両角敏明[元テレビプロデューサー]

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いやービックリしました。温厚な尾身会長があれほどお怒りになるとは。

7月6日、専門家会議を取りつぶした政府は、新たに新型コロナウイルス感染症対策分科会を立ち上げました。その初会合記者会見で尾身茂会長は明らかに怒っていました。その怒りの内容は3月10日を記憶する者にはさらに驚くものでした。

去る3月10日、国会に参考人招致された尾身氏は極めて強く憂慮すべき事態とその緊急性を訴えました。それから119日たった7月6日、尾身氏は強い怒りとともにあの時とまったく同じことを訴えました。それは4ヶ月という時間が無為に流れたということでした。政府はこの間、有効な手立てを打たなかったのです。では3月10日に尾身氏が訴えたことは具体的に何だったのでしょうか。4つありますが、事実上はひとつのことです。

1、保健所、自治体が疲弊。体制の整備、人的・財政的な補充。

2、保健所の職員は目一杯、負担軽減と人的・財政的支援。

3、自治体や保健所の広域連携、迅速な情報共有を実現。

4、対応医療機関を選定し財政的、医療器具、マスクなどを供給。

7月になった今、どれかひとつでも実現できていますか?

中でも尾身氏が7月6日に西村大臣の眼前で極めて強く主張したのは「保健所の強化と情報共有」の問題でした。その語気の強さに気圧されたのか、西村担当大臣も安倍総理もその後は記者発表に「保健所体制の強化」といった文言を加えるようになりました。しかしこれは言葉に出せば済むような簡単な話ではなく、政府が本腰を入れて取りかからなければ実現できないことです。

保健所というのは国の機関でもなく、東京23区や地方大都市では都や県の機関でもありません。国立・都道府県立・区市町村立と並立する学校・教育委員会と似ているのかもしれませんが、お役人得意の縦割り組織でないために運営責任や権限、指示命令系統が複雑です。だからといってコロナ非常時に肝心な組織の疲弊を傍観していたのは政治の怠慢です。政治は4ヶ月怠慢を続けた上に国会を閉じて長期休暇に入ってしまいました。至急国会を再開し、国会議員は給料分は働くべきですが、尾身氏の怒りにもかかわらず安倍政権にまるでやる気が見えません。

尾身氏の訴える「情報共有」も、保健所の問題とリンクしますが、情報集約のスピードも正確性もいまだにボロボロです。

厚労省は5月29日、新コロナ感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)の運用を開始しました。今時FAXかよと呆れられていた感染者情報などをようやくデータベースシステム化したのです。ところが、運用開始から1ヶ月以上もたった7月の「野党合同ヒアリング」でこれがまるで機能していないことが明らかになりました。国と保健所とはオンラインでつながったものの、各病院と保健所間はいまだにFAXでやり取りしていると厚労省が言い、しかも機能不全の理由さえ答えられない有様だったのです。

[参考]蓮池透氏コメントを脇に追いやる御用メディア -植草一秀

そして、まさか!と思われるでしょうが、いまだにいくつかの自治体については、厚労省職員が各自治体のホームページにアクセスし、そこに上がっている数値を見て国のデータとしているというのです。しかもそのデータにしてからが、必ずしもデータの定義や集計期間の規程などのプロトコルが統一されていないなどメチャクチャ。さらに驚くべき事に、自治体から国に報告されるはずの正式な諸データはリアルタイムどころか、場合によっては数日遅れ、自治体によっては2週間遅れもあると厚労省が認めているのです。

こんな途方もない話、信じられないでしょうが、これがわが日本国政府の実態です。尾身氏がお怒りになるのも当然とは思いませんか。

(上記一連のあまりのことに筆者の言う内容が信じられない方はYouTubeで「7月7日野党合同ヒアリング」を検索し、前半部分をご覧になって下さい。現実を目の当たりにされて呆然とされるはずです)

小池東京都を見ても、なんだかんだとスローガンは猫の目のように変転し、時に目先を変え、データの取り方や処理法まで変えてしまうので数値も変わります。小池知事の発言にしても、その日の感染者数に新宿のホストクラブの方々の検査データが含まれているような言い方をしても、実は新規感染者200余名の中にそれは含まれていないという情報が後から出たりします。以前、NHKの「日曜討論」で小池知事は「都は医療防護具の備蓄は充分」と断言していましたが、そのころ都立病院ではガウンを使い回すなど防護具不足にあえいでいました。先日も小池知事はホテル療養の準備は充分と断言しましたが、その日のニュースでは契約していた5つのホテルのうち3つが契約切れ、ひとつも近々契約が終わり、残りが1つとなるため至急手当が必要と伝えていました。

安倍総理と小池都知事のお二方、ウソは平気で、発言は額面どおりでないことが往々にしてあります。

7月に入って200名を越える新規感染者が出たときに小池都知事は、4月の200名越えの時より3~4倍の検査をしているので感染者が増えるのは当然といったニュアンスを滲ませました。しかしこれも極めて不正確な発言です。ざっくり東京の平均的な数字を見ると、

*5月は約1500/日の検査で新規感染者は数人~30人/日

*6月は約2000/日の検査で新規感染者は約20人~50人/日

*7月は約3000/日の検査で新規感染者は約100人~200人/日

このように検査数と新規感染者数はパラレルな関係ではありません。当たり前です。「37.5度・4日間以上・呼吸症状あり」の人に限って検査した1000人と、まったく症状のない濃厚接触者まで含めた1000人のデータを比較しても意味がありません。それを同等に比較する小池知事の発言はまやかしです。問題はシンプルで、7月に入って新規感染者数が大幅に増加してきたことです。

安倍総理の発言も問題です。『4月に較べ重症者は大きく減っており、感染者の多くは20代30代で医療体制は逼迫した状態ではないと承知している』

まさに希望的楽観論ですが、合理的根拠はありません。

[参考]「コロナ第二波」が来る前にヒト・モノ・金を現場へ

4月は「37.5度・4日間以上・呼吸症状あり」と縛りをかけ、重症化リスクの高い感染者を選び出すのが政府の方針でした。無症状や軽症の可能性が高い20代30代は検査数も少なかったのです。

7月は20代30代も検査対象とされて感染実態が見えてきました。結果、事実として多い若年感染者は感染を拡げ、ほどなく40代50代、高齢者へと拡がり、重症者も増えるであろうことは容易に想像できます。そういう7月危機に向かう医療体制の備えを知りたいのに、今は逼迫していない、としか答えない総理の逃げ腰コメントに心配が募ります。

7月10日、小池都知事と西村大臣が会談、200名越えに対して、お互いに特段の規制処置を執らないことが明らかにし、さらに政府は「GO TOトラベルキャンペーン」の大幅前倒し実施を発表しました。これまた合理的根拠のない希望的楽観論による方針です。

一方で、8割おじさんたる北大・西浦博教授は京大IPS細胞研究所の山中伸弥教授との対談で、「新コロナとの戦いは野球で言えばまだ2回の表、これから何度も攻防をくり返すだろうが、私は必ずしも明るい見通しは持てない」と語っています。

科学者が悲観論を唱える中で政府は無策のまま根拠なしの希望的楽観論で進みます。尾身会長の怒りは、こんな政府の中で老骨に鞭打ちながら奮闘せざるを得ないことへの苛立ちなのかもしれません。もはや我々に残るは神頼み。願わくば、再び日本に元寇をはねのけた神風が吹かんことを。

心ない人へ、ひとこと付言を。

西浦氏が、8割行動抑制など自説を発表するたびに、たくさんの脅迫行為を受けていたことを明らかにしました。中には刃物を送り付けたり、家族を脅かすような脅迫も。それでも西浦氏は科学的結論が脅迫によってねじ曲げられてはならないと、「物理的被害を受けるまではなんとか頑張ろうと決めた」と語っています。

人は弱いものです。まして家族や友人を巻き込むとなれば、人はあなたの脅迫に屈するかもしれません。でも、それはあなたの勝利ではありません。どれほどの暴力で一時人を黙らせようとも、事実を変えることはできません。そして、もし科学者が脅迫に屈し、科学的合理性にもとずいて正しいと信ずることを言わなくなったら、あなたも、あなたの大切な人もすべての人々が大変な被害者になります。

どなたか、あるいはどなたたちか知りませんが、どうか脅迫や恫喝はやめてください。