(平井 敏晴:韓国・漢陽女子大学助教授

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 朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長が衝撃的に世を去った。まさに雲隠れだ。

 7月9日の朝に失踪し、翌10日に遺体となって発見されたが、他殺らしいところは見当たらず、世間では自殺と推定されている。報道では、失踪の前日、元秘書Aさんからセクハラで警察に訴えられて、それを苦にしてのことだったと伝えられている。

 朴市長は「抱いてほしい」と話したり、「ふーってしてあげよう」と切り出して、Aさんの膝に唇をつけたという。セクハラは4年間にわたり、身体的接触が続いたほか、メッセンジャーで個人的な写真や淫乱な言葉を繰り返し送っていた。また、Aさんのほかにもセクハラの被害者は複数いたとの証言もあり、今まで告発を控えてきたのは、朴市長を恐れていたからだと報じられている。

 Aさんは告訴に踏み切った。その際に、朴市長との対話の詳細な内容も証拠として提出。警察はその内容に深刻性があると判断し、捜査に乗り出そうとしていた。一方で、この事態は直ちに朴市長の耳に入り、同日夜、側近たちと対策会議を開き、その席で市長職の辞職について議論していた。

「我慢する」と答えた人が9割

 秘書へのセクハラといえば、2年前、朴市長と同じくリベラル系の共に民主党に所属する安熙正(アン・ヒジョン)元忠清南道知事も秘書へのセクハラで世間を騒がせたことを思い出す。

 朴市長も安知事もまるで絵に描いたようなセクハラで、どこかで見覚えがあるなと思っていたら、セクハラ防止の教育動画をよく見させられていたのだ。近年韓国に駐在した経験のある方ならおわかりと思うが、セクハラ防止や、パワハラ防止の教育動画が政府機関により作られていて、職場ごとに視聴することが義務付けられている。

 私が見てきたもののなかには、上司と秘書という設定はなかったが、上司が部下にセクハラするという設定があった。秘書だって部下だから、似たり寄ったりだ。

 この数カ月のうちにも、セクハラ防止動画を4本見ている。1本が1時間ほどだから、合計4時間である。そのうちの1本が身体接触の話だった。

 冒頭には女性へのインタビューがある。社内で身体接触されたらどうするかという質問に、「雇用労働部に告発して会社を辞めます」と毅然と答える女性もいたが、「我慢する」と言う女性もいた。

 この動画では、少し古いデータだが2012年に女性家族部が行った社内でのセクハラへの対応に関する調査結果が挙げられていて、「我慢する」と答えた人は92.9%にのぼっていた。そのうちの3割ほどが、我慢する理由について、業務上不利益を被る恐れがあるからだと答えている。

他人への距離感が近い韓国人

 セクハラは韓国に限ったことではなく、日本でも、世界でも起きている。だがその起き方は、各国の社会文化により違うところがある。韓国では、往々にして韓国ならではの対人関係にまつわる要因がセクハラを誘発する。

 その要因は、2つあると考えている。

 1つは、社会的に他人への距離感が近いことだ。相手に対してとる身体的距離は、日本よりも圧倒的に近い。

 あるときコーヒーショップで注文していた。そこは空間をゆったりとって、価格も高めの店である。客が列をつくって並んでいるわけではない。コーヒーを選んでいると、すぐ斜め後ろにどうも人の気配がする。ふと見ると、20センチほどしか離れていないところに、見も知らぬ女性が立ち、注文する順番を待っている。どきっとするほど距離が近いのだ。

 学生から質問されるときでも、近くに来すぎるものだから、もう少し離れてくれとお願いすることもある。とはいえ、一緒に教科書を見て話をするときもあって、そのときに、私の頬に長い髪が触れるほど顔を近づけてくる学生もいる。

 そうした人たちは、とても多くはないが、珍しいわけでもない。

 それに、1つの鍋料理に各自スプーンを入れる。相手の唾液を拒否しないのだ。つい先日も卒業生と、1つのケーキをつつき合ったばかりだ。店も当然のごとくフォークを2本出してくる。つつき合いの典型的なものが、最近、日本でも流行っている韓国風かき氷のビンスである。韓国では老若男女を問わず、ビンスをつつき合いながら世間話に花を咲かせるのだ。

セクハラは「権力の違いにより発生する差別」

 こうした他人との身体の近さは、時々誤解を生む。そして、その誤解を生みやすくしているのが、韓国で根強い“長幼の序”である。韓国でセクハラが生じやすい理由の2番目である。

 長幼の序は日本でもまだ残っているだろう。だが、韓国の方が根強い印象がある。とにかく、年長者を褒めるのだ。まるで日本で言う「褒め殺し」かというくらいに褒める。私などは見ていてドン引きレベルの褒めちぎりようで、褒めて褒めて褒めまくられた年長者は、笑みを湛えて嬉しそうにしている。

 褒めちぎりは相手への敬意を込めた言葉遊びで、軋轢を生なければ社会の潤滑油になる。

 だが、そうならないケースもある。辛口な言い方になるが、自分より下の人は自分の都合で動いてくれるという、大きな勘違いだ。

 予定が変わっても目下の人には何も連絡をしない人がいるという例をここでは挙げておこう。最近の社会ではだいぶ少なくなったようだが、それでも、今でもちらほらと聞く。

 相手との身体的距離感の近さと長幼の序の交差は、多くの勘違いを生みやすくする。先ほど紹介した動画でも、セクハラは「権力の違いにより発生する差別」だという文言があった。

 それにしても、朴市長が自分で切り開いてきた韓国社会におけるセクハラ防止体制によって、彼自身が告発されたというのは、何とも皮肉だ。できれば告訴した女性のためにも、墓場から出てきて、事実を語ってほしいものだ。

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