今の彼から気持ちが離れていっていることが自分でわかるけど、こちらから「別れよう」と彼に言ってしまえば、別れのつらさを味わうことになってしまう……別れのつらさなんて味わいたくないから、ずるいけど、次の新しい彼ができるまで惰性でつきあっておこう……これでOKなんだと思います。
あるいはふたりの男子を同時に好きになってしまった場合……片方を選ぶとなると、もう片方と別れなくてはならない……でも別れのつらさを味わうのはつらいから、ふたりと同時につきあおう……これでOKでしょう。


■自分が一番かわいい

たしかに、ふたりの男子と同時につきあうなんて、ずるい話です。さほど愛がなくなった状態で、彼とつきあい続けるというのも、あまり褒められた話ではないかもしれません。
でも、恋愛において、人はみんな同じです。自分が一番かわいいというところにおいて、みんな同じです。
誰だって、別れを経験してつらい思いをしたくない、つまり恋愛って誰にとっても、まず自己満足が優先されるということです。

それに恋愛って、そんなに美しい側面だけではないわけです。ずるい恋愛がいいというわけでは決してないけれど、ときにはずるく立ち回らないとやっていられないときだってあるでしょう。
計算高い恋愛が決していいわけではないけれど、ときに計算尽くでやっていかないと、前に進まない恋だってあるでしょう。


■自分のずるさと向き合う

別れてつらい思いをしたくないのであれば、ずるくても計算高くても、どんな手段を使ってでも別れなければいい。
別れないまま、ズルズルと別れを先送りしていたら、いろんな風景が見えてきます。ふたたび彼のことが好きになって、燃えるような恋になるかもしれない。あるいは、ふたりの男子を同時に好きになったケースであれば、それぞれと、それなりにうまくやっていけるようになるかもしれない。そうやって物事が好転する可能性だってあるわけです。
でもきっと誰もが、自分という人間の中にある、見たくない気持ちを見なくてはならない。これは確実に言えることです。
ずるい恋をやっていれば仕方ないことでしょう。計算高く立ち振舞って、とにかく自分が傷つかないことを第一に考えているのだから当然です。

でも、そういう自分の中の見たくない気持ちを、しっかりと見ることによって、人は恋愛を通して成長します。
成長した自分が、ふたりの男子と同時につきあっているという自分の行動をどう見るのか?あるいは好きではない男子と惰性や計算でつきあい続けている自分をどう見るのか?
これはそのときになってみないとわからないことです。神様みたいに、やっぱりひとりの男子と誠実に交際しないといけないと反省するのか、ひとりの男子と結婚して、もうひとりの男子と影でつきあい続けるのか……こればかりは、そのときになってみないとわからないことです。

別れてつらい思いをするのがイヤであれば、どんな手段を使ってでも別れなければいい。別れないで、自己満足とか自己愛というものが、本当はどういうものなのかを、考え続けるといい。それはときに別れよりもしんどいことですが、自分を傷つけ、愛する人を傷つけないと恋する気持ちに結論が出ない……恋はそういう残酷な面もあわせ持っているものなのです。(ひとみしょう/ライター
(ハウコレ編集部)

「別れよう」が言えない...なら、新しい彼ができるまで惰性で付き合っていこう