PanAsiaNews:大塚 智彦)

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 フィリピンで今、ツイッターを中心に「#JusticeForFabel」(=ファベルに正義を)というハッシュタッグを付ける抗議運動が静かに拡散している。

 それはまるで女性へのセクシャルハラスメントへ抗議する「#MeToo」や、黒人への差別問題を批判する「#BlackLivesMatter」がそうだったように、「ファベル・ピネダ」という名前は、フィリピンの心ある人々や若者の間で急速に浸透し、公正、公平、そして正義を求める運動の合言葉のようになりつつある。

警察署からの帰りに銃殺された15歳の少女

「ファベル・ピネダ」はつい先日亡くなった、フィリピン人女性の名前だ。

 ファベルさんは7月2日、ルソン島北西部の南イロコス州カブガオ市で、親族のバイクの後部シートに乗って自宅に向かっていたところ、覆面をした正体不明の男性2人が乗ったバイクに追跡され、不意に銃撃を受けて死亡した。年齢は15歳だった。

 実はこの前日、15歳の少女ファベルさんは、警察官に性的暴行を受けていた。そこで一夜明けた事件当日、隣接の警察署に被害届を提出に出かけていた。襲撃されたのはその帰り道だった。警察署を出る前に無事に帰宅できるか不安になったファベルさんは、警察官に「自宅までの帰路、同行して守ってほしい」と懇願するも拒否されていた。その結果、思いもよらぬ銃撃を受け、わずか15年の短い生涯を終える結果となってしまった。

 この襲撃事件を捜査した警察は、ファベルさんを性的暴行した警察官が殺害にも関与したとの疑いを深め、2人の警察官の職務を解き、身柄を拘束して事実関係の調査に乗り出した。

 だが、「警察による警察官の捜査は信用できない」として、国家捜査局も捜査に乗り出すとともに、国家警察長官、大統領府、さらに国際連合児童基金ユニセフ)までもが、真相解明と加害者に対する公正な法の裁きを強く求める事態に発展している。

警察による拘束中に警察官から性的暴行

 これまでの警察の捜査とフィリピンの各マスコミの報道などによると、ファベルさんは7月1日従姉妹(18)と一緒に夜間飲酒して外出していた際に、カブガオ市の南隣に位置するサン・ファン市で警察官に身柄を拘束された。新型コロナウイルス感染拡大防止のために取られている夜間外出禁止令違反、未青年飲酒などの疑いによる拘束だった。

 ところがこの拘束中、ファベルさんは警察官2人から性的嫌がらせを受け、最終的には暴行されていたことがわかった。

 というのも翌2日、ファベルさんは拘束されたサン・ファン警察署ではなく、北隣のカブガオ警察署を家族と一緒に訪れ、「警察官による性的暴行」の被害届を提出したからだ。

 被害届の提出のために同行した親族らによると、カブガオ警察署内で居合わせた警察官から冷たい視線を浴び、対応も極めて事務的だったことなどから、ファベルさんは嫌な予感を覚えていた。そこで警察に「帰宅するのに警察官が同行して安全を確保してほしい」と訴えたが、その願いは同警察署で拒否されたという。

 このためファベルさんは、親族と帰宅するためバイクに2人乗りし、家路についた。その途中のことだ。突然近づいて来た正体不明の男性2人乗りのバイクに、ファベルさんは乗っていたバイクごと倒され、路上に投げ出されたところを銃撃された。親族により近くの病院に運ばれたが、ファベルさん病院で死亡が確認された。

 暴行を受け、その次の日に警察に被害届を出した直後に今度は銃で撃たれるという予期せぬ最期は、わずか15歳のファベルさんにとってさぞ無念だったことだろう。

 地元メディアによれば、病院での検死でファベルさんの体からは5発の銃痕が見つかったという。なんともやり切れない事件だ。

「容疑者2警官は獣」と国家警察長官

 この事件は、「警察官にレイプされた15歳の少女、警察官が口封じで射殺」としてフィリピン国内で大きく報道されると、たちまち大きな反響が起こった。

 まず南イロコス州のライアン・シンソン州知事は同州警察に対し「ごまかしやうわべだけの捜査は許されない」と警告し、その上で警察による捜査だけでは公正と中立性を欠くとして「国家捜査局(NBI)」による独自の捜査を要求。「ファベルさんと残された家族への正義の実現」を訴えた。

 フィリピン国家警察のアーチ―・ガンボア長官は殺人、性的暴行、猥褻容疑で拘束されている2人の警察官に関して、「彼らは制服を着た人間ではなく、人間としての心も慈悲もない獣。同情の余地などは全くない」としたうえで「もっとも厳しい処罰が科されることになる。残る生涯を刑務所で過ごすべきである」と述べた。フィリピンでは2006年に死刑が廃止されており、現行法では終身刑が最高刑となっている。

 さらに大統領府のハリー・ロケ報道官も「大多数の善良な警察官の中には悪い腐ったリンゴが交じっていることもある」と指摘して2警官を厳しく指弾した。

 ユニセフフィリピン事務所も「犠牲者とその家族に正義が行われることを求め、未成年や児童の保護に政府や警察は責任を持ち、関係する事案には迅速に対応することを要求する」との声明を発表した。

 国家警察女性未青年保護センターの統計によると、今年3月16日から6月16日までの3カ月間に女性や児童、未成年者が被害者となって捜査した事件は5049件あり、3628人が逮捕されているという。

警察長官は女性被害者に名乗り出を要求

 ファベルさんの同級生や友人などが開設したツイッターアカウントには、「#JusticeForFabel」のハッシュタグが付いたツイートアップされているが、リツイートが多いものでは約5万4000も記録されるなど、国民の関心は日に日に高まっている。

 今年5月、ガンボア国家警察長官は「性被害者の女性は警察に名乗り出るようにしてほしい」と国民に呼びかけていた。これにはきっかけがあった。フィリピンネットメディアラップラー」の報道だ。その内容は、コロナ対策で地区間移動制限のあるマニラ首都圏での、警察官による女性への性的暴行事件が複数あるというものだった。

 夜の外出ができなくなり、売春を生業とする女性が仕事にあぶれ、生活に困窮しはじめた。そこで何人かの女性は、顧客の自宅で「仕事」をしようとした。ただ、そのためには地区の出入り口にある警察の検問所を通過しなければならない。だがそこで、知り合いの警察官から、通行を許可する見返りに無償の奉仕として「体を求められ、まるで暴行のよう犯された」と記者に訴えたのである。

 報道は当然のことながら、被害者の女性、加害者の警察官ともに匿名で、被害の日時も場所も特定されないように配慮した記事だった。

 ただしこの報道に対しガンボア国家警察長官は憤りを隠さなかった。「許されない警察官の行為だ、もし事実とすれば」としたうえでこう述べた。

「我々は女性を尊敬し、その社会的地位に敬意を示す。ぜひ被害を受けた女性たちは最寄りの警察に名乗り出てほしい。そうしなければ警察官による権力悪用事件を捜査することができない」

 そう被害女性らに呼びかけたのだった。

 しかしフィリピンでは「警察官の犯罪行為を警察に訴えるということは、命を危険にさらすことになりかねない」というのが“常識”だ。だから、「国家警察長官がいくら呼びかけても、名乗りでる女性はいないだろう」と見られていた。

 そうした中で起きたのがファベルさんの事件だった。今回のファベルさんが自身に対する性的暴行について警察に被害届を出すという「勇気ある行動」が、この国家警察長官の要請と直接関係があるかどうかは現時点では不明だ。

 しかし、ファベルさんの殺害は、国民が共有している“常識”が正しいことを改めて証明するような事態になってしまった。

 国家警察長官、大統領府報道官、州知事、ユニセフなどがどんなに「真相解明」「公正な裁き」と声を大にして叫んでみても、一部とはいえ警察に残る「腐ったリンゴ」を全摘することは不可能だ。そしてその腐ったリンゴは、平気で法も犯すし、時には一般市民に銃口を向けることもある。これが偽らざるフィリピンの現状だ。殺害されたファベルさんは永遠に戻ってこないが、フィリピンの警察機構は、その死を無駄にするべきではないだろう。

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2018年8月、国家警察の記念式典に参加したドゥテルテ大統領。左はドゥテルテ氏肝いりの「麻薬撲滅戦争」を指揮していたオスカル・アルバヤルデ国家警察長官(当時)。実はこのオスカル氏も、長官退任後の今年1月、汚職警官を庇った容疑などにより起訴された(写真:AP/アフロ)