朝比奈 一郎:青山社中筆頭代表・CEO)

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 新型コロナウイルスの蔓延は、それまで目につかなかった日本社会の弱点をいくつもさらけ出すことになりました。例えば、あまりに貧弱だった感染症の検査体制、マスクや防護服といった衛生用品の供給と備蓄体制の不足、夜の街一つ抑えられない非常事態対応についての法制的な準備不足などがそれです。

 そうした中、17日の総務省の発表によれば、4月末から開始した現金10万円の一律給付が、約3カ月もかかって、ようやく全体の9割で完了したことがわかりましたが、私は日本の“致命的”な弱点、特に政府に顕著な弱点は、世上言われているように、デジタル化の遅れだったように感じます。

コロナで露呈、給付金をスムーズに配れない行政の脆さ

 この10万円の給付金は、マイナンバーの普及と銀行口座との紐づけがあれば、それこそ一瞬で終わると言われていますが、国や地方の公務員が対応したので、スピードはともかく、手続きの適正さについての問題はとやかく言われませんでした。

 ただ、スピードの問題に加えて、適正さについても疑義が生じてしまったのは、少し前に話題になった経産省が所管していた持続化給付金を巡る電通とサービスデザイン推進協議会の問題です。

 野党やマスコミは、「経産省と電通の癒着」問題ととらえ、連日批判を展開しました。私自身、経産省の元官僚ではありますが、事実の詳細を知っているわけではなく、特にこの癒着の件で経産省を擁護したり批判したりするつもりは特にありません。報道やその後の推移をみるに、法的問題があったわけではなく、「李下に冠を正さず」的なことだったのかな、という印象を持っています。

 しかし、ここで最も批判されるべきなのは「官と民との癒着」以上に、そういう疑惑を招いてしまった体制、別の言葉で言えば、疑惑が起こりえないような体制を作れなかった準備不足ではないかと思います。もっと大きく、もっと本質的な日本政府の弱点がここで露わになったのです。そこを理解したうえで、政府の取り組みを批判しなければ意味がないのです。

 その弱点を説明する前に、この持続化給付金の問題がなぜ起きたのか、全体の構図をさっと押さえておきましょう。

スピード優先か、正確さの追求か

 持続化給付金の事業は、コロナの影響で売り上げが減少した中小企業個人事業主に最大200万円を配るというものです。そして、この案件では、2つの大きなトレードオフがありました。1つは「スピードと正確さ」のトレードオフです。つまり、申請者に対し迅速に給付金を配布するか、絶対に間違いがないようにじっくり正確に配るか、どちらを取るかという問題です。

 持続化給付金は、第1次補正予算だけで2兆3000億円、さらに第2次補正でも1兆9000億円が予算に計上されています。7月13日までに、約250万件の中小企業・個人事業者に3.3兆円が給付されています。こんなに巨額の予算を、ごく短期間に全国の事業者に配布するというのは、なかなかないことです。

 しかもこの資金の給付は、コロナで苦しんでいる事業者にとって一刻も早く手にしたいお金でした。そのため、何よりも迅速さが求められていました。もちろん行政の仕事ですから、正確性も求められているのですが、正確さを極限まで追求するよりはスピードを重視しなければならない側面があったのです。これがひとつ目のトレードオフです。

 この事業の入札は、報道によれば、サービスデザイン推進協議会とデロイトトーマツファイナンシャリーアドバイザリー合同会社の2社で争われました。デロイトは世界的な監査法人のグループ会社ですから、正確性や不正のなさを優先するならこちらのほうが長けていると思われます。それに対してサービスデザイン推進協議会は電通とかかわりの深い団体で、いわば電通とは一心同体的な団体。日本中にプロモーションのための関連会社を擁し、手足となる実働部隊が揃っている電通なら、何かを一気に配ったりするのは得意そうです。

 おそらく、そうした比較の中で、当時は「早く、早く」の大合唱ですから、役人だった経験に基づいても、癒着の有無とは別に、スピード重視でサービスデザイン推進協議会が選ばれるのは、政策判断としてさほど不自然なことではないと思います。

 同じようにコロナ対策で、雇用調整助成金や上述の一律10万円の特別定額給付金も配られましたが、この給付作業については「実際に配られるまであまりにも時間がかかりすぎる」といった猛烈な批判が浴びせられました。この雇用調整助成金特別定額給付金の手続きを担当したのは公務員です。もちろん彼らは、間違いが起こらないよう正確性を担保しながら作業に当たったはずです。そのぶん時間もかかります。各自治体の公務員はこれらの作業で手一杯でした。

 ですから、持続化給付金は民間の力を借りて配るしかなかったと思います。そういう背景の中、「作業を委託された団体は電通に丸投げした」、「電通はさらに関連会社に丸投げしたが、そこで中抜きした額が大きすぎる」、「経産省幹部と電通の関連団体幹部が癒着している」といった“疑惑”が世の中を騒がすことになりました。

コストをかけて公平中立を目指すか、公平中立を少々犠牲にしてでも効率を重視するか

 2つ目のトレードオフは、コストに関わる問題です。もうすでに何年も前から、「民で出来ることは民で」、「官民連携」、「小さな政府」といった合言葉の下で、行政の仕事がどんどん民間に外注されるのが当たり前になっています。この流れのお陰で、日本は現在、世界的に見ても人口当たりの公務員が非常に少ない国となっています。公務員の中に、本来は公務員にカウントされない独立行政法人の職員を含めてカウントしても、やはり日本の公的セクターに従事する人は少ないのです。

 そうした中で、持続化給付金の給付作業を公務員にやらせようとするなら、その分、公務員を雇わなければなりません。つまり、「公正・中立をとことん重視するためにコストをかけて公務員をたくさん雇う」という道を選ぶか、あるいは「公正中立性を多少犠牲にしてでも効率の良い行政を目指す」という道にするのか、ここにもトレードオフの関係があります。

 平時であれば、われわれの国民的選択として後者を選ぶことに異議を唱える人はほとんどいないと思います。もちろん野党やマスコミも同じような理解のはずです。だから普段は「民でできることは民で」というスタンスです。ところがいざ何か問題が起きると「公平性が担保されていない」「行政なのに正確でない」と一斉に批判します。しかし、コストを重視して「民でできることは民で」という道を選んだのであれば、時には正確性や公平性に問題がある場合も出てくる――そういった理解が必要だと思います。

「電子政府化」という最適解

 さて、ここからが本題です。実は、究極の解決策があります。別の言葉で言えば、この問題で浮き彫りになった政府の弱点は「電子政府化が驚くほど遅れていたこと」なのです。こここそ、メディアも野党も、そして国民も最も強烈に批判し、改めさせるべき点です。

 さまざまな給付金で電子申請ができ、それをスムーズに処理できる態勢ができていれば、スピーディに、正確さを損なわず、ローコストで国民にお金を配ることができたはずです。つまり先ほどのトレードオフの関係にあった要素をすべて満たしつつ、処理できる究極の解が電子政府化なのです。持続化給付金の問題で言えば、受託者に委ねられた約769億円のうち400億円以上が、パソコンの設置や申請に関する指導のコスト(受付会場での申請支援費用)だったと言われています。

 先述の一律10万円の給付金の手続きは、市区町村が窓口になって行われましたが、マイナンバーカードを使ってオンライン申請した住民に対し、受け付けた市区町村側では、申請に不備がないかどうか、職員が手作業で確認する姿が報じられたりしました。郵送による申請に誘導したところも少なくありません。これでは全くオンラインの意味がありません。抜本的なデジタル化が重要です。

政府の電子化は「頓挫の歴史」、だが今やらずしていつやるのか

 電子政府の必要性はこれまでも指摘されてきましたが、あまり進展してきませんでした。典型的なのは、2001年(平成13年)1月にIT戦略本部によって発表された、e-Japan戦略(IT国家戦略)ですが、そこには、「我が国は、すべての国民が情報通信技術(IT)を積極的に活用し、その恩恵を最大限に享受できる知識創発型社会の実現に向け、早急に革命的かつ現実的な対応を行わなければならない。市場原理に基づき民間が最大限に活力を発揮できる環境を整備し、5年以内に世界最先端のIT国家となることを目指す」と明記されています。約15年経っても最先端どころではありません。

 その理由の一つは、古いシステムの統合の難しさがクリアできなかったからです。各自治体、各省庁はそれぞれ独自のシステムを使用してきました。そこには膨大なデータの蓄積があります。

 電子政府化を図るには、これらのシステムを統合して運用できるようにしなければなりませんが、従来のシステムが古すぎて、新しいシステムに移行できなかったり、複数のシステムを上手く統合できなかったりという問題があるのです。

 この壁を突破するには、システムに精通した人材を特に民間から集めて、それらの人の動きをサポートする(政策実現を中でうまく後押しする)官の人材も加えて、そのチームに政府全体に多大なる権限を与えていくしかありません。最高情報責任者(CIO)的地位に一人だけ民間人を入れても機能しづらいことは明らかです。システムの統合・更新では関係する機関の利害が衝突します。金融機関の合併でも、システム統合は非常に揉める問題で、そのせいで経営統合自体が流れてしまうこともあるほどです。ですからこのチームに大きな権限を与え、担当大臣や政府全体が支えて実施する体制をとらないと、日本の電子政府は進展しないでしょう。

 日本は政府に限らず、デジタル化で他の先進国から大きく後れを取っています。ウィズ・コロナを当たり前としていかなければならないこの時代、政府のデジタル化は避けて通れません。いまこそ与野党が協力して、強力に推進していかなければならないのです。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  第3波でまた「時短要請」、それしか対策はないのか

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