(北村 淳:軍事社会学者)

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 日本政府内では、突然中止してしまったイージス・アショア配備計画を補完するためにイージス駆逐艦を2隻追加建造するアイデアが浮上しているという。

 河野太郎防衛大臣は7月7日記者会見で、「あたかもイージス艦2隻増設みたいな話が流れておりましたが、それを含め、同じようにテーブルの上に載せて検討しているところであります」と述べている。イージス艦の増強はあくまでもさまざまな選択肢の1つという段階だが、本コラムで繰り返しているように、真剣に弾道ミサイル防衛(そして国防)を実施しようしているとは思えない愚策である。

イージス艦では難しい常時警戒態勢

 そもそも地上固定式の弾道ミサイル防衛システムであるイージス・アショアを配備しようとしたのは、365日24時間絶え間なく弾道ミサイル攻撃に備え続ける態勢を確立することが目的であったはずだ。

 現在日本が保持している弾道ミサイル防衛システムの最前線(そして実質的に最後の砦)を担当している海上自衛隊イージス駆逐艦では、そのように1年中継続して弾道ミサイル攻撃に即応態勢を固めておくことは至難の業だ。なぜならば、軍艦は補給や乗組員の休息交代のために、折を見て母港に引き返さなければならない。また、軍艦は定期的にメンテナンスや修理を行う必要がある。

 そのため、いかなる海軍といえども、保有している軍艦のうち3分の1程度を実戦配備できれば悪くはない状態と言われている。現在、海上自衛隊イージス駆逐艦を8隻(改装や建艦が完了した段階で)保有している。したがって、海上自衛隊が同時に弾道ミサイル防衛のために展開させることができるイージス駆逐艦は3隻である。

 たしかに、3隻のイージス駆逐艦日本海から東シナ海にかけて展開させておけば、北朝鮮および中国による対日弾道ミサイル攻撃に対する最前線防衛態勢の形は整えられる(ただし、3隻に搭載されたSM-3ミサイル中国軍の数百発の対日弾道ミサイル攻撃に対処できるかどうかという問題は、別問題となる)。

 ところが、このようにイージス駆逐艦で常時警戒態勢をとり続けるのは、至難の業だ。2~3カ月ほど日本海や東シナ海に展開して警戒監視にあたる3隻のイージス駆逐艦は順次時間をずらして母港に帰還することになるが、帰還する艦と交代する艦は出動準備と乗組員の訓練を完了させておかねばならず、母港に帰還した艦は直ちに修理やメンテナンスそれに乗組員の休養や訓練に取りかからなければならないからである。

「海軍」でなくなる海上自衛隊

 したがって、1年中継続して弾道ミサイル攻撃に対処するためには、現在、海上自衛隊が保有している8隻のイージス駆逐艦が全て、出動中・修理調整メンテナンス中・出動準備中のいずれかのステータスにおいて、弾道ミサイル防衛警戒サイクルに組み込まれることになる。

 弾道ミサイル攻撃警戒のために出動するイージス駆逐艦は、単独で出動するわけにはいかない。護衛のための水上艦艇や潜水艦、それに哨戒機なども必要となるのだ。これでは、海上自衛隊はまるでミサイル防衛艦隊となってしまう。

 強力な防空能力を有するイージス駆逐艦をすべて弾道ミサイル防衛に投入してしまっては、海上自衛隊が日本近海防衛、シーレーン防衛、アラビア海方面の海賊対処、それにこれから必要性が増すであろう南シナ海での警戒活動などに従事することはできなくなってしまう。

 このような状況に陥らないために、日本政府は陸上配備型のイージス・アショアを導入しようとしたはずなのだ。

 日本列島の妥当な地点2カ所にイージス・アショアを配備すれば、365日24時間絶え間なく中国による弾道ミサイル攻撃に警戒の目を光らせることが可能になる。その結果、海上自衛隊イージス駆逐艦や、その護衛のための艦艇を弾道ミサイル防衛のために釘付けにしておく必要性は薄れ、海上自衛隊を“海軍としての本来任務”に投入することが可能になるのだ(ただし、現在の海上自衛隊の戦力が、日本に必要な海軍力のレベルを満足しているとはとても言えない状況であるのだが)。

国防能力が欠落している日本政府

 上記のように、海上自衛隊イージス駆逐艦弾道ミサイル防衛の主力に用いることは、海上自衛隊を海軍ではなく「海に浮かぶ弾道ミサイル防衛部隊」としてしまうことを意味する。それにもかかわらず、日本政府はイージス・アショア配備計画を簡単に捨て去って(すなわち海軍力も捨て去ることになる)イージス駆逐艦の増強という愚策を議論し始めているのであるから、日本政府の軍事的無能も極まれるといったところだ。

 もっとも、これまで述べてきた弾道ミサイル防衛事情は、日本政府が日本国民を本気で弾道ミサイル攻撃の脅威から守ろうとしている場合(先週の本コラム「国民を弾道ミサイルから守る気がなかった日本政府」参照)の話であり、現実には中国による弾道ミサイル攻撃に対しては戦わずして降伏しているというのが現状であるから、日本政府にとってはイージス駆逐艦であろうがイージス・アショアであろうがさしたる問題ではないのかもしれない。

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