もともと高かった評価をもうひと段階押し上げることになったのは、アトレティコ・マドリード戦でのプレーだった。
シメオネ監督の守備戦術が浸透したアトレティコはリーガの中でも最もプレーしにくい相手だ。そんなアトレティコ相手に(ほとんど)ひとりで立ち向かい、対面の選手を翻弄する久保の姿はスペイン人に大きなインパクトを与えた。今ではリーガが抱えるスターのひとりという扱いすらうけるようになり、久保を見るためにマジョルカを見るという人もいる。
気になるのは久保の今後だ。現在マジョルカにレンタル移籍中の久保はシーズンが終わればマドリーに戻ることになる。報道ではPSGなど複数のクラブが久保の獲得に関心を持っているというが、目を見張る成長を見せる彼をマドリーが手放すとは考えにくく、余程のことがない限り売却はないだろう。
つまり選択肢はふたつ、レアル・マドリードに残るか、今季のマジョルカのように別のクラブへレンタル移籍するかだ。
マドリーでも十分活躍できる能力
スペインではコロナによるリーグ戦中断前までは「もう一年レンタルで経験を積ませるべき」という意見が多数を占めていた。まだ若いのでプレー経験が必要という見方だ。しかしリーグ再開後さらに輝きが増し、そのパフォーマンスがアトレティコ戦で頂点に達すると世論は逆転した。現在では「マドリーに残すべき」という意見や「マドリーで見てみたい」という願望の方を耳にする。
今の久保であればマドリーでも十分活躍できるだろう。能力的に疑いの余地はないし、マジョルカよりも攻撃的で周囲の選手の質にも恵まれるマドリーではプレーもしやすいはず。レベルの高い環境で切磋琢磨することで選手として一回り大きくなるかもしれない。
しかし考慮しなければならない点がある。マドリーの若手の前に立ちはだかる、出場時間という問題だ。
仮に久保がマドリーでプレーする選択をしたとすると、彼にはどのくらいの出場時間が与えられるのだろうか。
先発は3試合に1度。立ちはだかる出場時間の壁
参考になるのがビニシウスとロドリゴの今季の戦績だ。
ビニシウスは2000年7月生まれの19歳で、久保の1歳上の選手だ。2001年1月生まれのロドリゴは久保と同い年。共に鳴り物入りでブラジルからマドリードにやってきた。
同年代の外国人選手で、3人ともポジションは攻撃の2列目だ。いずれも足元の高い技術と繊細なボールタッチが目を引く。ビニシウスはスペースで活きるドリブラーという色あいが強く、久保はパスによる組み立てもできるなどそれぞれ特徴はあるものの、若くテクニカルなアタッカーという括りでは同じ部類に入る。
ジダン監督は今季、この2選手にどれくらいの出場時間を与えたのか。まずは久保の1年前に加入したビニシウスを見てみる。
・ビニシウスの2019〜2020シーズン(7月9日時点)
公式戦35試合出場(1679分)、5得点4アシスト
リーグ戦 26試合 (1216分、先発11試合)
チャンピオンズリーグ 5試合 (193分、先発2試合)
国王杯 3試合 (253分、先発3試合)
スーパーカップ 1試合 (17分、先発なし)
第34節終了時点でリーグ戦の先発出場が11試合というのは「ネクスト・ネイマール」と期待されたビニシウスにしては少なすぎるように感じる。先発は3試合に1度だ。
もっとも、マドリーで先発の座をつかむというのは並大抵のことではない。そもそもジダンは前線に関してはメンバーを回しており、絶対的な軸と言えるのはベンゼマだけ。今季の目玉の補強だったアザールは負傷もあり出場時間でビニシウスを下回っている(リーグ戦1016分)。同ポジションのベイル(リーグ戦1092分)もイスコ(リーグ戦1019分)も同じく下で、そう考えると19歳の彼はよくやっていると評価すべきなのかもしれない。
今季加入したロドリゴはどうだろう。
公式戦22試合出場(1197分)、7得点2アシスト
リーグ戦 16試合 (853分、先発10試合)
チャンピオンズリーグ 4試合 (270分、先発3試合)
国王杯 1試合 (14分、先発なし)
スーパーカップ 1試合 (60分、先発なし)
(レアル・マドリードのBチーム、カスティージャで3試合出場。いずれも先発)
負傷で離脱していた時間も長く、数字ではビニシウスを下回っている。ビニシウスもロドリゴもその能力を考えると、リーグ戦での先発出場がここまで10試合程度というのは寂しい。ポジション争いの激しさに加え、過度のプレッシャーを与えることなくゆっくり成長させたいという指揮官の思いもあるのかもしれないが、プレーする姿をもっと見たいファンは多いだろう。
久保が来季マドリーに残った場合、今季のビニシウス、ロドリゴと同じような起用法になる可能性は十分にある。
久保の先発は3試合に1度――
ビニシウスとロドリゴの前例を踏まえると、そうなってもなんらおかしくはない。
先発や出場時間を優先したいならレンタル移籍にメリット
もちろん、シーズンによってチーム構成やチーム事情は異なる。久保が序盤の活躍で先発の座を掴み、固定される可能性もある。主力に負傷者が続出するかもしれない。久保には前者2人とは違い、攻撃的なインサイドハーフとしてモドリッチのポジションでもプレーできる幅の広さもある。
しかし競争の激しさは前述の通り。ビニシウスとロドリゴのように先発が3試合に1度程度になるのであれば、マジョルカで毎試合先発で躍動する姿を(贅沢にも)見慣れてしまった今では、物足りなく思えてしまう。
今季のマジョルカで久保はリーガで31試合に出場し、うち先発は20試合だ(2015分)。レンタル移籍を選べば、リーガ2年目となる来季はさらに長い時間でのプレーが期待できる。行き先はレアル・ソシエダが最有力とされている。攻撃的な性質の選手を多く抱えており、理論上は久保の特性に合ったチームだ。いずれにせよマジョルカよりもクラブ規模とチーム目標が大きなクラブになるのは間違いなく、今季の環境よりもレベルは上がるだろう。出場時間や先発でのプレーだけを考えるなら、レンタル移籍を選択した方が安定したシーズンとなるのはまず間違いない。
「先発で出たい。自分にはその力がある」
印象に残っている久保の言葉がある。
2月末のベティス戦、試合後のスタジアムの通路でのことだ。彼は先発でのプレーについてこんな話をしていた。
「誰もが先発で出たいですし、誰もが90分間出たい。何分出ようが、最大限チームを助ける気持ちに変わりはないですけど、やっぱり先発で出たい。自分にはその力があると思うので、今日はそれを見せられてよかった」
久保は約1カ月半ぶりの先発出場で、1得点1アシストを含む全3得点に絡む活躍を見せた。その試合後に見せた先発への強い思い。言葉にはいつも以上に意志が宿っていた。
来季の居場所がどこになったとしても、久保は先発を目指し挑んでいくだろう。激しい競争に飛び込みマドリーで勝負するのか、それとも2年目の武者修行に出るのか。日に日に大きくなっていく才能を前に、その未来をあれこれ想像する夏の時間ほど楽しいものはない。
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