先日、3歳の娘を自宅に放置して8日間、鹿児島県に出掛けていた東京在住の女性が娘を衰弱死させた疑いで逮捕されたことが大きく報道されました。今回以外でも、子どもへの身体的虐待やネグレクト(育児放棄)により、痛ましい結果になった事件がたびたび報じられますが、こうしたとき、親が意識や行動を変えるか、周囲が救いの手を差し伸べない限り、子どもが自分の意思で身体的虐待やネグレクトから逃れることは困難です。

 一般的には「子どもは親を選ぶことができない」と言われますが、実際はどうなのでしょうか。子どもの権利・法律問題に詳しい、佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

親権喪失、親権停止、管理権喪失

Q.現行の法律では、子どもが親を選ぶ権利は認められているのでしょうか。そうであれば、どのような法律に基づき、どのような手続き、流れで行われるのでしょうか。

佐藤さん「子どもに『親を選ぶ権利』を直接認めた法律はありません。しかし、児童虐待から子どもを守るため、親権を制限する制度は民法で定められています。親権とは、親が子どもを育てる権利と義務のことで、具体的には、親が子どもの身の回りの世話、教育やしつけをしたり、子どもの財産を管理したりすることが含まれます。親権は、『子の利益のために』行うことが法律に明記されており(民法820条)、虐待は親権の乱用にあたります。

親権を制限する制度としては、『親権喪失』(同834条)、『親権停止』(同834条の2)、『管理権喪失』(同835条)があります。親権喪失とは、親による虐待などがあるときや、親による親権の行使が著しく困難、または不適当であり、子どもの利益を著しく害するときに期限を定めずに親権を奪う制度です。

親権停止とは、親による親権の行使が困難、または不適当であり、子の利益を害するとき、最長2年間の期限を決めて親権を行使できないようにする制度です。無期限に親権を奪う親権喪失の場合、親子関係を修復することが困難になるため、親権喪失はあまり活用されていませんでした。そこで、2011年の法改正で新たに親権停止制度が設けられたという背景があります。親権停止により、虐待する親から一時的に子どもを引き離し、その間に家庭環境を改善し、親子の再統合を図ることを目指します。

管理権喪失とは、親が子どもの財産管理を行うことが困難、または不適当であり、子の利益を害するとき、子の財産を管理する権利のみ奪う制度です。いずれも、子ども本人やその親族などが家庭裁判所に請求することにより、親権喪失、親権停止、管理権喪失の審判がなされます。これら『親権制限事件』の新たな請求件数は2015年267件、2016年316件、2017年373件、2018年399件と増加傾向にあります。

父母の一方が親権喪失や停止の審判を受けた場合、もう一方の親が親権者になります。父母の双方が審判を受けたなど親権を行う者がいなくなった場合、『未成年後見(親権を行う者がないとき、または親権を行う者が管理権を有しないとき、家庭裁判所がその未成年者に対して後見人を選ぶ制度)』を始めることになります。なお、親権が喪失したり、停止したりしている間も親子でなくなるわけではなく、相続権なども残ります」

Q.なぜ、子どもが親を選ぶ権利は認められていないのでしょうか。

佐藤さん「全ての人に実の親がおり、さまざまな事情があるにせよ、子どもにとって実の親は大切な存在です。『自分がどのように生まれたのか』は、子どものアイデンティティーにも大きな影響を及ぼします。そのため、法律上も、血のつながった実の親子関係を基本としていろいろな制度が作られており、特別養子縁組(子どもの福祉のため、養親と養子が実の親子と同じ関係を結ぶ制度)を除き、実親との法的な親子関係を解消させることはできません。

生物として親は選べるものではなく、法律上も、子どもに『権利』として認めるにはなじまない性質のものと思います。子どもが虐待されたと感じたとき、自由に『親を選ぶ権利』を行使できるとすれば、親子関係も社会も混乱することは明らかでしょう。子どもを虐待から守る法制度は別にあり、それについては後で述べます」

Q.身体的虐待やネグレクトでつらい思いをしている子どもに対し、親を選ぶ権利を与える必要性はあると思われますか。

佐藤さん「子どもに『親を選ぶ権利』を与えるという発想は、子どものアイデンティティー形成の上でも、親子関係、ひいては社会の安定を保つ面でも望ましくないものと思います。身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクトといった虐待に苦しむ子どもを救うためには、児童相談所が十分に機能する体制を整えたり、親権を制限する制度を活用したりすることが大切でしょう」

Q.ネグレクトなどの虐待をなくすために、現在制定されている法律は十分なのでしょうか。不十分な場合、どのような法律が必要だと思われますか。

佐藤さん「虐待から子どもを守る法制度としては、先述した親権の制限の他、児童福祉法や児童虐待防止法の制度があります。例えば、虐待が疑われる場合、児童相談所長は職権で『一時保護』をすることができます(児童福祉法33条)。長期間、親子の分離をする必要がある場合は、実親の同意を得て施設へ入所させたり、里親に委託したりすることになります(同27条1項3号、4項)。

親の同意が得られない場合は、児童相談所長(都道府県知事から権限を委任されている)が申し立て、家庭裁判所の承認を得て、施設入所や里親委託の措置をします(児童福祉法28条1項)。この措置の期間は2年を超えることができませんが(同28条2項)、家庭裁判所の承認を得て、期間を更新することができます。

虐待に関する対応は児童相談所が中心となって行っていますが、児童相談所は非行や障害、不登校など、子どもの福祉に関わる幅広い業務を少ない人数で行っており、改革が必要だと思います。虐待対策専門の部署を創設したり、職員の専門性確保のため『児童福祉司』を国家資格化したりすることも検討すべきでしょう。

虐待から子どもを守るためには、既存の法制度を十分活用するとともに、児童相談所の機能をさらに強化していくことが必要だと思います」

オトナンサー編集部

子どもは親を選べない?