
アメリカの広大な自然が残るイエローストーン国立公園に41頭のオオカミの群れを招き入れて今年で25年となった。
かつて、ここには多くのオオカミが暮らしていたのだが、1926年、野生のオオカミが殺されたという公式記録を最後に、完全に姿を消してしまったのだ。
そこで、乱れてしまった生態系を回復する目的で、1995年にカナダからオオカミたちが連れてこられた。「20世紀最大の実験」と呼ばれるこの試みは順調に進み、20年後、「生態系が本来の姿に戻り始めた」ことがわかった。
そして25年の月日がたった。新しい研究によれば、オオカミたちは公園内の生態系を安定させている役目を果たしているそうで、ヘラジカを食い尽くすようなことはなく、むしろ弱った個体や病気の個体を間引いてくれるために、ヘラジカの群れはこれまでよりも健全になっているそうだ。
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オオカミは気候の変化に合わせて捕食対象を変えている
雨や雪が普段どおりの年なら、オオカミが主に狙うのは、一番楽に狩ることができる老いたメスのヘラジカだ。
しかし最近の研究では、雨・雪が少なく、乾燥して草や低木があまり繁殖しない年の場合、狩りの標的はオスに変わることが明らかになっている。
がっしりとした体つきのオスのヘラジカは、秋になると食べることよりも、メスを巡って雄叫びをあげたり、互いに突進したりすることに熱中する。そのせいでエネルギーを消費し、季節が冬に向かうにつれて弱ってくる。乾燥した季節ともなれば、なおのことだ。
賢く、適応力の高い捕食者として、オオカミはこうしたことを学習している。だから体重200キロのメスではなく、340キロもあるが栄養不足で消耗したオスを殺す。
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エサの乏しい年にオスが狙われると、その分だけメスが子供を産むチャンスは増える。そのためにヘラジカの生息数は維持される。

生態系のバランスを保つのに重要な役割を果たすオオカミ
『Journal of Animal Ecology[https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/1365-2656.13200]』によれば、より重要なのは、今イエローストーン公園内に300~350頭いるとされるオオカミたちが、ヘラジカの群れが変わりやすい気候の脅威を切り抜けられるよう手助けしていることだという。
たとえば、ヘラジカの生息数がやたらと増減したりせず、一定に保たれるために、頻繁に発生する干ばつ(温暖化の影響の1つでもある)に耐えやすくなっている。
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「将来的にはかなり予測が難しくなるので、(大量死の備えとして)緩衝となるものが欲しいところです」と語るイエローストーン国立公園の野生生物学者ダグ・スミス氏は、ヘラジカの群れのバランスをとってくれるオオカミはその役割を果たすことができると解説する。
狩猟や管理政策を通じて「人間もヘラジカの数を安定させる手助けができますが、オオカミとまったく同じようにはいきません」と、同氏は付け加える。

ウィルマーズ氏とスミス氏らは、イエローストーンで20年以上にわたって1000頭を超えるヘラジカの死骸を分析してきた。
毎年、冬の初めと終わりの1か月、3つのオオカミの群れ(パック)を追跡しながら、彼らが仕留めたヘラジカを見つけ、その年齢や性別を記録。さらに骨髄を抽出して、ヘラジカが死んだときの健康状態を調べた。
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また衛星データから、雪解け水や降雨の量によって変化する、ヘラジカが食べる植物の各年の量を割り出した。
こうした調査から判明した、オオカミは植物が少ない年はヘラジカのオスを狙うという事実や、気候の変化にあわせて彼らが行動を変化させるという理解は、オオカミを管理・保全する上でとても大切なことだ。

オオカミを絶滅させたことによる弊害
1世紀以上に渡り迫害されてきたオオカミの生息数は未だ再建の途上にある。
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20世紀以前、イエローストーンに生息していたバイソン、ヘラジカ、ミュールジカ、プロングホーン、ビッグホーンといった動物の数はしっかりとしたもので、それらと共にハイイログマ、アメリカグマ、オオカミ、ピューマといった肉食獣がたくさんいた。
しかし政府の政策によって、肉食動物とバイソンは駆除の対象となる。1926年にはイエローストーン最後のオオカミの群れが殺された。
やがてアメリカ本土における昔からの生息域のほとんどでも駆逐され、オオカミは五大湖周辺にわずかに残るのみとなってしまった。
オオカミがいなくなり、クマやピューマも大きく数を減らすと、ヘラジカが爆発的に増えた。1932~68年にかけて、国立公園局とモンタナ州は北イエローストーンから7万頭のヘラジカを取り除いた。駆除するか、ヘラジカがいなくなった地域に移動させたのだ。
1968年にヘラジカの駆除が停止されると、今度は5000頭から2万頭近くにまで増加した。それからの数十年、ヘラジカの生息数は毎年の気候の変化にあわせて、激増と激減を繰り返すことになる。
厳冬の年には、飢えて死んだ無数のヘラジカの死体が転がった。

オオカミの再導入で生態系が生き返る
イエローストーン国立公園にオオカミ41頭が再導入されたのは、1995~1997年のことだ。ハイイログマやピューマも保護され、数を増やした。ヘラジカは数を減らしたが、やがては激増と激減のサイクルが落ち着きを見せるようになった。
たとえば、2010年から2011年にかけては雪深い厳冬だった。にもかかわらず、似たような冬になればヘラジカが大量に餓死していただろう1980年代・90年代に比べると、ヘラジカは比較的よくエサを食べていた。
それだけではない。川の形が変わり、緑豊かな森がよみがえったのだ。
「生態系はヘラジカが餓死していたときよりも、今のようなあり方にうまく進化・適応しています。ヘラジカが餓死するということは、彼らが財産を食い潰しているということですから」とスミス氏。

アメリカ各地でオオカミ再導入が検討されている
イエローストーンでの成功事例を見て、今年11月、コロラド州でもオオカミを再導入するべきかどうかの是非を問う投票が行われるそうだ。
投票が近づいている今、研究者は25年間のデータを用いて、オオカミをコロラド州をはじめとする各地に再導入した場合にどのような変化があるのか予測しようとしている。
中には、タイリクオオカミの亜種であるメキシコオオカミを元々彼らが生息していたニューメキシコ州やアリゾナ州にもっと導入しようという意見もある。
現時点では、答えよりも疑問の方が多い。イエローストーンは広大で、それゆえに動物もまばらだが、コロラド州はそうではない。
つまり、どこにどれだけオオカミを導入する余地があり、その存在にどれだけ人間が耐えられるのかといった点において、潜在的に難題をはらんでいるということだと、コロラド大学ボルダー校の環境学者ジョアンナ・ランバート氏は話す。
コロラド州当局は、オオカミを「実験的な個体数」として管理するつもりだ。イエローストーンに再導入され、「絶滅危惧種」として管理されているオオカミたちとは違う。
後者は、万が一イエローストーン国立公園から迷い出てしまったとしても、殺すことは概ね禁止されている。コロラド州ではそうした規制は設けられないだろうと思われる。
しかしイエローストーンからはっきり分かることはある。「オオカミは間違いなくコロラド州にたくさん生息するヘラジカを食べるでしょう」とランバート氏。再導入が実現すれば、同州のヘラジカは「間引かれ、より健全になる」ことだろう。
ここ12年、イエローストーン国立公園内のヘラジカの生息数は6000~8000頭の範囲で安定しており、気候の変化によって極端に増加したり、その反対に激減したりするようなことにはなっていない。
How climate impacts the composition of wolf‐killed elk in northern Yellowstone National Park – Wilmers – 2020 – Journal of Animal Ecology – Wiley Online Library
https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/1365-2656.13200[https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/1365-2656.13200]
References:Wolves Have Stabilised Yellowstone’s Ecosystem 25 Years After They Were Reintroduced[https://www.unilad.co.uk/animals/wolves-have-stabilised-yellowstones-ecosystem-25-years-after-they-were-reintroduced/]/ written by hiroching / edited by parumo
本記事は、海外の情報を基に、日本の読者向けにわかりやすく編集しています。

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