(平井 敏晴:韓国・漢陽女子大学助教授

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 懸け橋、という言葉がある。

 定かではないが、自分で使ってみた記憶はほとんどない。かつては特にどうとも思わなかったが、韓国に住むようになってからというもの、積極的に使いたいとは思えない言葉になってしまった。

 だが、そう思うようになってから、私の目の前では使う人が増えていったような気がする。

「日韓の懸け橋になりたい」

 そんなことを言われてしまうのだ。

 でも、私はすぐに「そんな無理をするのはやめた方がいいよ」と返事をする。

自己犠牲の精神に何度も驚愕

 相談を切り出してくる人の年齢はさまざまだが、記憶をざっとたどると、若い人が多い。日本語を勉強している大学生や、ワーキングホリデーや留学などで韓国で暮らしている日本人もいる。私の教え子数人もそのなかに含まれる。

 彼らが私についついそう言ってしまいたくなるのは、理解できなくもない。というのも、私は日本人であると同時に韓国でかれこれ15年も暮らしているし、日韓交流おまつり、という交流事業でもそれなりに積極的に関わっていたことがあるからだ。

 だから、私に「日韓の懸け橋になりたい」と切り出すときに、まさかそれを否定されるだなんて、思ってもいないのだろう。その証拠に、「やめた方がいいよ」と答えると、キョトンとした顔をする。顔というのは、正直だ。

「日韓の懸け橋」なんて、いかにも美しい言葉ではないか。でも、私には、そのいかにもの美しさが、好きになれない。「日韓の人たちは、がんばってでも仲良くしましょう、そのために、自分が近くて遠い2つの国を繋いでみせます!」と、自己犠牲に満ちた表現になってしまうからだ。本人たちに聞いてみても、“人生を捧げます”というくらい強い意味で使っているという。

 その自己犠牲の精神に、私は何度も驚愕してきた。

「日韓の懸け橋」はいかにも不毛である。まず、国通しの関係が良くない。その上、日本には嫌韓感情があり、韓国には反日感情がある。そんな状況は、数十年単位で改善するとは思えないし、それどころか、両国相互の感情はこれからもっと悪くなるだろう。年を重ねてから「私の人生何だったのか」なんて思うのがオチだ。

 そんな若者の将来が見え見えだから、私は、「世の中にはもっと楽しいことがあるから、それは考え直した方がいいよ。日韓はきっと、根本的には変わらないから、もっと気楽に日本のことに関わってよ」と、アドバイスをする。

北朝鮮よりも日本に「敵がい心」

 とはいえ、そのアドバイスに自信があったわけではない。その根拠としてきた日韓両国民の感情の対立は、あくまでも私が日本人として韓国で生活するなかでの実感として思っていただけだったからだ。

 ところが、それをデータとして明確に示してくれる記事がつい先日、出てきた。中央日報による7月8日付の報道で、日本に対して敵がい心を抱いている韓国人は71.9%にのぼり、対北朝鮮の65.7%を上回るという。

 この数字が異様に合点がいった。

 敵がい心という言葉も微妙な訳だが、原文で使われている「敵対感」は、政治外交上での意味も含む。だから、韓国という国にとって脅威だと思うかを問うアンケートだと考えればよい。

 韓国人が日本に敵対感情を抱いてしまうのは、いわゆる歴史認識問題で韓国に厳しい姿勢をとる安倍首相の存在が大きい。ともかく安倍首相のことは無条件に嫌いな人がほとんどで、とくにこの数年は、徴用工裁判の影響もあり、そんな傾向が強い。

 では、日本の首相が別の人になれば、対日感情ははっきりと改善するかというと、そうは思えない。というのは、韓国社会が徐々に内向きで排他的になっていることも、記事で指摘されているからだ。

 たとえば、中国への敵がい心はこの5年間で16.1%から40.1%に増加した。また、多民族・多文化国になるべきだと考える人は、この10年間で60.6%から44.4%に、つまり、約4分の3まで減少した。さらに、外国人居住者を受け入れるのに限界があると回答した人は増えていて、10年間で48.9%から57.1%に膨らんだ。

 また、日本語では報じられていないようだが、この調査に関連する別の記事もある。国際結婚の家庭の子どもたちのことを韓国人だと思えるか、という質問に対して、肯定的な回答をしたのは、10年前の36.0%から17.1%と減少した。さらに、そうした子供を韓国人だと思えないと回答したのは、18.8%から32.4%に増加している。

 日本も内向きだと言われているが、韓国にしてもなかなかの内向き志向ではないか。しかもその傾向が強まっているのがデータから一目瞭然なのだ。

 だが、韓国でそれを問題として扱うニュースや論説記事が、果たしてこの数年間でどれだけ報じられたのであろうか。私にはその記憶がない。その一方で、我が家では日本の放送はNHKの国際放送しか視聴できないが、日本国内に暮らす外国人の苦労話の報道は何度も見ている。ということは、韓国社会は、いま、自分たちが内向きに傾いていることに無自覚でいる、あるいは、そこから目を逸らしているのだ。

肩の力を抜いて、できることをやる

 国内に蔓延しつつある内向き志向をどう克服するかは、韓国社会が今後10年以上かけて向き合っていくべき課題となるであろう。

 そのうえで諸外国の事情を受け止められるようになるのには、もっと時間がかかるに決まっているし、果たしてそれができるようになるのかでさえ、未知数である。

 そのなかで、歴史認識問題ですれ違う日韓両国民で、どれだけ理解し合えるのだろうか。ここでは日本の状況を書く余裕はないが、程度の差こそあれ、似たり寄ったりだと思っている。だから、無理して付き合いを深めるよりも、興味のある人が肩の力を抜いて往来し、互いに協力できることはそれなりにやればいい。そういうことは、肩に力を入れなくても続けられるはずだ。

 ちなみに、韓国が好意を寄せる国はアメリカだった。敵がい心を持つ人の割合は上昇したが、トランプ政権による韓国への辛めの対応のわりに、10.2%に留まった。ヨーロッパの国々に対してはデータがなかったので不明だが、実感としては、アメリカに近いはずだ。ちょっと皮肉な言い方かもしれないが、韓国社会はいま、脱亜入欧に傾いている。

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