江戸時代から国内に伝わる妖怪「アマビエ」。新型コロナウイルスの感染予防のシンボル的なキャラクターとして、ネットで人気が高まり、各地で商品化されている。ところが、電通がこの「アマビエ」の商標登録を複数の分野で出願していたことがわかった。

しかし、ネットで批判が集中、電通は7月6月、商標出願を取り下げた。弁護士ドットコムニュースの取材に対して、電通は「商標の独占的かつ排他的な使用はまったく想定しておりませんでした」と説明する。

はたして、電通によるアマビエの商標登録は可能だったのだろうか。齋藤理央弁護士に聞いた。

●「商標権によって使用が禁止」される場合も

――もしも、電通による出願が許可されていた場合、たとえば「アマビエ」を使用したアプリなどは、ほかの人が作れなくなったのでしょうか

「商標が登録されることで付与される商標権によって禁止されるのは、商標的な使用に限ります。また、今回の出願はイラストではなく、『アマビエ』という文字でした。

したがって、アプリにキャラクターとして『アマビエ』を登場させたり、『アマビエ』のイラストをインターネットで配信することもできます。

しかし、『アマビエ』という文字を商標的に、つまりアプリなどの配信元を識別したり、アプリなどの出所を表示するために使用する場合は、商標権によって使用が禁止されることになったでしょう。

また、世間一般に『アマビエ』は使えないという認識が生じて、利用が萎縮するおそれもありました」

●「のまネコ問題」との共通点とは?

ーー「アマビエ」の商標登録は可能だったのでしょうか

「今回のケースは、『のまネコ問題』に似ているかもしれません。2005年、匿名掲示板で人気になったのまネコというキャラクターについて、第三者が商標登録しようとして炎上した事件です。

アマビエ』も主にインターネットで拡散され、著名性を獲得したキャラクターです。のまネコも、図案のほかに今回の『アマビエ』のようにキャラクター名を文字商標として出願されていました。

しかし、最終的には文字商標について、特許庁により拒絶査定となり、その後、出願自体取下げられています。

また、架空のキャラクターの名称について第三者によって実際に商標が登録され、訴訟まで発展した事例としてターザン事件が挙げられます。

ターザン事件では、第三者が『Tarzan』(ターザン)というキャラクター名称について商標出願しました。特許庁は商標登録を認めましたが、裁判所は一転して商標登録は公序良俗に反するとして認めず、2012年に出願者の逆転敗訴となりました。

裁判所は、出願者が、『Tarzanの語の文化的・商業的価値の維持に何ら関わってきたものではないから…Tarzanの語の利用の独占を許すことは相当ではなく、本件商標登録は,公正な取引秩序を乱し、公序良俗を害する行為ということができる』と判示しています。

さらに架空のキャラクターであるポパイの商標権侵害をめぐる事件でも、最高裁判所は、本件商標はポパイの『著名性を無償で利用しているものに外ならないというベきであり、…ポパイの漫画の著作権者の許諾を得て…いる者に対して本件商標権の侵害を主張するのは…権利の濫用』にあたるとして、商標権者の権利行使を否定しています」

●「出願している複数の企業にも自問してほしい」

――今回の出願について、どう評価していますか

「『アマビエ』も、インターネットで無数のユーザーが著名性を生み出したキャラクターであり、現在商標出願をしている企業が、『文化的・商業的価値の維持に何ら関わってきたものではな』く、『著名性を無償で利用し』ようとしていることはターザン事件やポパイ事件と同じといえるかもしれません。

しかし、ターザン事件やポパイ事件はキャラクターの維持・管理に努力を払ってきた団体が存在する状況でした。これに対して、『アマビエ』は、漫画家のイラストに端を発し、インターネット上の無数の二次創作とその拡散によって文化的・商業的価値が生み出されてきました。

その意味で、文化的・商業的価値の維持につとめてきた特定の団体があるわけではなく、ターザンなどよりも商標登録は認められやすいかもしれません。

また、特許庁が商標登録を認めた場合にそれを争う適切な管理団体がないことからも、訴訟のレベルまで争われることはないのかもしれません。

しかし、インターネットで大衆が著名度を高めてきたキャラクターについて独占しようとすることがはたして適切なのか、出願している複数の企業にも自問してほしいと思います」

●電通「商標の独占的、排他的な使用は想定していなかった」

電通は弁護士ドットコムニュースの取材に対し、排他的な使用を考えていたのではなく、キャンペーン中に権利侵害が発生することを避けるために出願したと説明。次のように回答した。

「当社取引先において『アマビエ』という名称を使うキャンペーンを検討していました。現時点では商標登録されていなかったものの、今後、第三者が商標登録をする可能性を考慮した結果、キャンペーン中に権利侵害が発生する可能性があるため登録を試みました。

しかし、『アマビエ』の活用については再検討することとなったため、商標の出願取り下げの手続きを行いました。尚、商標の独占的かつ排他的な使用は全く想定しておりませんでした」

【取材協力弁護士】
齋藤 理央(さいとう・りお)弁護士
I2練馬斉藤法律事務所。東京弁護士会所属・著作権法学会会員。著作権など知的財産・IT法など、コンテンツと法律の問題に力を入れている。著作権に関する訴訟等も複数担当し、担当事案にはリツイート事件などの重要判例も含まれる。

事務所名:12練馬斉藤法律事務所
事務所URL:https://i2law.con10ts.com/

電通の「アマビエ」商標出願、批判で取り下げ…そもそも企業の「独占」許される?