金価格の高騰が続いている。急激に価格が上昇したのはコロナ危機以降なので、基本的にはコロナによる不安心理が背景と考えられる。だが、金価格はここ数年、ジワジワと上昇を続けており、今だけの傾向とはいえない。

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 金というのは投資対象としてはかなり特殊であり、プロの投資家や富裕層の個人投資家を除くと保有するメリットがほとんどない商品である。ところが、どういうわけか一般投資家の関心がかなり高く、一方で不正確な情報も目にする。金価格が急騰している理由について、価格形成の理屈から考察する。(加谷 珪一:経済評論家

金価格はほぼひとつの要因で決まっている

 金価格は2011年に1トロイオンス(31.1035グラム)あたり1800ドル近くまで上昇し、これが近年における価格のピークとなっていた。その後、一旦は下落したが、2016年に入ってから反転が始まり、2019年前半には1300ドル前後まで回復した。その後、2019年の後半から価格上昇が顕著となり、コロナ危機が加わったことでそのスピードが一気に加速。前回のピークである1800ドルに迫る状況となっている。ニューヨークの先物市場では一時、1800ドルを超えたので、まさに9年ぶりの高値といってよいだろう。

 金は有事など、市場の不安心理が台頭すると値上がりするといわれる。今回、価格が急激に高騰したのも、コロナによる不安心理が原因と考えられるので、この解釈は一般論としては間違っていない。だが、金価格の長期的な推移を見ると価格を形成する要素は基本的にひとつしかない。それは米国の物価(ドルの信認)である

 過去50年における金価格の推移を見ると、価格が著しく高騰したのは、1980年と2011年の2回である。1970年代後半は米国がスタグフレーション(不景気下のインフレ)に陥った時代であり、米国の消費者物価指数は5年間で1.5倍に上昇した。この動きに歩調を合わせるように金価格も上昇し、スタグフレーションがほぼ終了したタイミングでピークを迎えている。

 米ドルは基軸通貨なので、景気拡大を伴わずに米国で物価が上昇するということは、ドルの信認が低下していることを意味する。だがレーガン政権の誕生によって米国経済が復活したことから、それに合わせてドルも復権。それ以降、金価格は暴落に近い状況となった。多少の反転はあったものの、基本的に2000年まで金価格下落は続き、「金は終わった」とさえ言われた。

 2008年から2011年にかけての高騰は説明するまでもなくリーマン・ショックが原因である。

 米国経済は2003年から2008年にかけて不動産バブルとなり、最終的にはサブプライムローン(信用力の低い低所得者向け不動産ローン)の破綻で金融危機に陥った。この間、米国の輸出は急拡大し、世界中にドル紙幣がバラ撒かれた。景気が好調なうちは問題なかったが、リーマン・ショックでドルの信用が低下すると金に資金が殺到した。

コロナ対策による財政悪化を懸念?

 つまり歴史的に見た場合、金価格というのは常にドルの信認と逆方向に動く仕組みになっており、それ以外に大きな要因は見当たらない。通貨の価値が下がると金が買われるということなので、基本的に金というのはインフレをヘッジする手段とみなされている

 物価で調整した金価格を見ると、もっとも高かったのは1980年で、2011年の上昇はそれを上回っていない。また、現時点での調整価格も2011年との比較で約8割程度なので、今回のコロナショックが、リーマン・ショックと同レベルのインパクトをもたらすのなら、まだ上昇余地が残されていることになる。

 一方で、実体経済の悪化が懸念されているものの、リーマン・ショックのようなパニックが発生する可能性は限りなく低い。したがって、短期的な市場の不安心理による金価格の上昇はこのあたりで一服となるかもしれないが、中長期的には必ずしもそうとは言い切れない面がある。各国は感染拡大を防止するため外出規制などを実施しており、休業を余儀なくされた事業者や労働者に対しては多額の資金援助を行った。こうした財政支援の財源は基本的に国債なので各国の財政が悪化するのはほぼ確実といってよい。

 財政赤字が拡大すれば、当然のことながら、市場には金利上昇とインフレ圧力が加わる。しかもリーマン・ショック以降、各国の中央銀行は量的緩和策を実施しており、市中には大量のマネーが溢れている。

 今回の金価格上昇は短期的にはコロナに対する不安要因かもしれないが、中長期的には各国政府の財政悪化(および量的緩和策による過剰流動性)によるインフレを懸念したものかもしれない。もしそうだとすると、前回のピークである2011年の実質高値を上回る可能性も見えてくる。

金は基本的に富裕層が買うべきもの

 先ほどから説明しているように金の価格を決める最大の要因は通貨(ドル)の信認であり、今後、財政赤字の拡大をきっかけに金利や物価の上昇が始まるようであれば、金価格はさらに高騰すると予想される。

 ただ、各国の中央銀行は今回のコロナ危機に際して、事実上、量的緩和策への回帰を行っており、中央銀行が積極的に国債を買うことで、当面は金利が低く誘導される可能性が高い。このためすぐに金利の上昇とインフレが進む可能性は低いが、半永久的に量的緩和策を継続すれば、いつかは過剰なマネーが物価に影響を与え、インフレと金利上昇を招く。

 富裕層向けに投資をアドバイスするプライベートバンクでは、資産家に対してポートフォリオの一部をインフレ対策として金に振り向けるよう提案しており、こうした投資家の買いが価格上昇に弾みをつけている面がある。

 もし財政悪化によるインフレを懸念しているのなら、金は有力なヘッジ手段となるが、一般的な投資家の場合には安易に手を出さない方がよいだろう。金というのは保有しているだけでコストがかかるやっかいな商品であり、金のETF(上場投資信託)もコストが大きい分、価格に変動がなければ、年々、その価値は減価していく。しかも過去の値動きからも分かるように、インフレ懸念がなくなると価格は一気に暴落する

 富裕層の場合には、ポートフォリオの一部を金に入れ換えるだけなので大きな問題にはならないが、一般的な投資家が積極的に金を購入するのはリスクが高い。単純な不安心理からの投資検討ということあれば、なおさらである。

日本の財政を気にしているのなら金への投資もアリ

 日本では金について多くの誤解があるようで、インフレをヘッジするための商品との認識を持っていない人もいる。以前、金への投資を推奨しているあるブログの書き手が、日本はこれから不景気になってデフレが進み、強烈な円高がやってくると警告しており、そのヘッジ手段として金への投資を勧めているのを見て非常に驚いたことがある。

 また、金本位制についてもある種の幻想があるようで、金本位制にすれば景気の変動が少なくなると思っている人までいる。金本位制では、仮に不景気になっても理屈上、貨幣を増やして景気刺激策を実施することができないので、恐慌で死者が出たとしても放置するしかない。こうした原理主義的なやり方には限界があることから、金本位制の見直しが行われた経緯を考えると、不景気への対策として金本位制への回帰というのはまさに本末転倒というよりほかない。

 今回の金価格の高騰は、短期的にはコロナに対する不安心理、長期的には財政悪化(およびインフレ)への懸念ということになるので、もし日本の財政リスクが高いと考える人は、資産の一部を金に回すという選択肢はアリかもしれない。筆者は日本の財政リスクは高いと考えており、インフレ・ヘッジ手段としての金はそれなりに重要視している。

 だが国内では政府債務が拡大することについて問題ないとする意見も多く、もしそうであれば金への投資を検討する必要はほとんどない。金というのはいつの時代においても、通貨の信用と逆方向に動くものであるとの認識が重要である。

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