プロローグ
ロシア憲法修正案と全ロシア投票

 本稿では、2020年6月25日から7月1日にかけて実施された、ロシア憲法修正案に関わる「全ロシア投票」に言及したいと思います。

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 1993年12月に制定された新生ロシア連邦憲法と今回の憲法修正案をロシア語原文で読んだマスコミ関係者は、恐らく誰もいないと思います。

 もし読んでいれば、今回の憲法変更提案は憲法改正案ではなく憲法修正案であり、修正案の場合は国民投票が不要であることが明記されているからです。

 ゆえに、今回は「全ロシア投票」(Общероссийское голосование)と名前を変えています。

 ところが、国民投票が不要であることに言及しているマスコミ記事は(筆者が知る限り)存在しません。

 ちなみに、憲法に規定されている国民投票は“Всенародное голосование/Референдум”です。

新生ロシア連邦憲法概観

 最初に、1993年の新生ロシア連邦の憲法構成を概観したいと思います。

 旧ソ連邦は1991年12月25日に解体され、ソ連邦の盟主ロシア共和国は新生ロシア連邦として独立。新生ロシア連邦の憲法は1993年12月12日に制定されました。

 ソ連・ロシアは為政者が変わると憲法が変わります。

 古くは通称“スターリン憲法”(1936年)、“ブレジネフ憲法”(1977年)などがあり、1993年の憲法は通称“エリツィン憲法”と呼ばれています。

 1993年12月12日に制定・公布されたエリツィン憲法は憲法改正案(第135条)と憲法修正案(136条)を峻別しています。

 憲法第1・2・9章に関する変更は、改正“Пересмотр”、第3~8章に関する変更は修正“Поправки”です。

 今回V.プーチン大統領が提案した憲法変更案は憲法修正案であり、修正案の場合、国民投票は不要です(第108条)。ご参考までに、エリツィン憲法の構成は以下の通りです。

第1編

第1章. 立憲制の原則 (第1条~16条)
第2章. 基本的人権  (第17条~64条)
第3章. 連邦体制   (第65条~79条)

第4章. 露連邦大統領 (第80条~93条)
第5章. 露連邦議会  (第94条~109条)
第6章. 露連邦政府  (第110条~117条)

第7章. 司法権    (第118条~129条)
第8章. 地方自治   (第130条~133条)
第9章. 憲法修正と改正手続き (第134条~137条)

第2編 雑則と経過規定 (全9項)

憲法改正案と憲法修正案の相違

 エリツィン憲法では、憲法改正案と修正案は手続き上、大きな違いが規定されています。

 当然のことながら、憲法改正案は厳格に規定されており、修正案の手続きは比較的簡単に成立します。

 では、具体的にどのように規定されているのか、憲法条項を概観したいと思います(筆者仮訳)。

108

第1項:連邦憲法法律は、ロシア連邦憲法が定める問題に関して採択される。

第2項:連邦憲法法律は、露上院議員総数の4分の3以上、下院議員総数の3分の2以上の承認をもって採択される。採択された憲法法案は14日以内に大統領が署名して、公布する。

135

第1項:ロシア憲法第1章、2章および9章は連邦議会により改正されることはできない。

第2項:ロシア憲法第1章、2章および9章に関する憲法改正案は上院および下院総数の5分の3以上 が支持した場合、連邦憲法法律に従い、憲法議会が招集される。

第3項:憲法議会はロシア憲法を改正しないことを確認するか、あるいはロシア連邦憲法改正草案を作成する。

 憲法改正草案は憲法議会議員総数の3分の2以上の賛成をもって採択されるか、あるいは国民投票に付される。

 国民投票は有権者の半分以上の参加で成立し、改正草案は投票者の過半数の賛成をもって採択される。

136

 ロシア憲法第3章から第8章に関わる憲法修正案は連邦憲法法律と同じ手続きにより採択され、連邦構成主体の3分の2以上の立法議会の承認後、発効する。

 上記より、国家体制の根幹に関わる憲法変更(憲法改正)には厳しい規定が設けられ、手続き上の修正には緩やかな規定が設けられていることが分ります。

 今回は国家体制の変更ではなく、あくまで手続き上の各種変更ですから、本来ならばパンフィーロバ中央選管委員長が今年3月に述べたごとく、3月の時点で法律上の憲法修正手続きは既に成立していました。

 ところが、プーチン大統領3月14日に憲法修正案に署名するとき、修正憲法が発効するにあたり、2つの条件を追記しました。

 それが、①憲法裁判所の合憲判断②「全ロシア投票」を実施して、過半数の賛成票を得ることです(投票率は既定なし)。

 ロシア憲法裁判所は3月16日に合憲判断を下し、全ロシア投票は4月22日に設定されました。なぜ4月22日に設定されたかと申せば、この日がレーニン生誕150周年記念日にあたるからです。

 ところが新型肺炎コロナウイルス騒動で、6月25日から7月1日まで1週間の投票日に延期されました。

 ご参考までに、プーチン大統領候補の過去4回の大統領選挙における得票率と、今回の「全ロシア投票」の得票率は以下の通りです。

 今回の全ロシア投票の結果は皆様ご存じの通り、投票率67.97%、賛成票77.92%、絶対賛成票53.0%になり、プーチン大統領にとり過去4回の大統領選挙以上の絶対得票率になりました。

 これこそプーチン大統領が望んでいた結果であり、この結果に向けて、壮大なるドラマが演出されたことになります。

憲法修正案の真意

 露プーチン大統領は2020年1月15日に発表した大統領年次教書において、憲法改正に言及しました。

 その後1月20日には、憲法変更案を露下院に提出。憲法修正案は3月11日の露下院第3読会と同日の露上院で承認され、連邦構成主体(85主体=日本の都道府県に相当)の3分の2以上の立法議会で承認されました。

 エリツィン憲法に従えば、これで憲法修正案は成立したのですが、支持率が低下しているプーチン大統領にとり、全ロシア国民の絶対過半数の賛成をもって憲法修正案が承認されたという儀式が必要でした。

 そこで考え出されたのが、「国民投票」(national referendum)に代わる「全ロシア投票」でした。

 露憲法に規定されている「国民投票」と今回の「全ロシア投票」は似て非なるものです。

「国民投票」では憲法改正案は項目ごとに賛成・反対が投票に付されますが、今回の「全ロシア投票」では各種変更案すべてに関し、一括して“賛成か反対”の項目しかありません。

 年金や賃金に関する甘い提案や国境線画定問題などの中に、大統領任期通算2期案がまぶしてありました。

 今回の憲法修正案の要諦は、次回の大統領選挙から大統領職は通算2期に限定する条項です。エリツィン憲法は連続3選を禁止していましたが、これが通算2期に変更されました。

 プーチン大統領は現在4期目ですから、2024年5月に大統領任期が切れると、次は立候補できないはずでした。しかし3月10日の露下院第2読会にて、「私はカモメ」で有名なテレシコバ議員が「従来の大統領任期は算入されない」とする憲法修正案を提案して、承認されました。

 すなわち、2024年5月の大統領選挙から大統領任期は通算2期までとなります。

 大統領任期は1期6年間ですから2期務めると12年間の大統領職になり、現在67歳のプーチン大統領1952年10月7日生)は、理論的には2036年5月の83歳まで大統領職に居座ることが可能になります。

 これが何を意味するのかと申せば、本来ならば2024年5月に大統領任期が終了するプーチン大統領にとり、実質“終身大統領の道が拓けた”ということになります。

 露中央選管は7月3日6月25日7月1日に実施された露憲法修正案に関する全ロシア投票の最終結果を発表。

 上述のごとく、投票率は67.97%、賛成票77.92%、絶対賛成票は53.0%になり、憲法修正案は承認され、7月4日プーチン修正憲法は発効しました。

 支持率が下がっているプーチン大統領にとり、絶対賛成率(投票率×賛成票)が50%以上になったことは大きな成果と言えるでしょう(もちろん、投票自体が茶番劇であることは言うまでもありませんが)。

 今回の「全ロシア投票」は、実態に即して言えば「憲法修正全国アンケート調査」にほかなりません。

 ですから、そもそも投票率がどうの・賛成率がどうのといっても実は何の意味もありませんが、寅さん風に言えば「それを言っちゃあオシマイヨ」とでもなりましょうか。

 ただし茶番劇とは言え、筆者は賛成票78%よりも反対票21%に驚きました。岩盤反対票が少なくとも21%あることがこれで判明しました。

エピローグ
マスコミにはK.マルクスがよく似合う

 大統領任期が2024年までであれば、プーチン大統領は任期後半にレームダッグになり、側近の利権グループの確執・利権闘争が激化・表面化することでしょう。

 これを避ける意味でも時間稼ぎが必要であり、それが今回の憲法修正案とそれを巡る茶番劇「全ロシア投票」であったと、筆者は理解しております。

 上記が実態ですが、日本を含む欧米マスコミが「憲法改正」と報じ、「国民投票」を論じている現状では、プーチン大統領としての目的は既に達成されたと言えましょう。

 なぜなら、プーチン大統領は、「国民投票」の結果、国民の絶対過半数の支持を得て憲法改正は成立したので、2024年から通算2期の大統領選挙に臨むと喧伝できるからです。

 日本でよく引用されるK.マルクスの言葉に、「歴史は繰り返す。最初は悲劇として、2度目は喜劇として」という警句があります。

 しかし、この引用は正確ではありません。

 この言葉はK.マルクスの「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」の冒頭に出てくる名言です。

 原文を正確に訳せば「ヘーゲルはどこかで言った、『すべての偉大な世界史的な事実と世界史的人物は2度現れる』と。しかし彼は『最初は悲劇として、2度目は茶番劇として』と付け加えることを忘れた」。

 今回の「ロシア憲法改正案」と「国民投票」を報じるマスコミと一部“識者”の姿に、筆者は寒気を覚えました。

 太宰治風に言えば、「マスコミにはK.マルクスがよく似合う」。

 さて、悲劇的なマスコミ報道の後に続くものは、どのような茶番劇になるのでしょうか。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  油価低下でロシア・プーチン政権存亡の危機

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