「もう思い出したくありませんし、今も仕事があるのでお話しできません…」

 アメリカで禁固18カ月の有罪判決を受けて服役した大手自動車部品メーカーの男性社員は、こう応えるだけだった。

 しかし一言でも口を開くのは稀。同様に収監された日本人サラリーマンの多くが、出所後も沈黙している。

ケネディ空港で突然逮捕され

 海外でその沈黙を破ったのが、フランスサラリーマンが書いた『アメリカン・トラップ』(ビジネス教育出版社)。文字通り“アメリカの罠”に掛かったことを告発した著書だ。

 大手エネルギー企業アルストムの営業部門幹部だったフレデリック・ピエルッチ氏(当時45歳)は、13年4月の深夜、出張のためにニューヨークケネディ空港に降りた時、突然、逮捕された。

 そのまま拘置所に送られ、裸にさせられ、肛門に隠しているものがないか「両足を開いて咳をしろ」と命じられた。翌朝、裁判所で勾留延長が決まり、5時間かけて囚人護送車で北部ロードアイランド州の拘置所に送られた。

 アメリカ司法省は、外国の公務員への賄賂を禁じた海外腐敗行為防止法(FCPA法)違反で、アルストムの捜査に着手していた。アルストムがインドネシアの発電所建設を受注する際に、現地の国会議員に賄賂を贈った容疑だった。

 しかしアルストムは捜査に協力的ではなかった。

「われわれが本当に訴追したいのは、アルストムの取締役連中、なかでもクロン社長だ」

 ピエルッチ氏は連邦検事にそう言われ、司法省が経営陣を追及する足掛かりとして、たまたまアメリカに入国した自分が逮捕されたことを知った。

 そして最高125年の実刑が下る可能性を示唆され、保釈請求は繰り返し却下され、勾留は実に1年2カ月続く。司法取引が成立して釈放された後、禁固30カ月の判決が下りて収監された。

日本サラリーマンも次々と収監

 日本のサラリーマンアメリカ刑務所に次々と収監されてきた。

 2010年以降、アメリカ司法省は、自動車部品のカルテル(価格協定)の捜査に着手。ワイヤーハーネス(車内配線)を皮切りに、点火コイルベアリング(軸受)などの部品で、日本企業が連携して販売価格を調整したと追及した。企業側は次々と有罪を認め、1億ドル、2億ドル…と巨額の罰金を支払った。その数は5年間で50社を超えた。

 詳しく報じられなかったが、その間、司法省は個々の社員を追及し、刑務所に収監してきたのだ。

 東証1部上場の自動車部品メーカーは7800万ドルの罰金を支払った後、担当部長をはじめ社員6人に禁固12カ月~16カ月の有罪判決が下っている。

ターゲットにされるとなす術がない」

 日本では、企業がカルテルに問われた時に社員まで収監されることはない。しかしアメリカ司法省は、個々の社員を追及して収監するほうが効果的だと考えはじめたという。現場の社員を逮捕して収監可能性を見せれば、経営陣へのプレッシャーが高まり、企業として罰金の支払いに応じる、と。

「業界団体の会合とか同業他社との親睦ゴルフに参加しただけで、価格を調整したと追及された人たちもいますが、ターゲットにされるとなす術がない。事情聴取で、『有罪を認めれば待遇のいい刑務所を選べるが、認めなければ量刑が重くなり、刑務所も選べない』と迫られた人もいる。有罪を認めて司法取引をして、できるだけ短い期間の収監を選ばざるを得ません」(カルテル問題に詳しい都内の弁護士

 こうして収監された日本のサラリーマンは30人を超えている。

カルテルの場合、凶悪犯と一緒に収監されることはほぼありませんが、中には収監されて精神的にやられてしまう人もいる。収監された人を数人知っていますが、最前線で働く真面目なサラリーマンです」(同)

起訴されたままだと海外に行けない

 収監される他に「起訴されたまま」という社員もいる。

 駐在を終えてすでに帰国していたり、日本国内で勤務していた時に捜査対象になった社員の多くは、わざわざ渡米して司法省の事情聴取に応じない。司法省は業を煮やし、こうした社員を起訴しはじめたためだ。

 大手電機メーカー系企業は、発電機等のカルテルに問われて1億9500万ドルの罰金を払ったが、それで終わらず、1年後に社員4人が起訴された。そのうち1人は7カ月後に司法取引が成立して禁固15カ月の判決が下ったが、残り3名は起訴されたままだ。

アメリカへ行って出廷しなければ裁判は開かれないため、出廷しない人もいます。しかしアメリカから見れば海外逃亡であり、時効の進行が停止されるため、永遠に起訴されたままになる」(同)

 その場合、アメリカに行くことはもちろん、出国先で逮捕される可能性があるため海外に行けなくなる。

 大手メーカーの広報担当者は匿名でこう話す。

「あくまでも本人の判断ですが、起訴された社員のうち、若い社員は一生出国できないことは不利になると考えて出廷しました。一方で、年配者は、海外に行くことを諦めて出廷しませんでした」

 しかし日本にいても、日米は犯罪人引き渡し条約を締結しているため、司法省が引き渡しを求めてきた時、日本政府が応じる可能性がある。起訴されたままのサラリーマンは25人を超えている。彼らは今も収監の可能性に怯えているのだ。

買収されるはずのないアルストムが

 著書『アメリカン・トラップ』に戻ろう。

 ピエルッチ氏は拘置所で1年過ぎた時、世界最大の総合電機メーカーアメリカのGE(ゼネラルエレクトロニック)が、アルストムを130億ドルで買収する意向という報道を見て、驚愕した。GEがアルストム買収を望んでいることは知っていたが、フランスにとって原発にも関係する安全保障上の重要企業でもあり、買収されるはずはなかった。

 しかしGEの買収交渉が司法省の捜査と並行して進み、アルストムの臨時株主総会でGEの買収が承認された。3日後、司法省は会見を開いて、「アルストムが贈収賄を認め、過去最高の7億7200万ドルの罰金支払いに応じた」と発表した。

 ピエルッチ氏は、司法省の捜査はGEのアルストム買収を有利に進めるためだったと訴え、「アルストムは、司法省に贈収賄容疑で告訴されながら、GE社に買収される5社目の企業だったのだ!」と看破した。実際、アルストム経営陣は免責と引き換えにGEへの売却を進めた、と後にフランスで問題になった。

熾烈なグローバル経済戦争の陰で

 司法省のカルテル捜査も同様に捜査対象の9割が日本企業だったため、狙い撃ちされたという見方がある。

「当時、関税を引き下げて貿易促進を図るTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉で、日米間の懸案は自動車部品の扱いでした。アメリカプレッシャーをかけるために日本の部品メーカーターゲットにした、と見られたのです」(貿易に詳しいコンサルタント

 熾烈なグローバル経済戦争の陰で、日本のサラリーマンアメリカ刑務所に収監される。これは今後も起こり得ることだ。

(坂田 拓也)

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