明を住民にはしてくれません。何を質問しても、答えられない質問には『持ち帰ります』というだけで、結局何の回答もない。私たちの生活をあまりにも軽視するその姿勢に『違う』と言いたい」からだ。

記者会見の席上で籠谷さんが採取した酸欠空気を測定したところ、6%台だった

 記者会見の席上で、籠谷さんは川でペットボトルに採取してきた気泡の酸素濃度を計測器で測った。最初は約21%あった数値がみるみる下がり、最終的には6%台を示した。

山田耕平さん

 もう一人の原告である山田耕平さんは、自宅の真下を大深度でトンネルが通ることに不安を覚えている。

「私の地域では掘削はまだですが、もしシールドマシンが近づいて来たら、酸欠空気がトイレや浴槽、排水溝などから漏れはしないかと不安で、子どもたちを寝かせられません。今すぐ工事を中止すべきです」(山田さん)

 住民の不安を無視したままに工事が強行されようとしている。事業者はまず、住民に向けて詳しい説明をするべきではないだろうか。

<文・写真/樫田秀樹>

【樫田秀樹】
かしだひできTwitter ID:@kashidahidekiフリージャーナリスト。社会問題や環境問題、リニア中央新幹線などを精力的に取材している。『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)2015年度JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。

5月29日、筆者が撮影した野川に湧く気泡