「香港国家安全維持法」の発効を受け、7月1日の返還記念日、香港の治安当局はいきなり370人余りを逮捕した。予想以上のフルスロットルで始まった中国共産党政権による"香港制圧"。これを見殺しにしてしまっていいのか?

『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリストモーリー・ロバートソンが解説する!

■「遺憾の意」の表明、そして見て見ぬふり

6月30日、中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会で「香港国家安全維持法」(国安法)が可決され、発効しました。2047年まで「香港の高度な自治を守る」ための約束とされていた一国二制度は、これで事実上無効化。中国本土と同様、あらゆる形の民主化運動が違法とされることになりました。

これを国際社会が放置し、香港をこのまま"見殺し"にするなら、中国・習近平しゅう・きんぺい)政権の暴走はさらに広がっていく可能性があります。次のターゲットは台湾、あるいは尖閣(せんかく)諸島や石垣島かもしれません。

にもかかわらず、日本の反応が薄いのが気がかりです。政府はいつもどおりの「遺憾表明」で終わりですし、言論人や一般の人々の関心もかなり低いように見えます。

日本社会が中国の人権問題に無関心なのは今に始まったことではありません。1989年天安門事件でも、日本政府は遺憾の意を表明するとともに中国への円借款を凍結する経済制裁を下したものの、ほとぼりが冷めると、(問題はなんら解決していないのに)巨大市場と安い人件費欲しさに再び中国との経済的な結びつきを強めていきました。今にして思えば、これが"悪魔の契約"になってしまったと言っても差し支えないでしょう。

こうして、日本のみならず欧米の主要先進国が経済を優先し、中国国内の人権蹂躙(じゅうりん)を見殺しにするようになります。言い換えれば、中国の低賃金かつ劣悪な労働環境で働く人々や、苛烈な人権弾圧を受けている人々の存在に気づきながらも見て見ぬふりをすることで、われわれは豊かさを享受してきたのです。

経済成長に伴ってどんどん強く、かつ傲慢(ごうまん)になる中国政府の主張に対しても、「今は我慢のときだ」「もっと中国が豊かになれば社会も変わる。民主化への道も見えてくる」などと、日本はある意味で自分たちに言い聞かせながら付き合ってきたフシがある。あるいは、中国の経済発展を促すことが、歴史の禊(みそぎ)になるという意識もどこかにあったかもしれません。

しかし現実を見れば、天安門事件から30年以上続いた先進各国の「黙殺」や「欺瞞(ぎまん)」こそが中国共産党政権を肥大化させてきました。そうして生まれた富が原資となり、香港の民主化運動は押しつぶされ、ウイグルチベットでは人権弾圧が繰り返されている。

それでも、この30年間で中国への経済依存を強めた各国は、もはやこの「黙殺状態」から抜け出すことが難しくなってきている―これが今起きていることでしょう。

■非英語圏で進むジャーナリスト買収

並行して、中国政府は国内外へのプロパガンダを巧みに仕掛けてきました。特に最近は、新興国のジャーナリズムの"買い付け"も積極的に行なっています。国際ジャーナリスト連盟(IFJ)の報告を基にした英メディアガーディアン』の報道によれば、主に非英語圏で、中国政府の提供資金による中国国内の取材―いわゆる"アゴアシ付き"の取材記事が横行しているといいます。

例えば、同連盟のアンケートに答えたミャンマージャーナリスト9人は、全員が中国政府から提案されたアゴアシ付きの「スタディツアー」に参加した経験があり、うちひとりは9回も中国に渡航していました。

その当人は「自分たちには取材に行く資金がないから仕方ない」と答えており、問題を自覚していないようですが、こうして言論が確立されていない、あるいは成熟していない国のジャーナリストはいとも簡単に"買収"されています。

また、中国は中東諸国のジャーナリストも歓待し、ウイグル人収容所のスタディツアーを実施しています(もちろん監視付きで)。そして「この施設は地域にテロを起こさせず、平和をもたらすためのものだ」などと、弾圧を正当化するような記事を書かせている。

本来であれば、同じムスリムであるウイグル人への弾圧に対して真っ先に声を上げるべきイスラム諸国のジャーナリストたちでさえ、中国にとって"都合のいい物語"を発信してしまっているケースがあるということです。

さて、中国の隣国のひとつである日本は、こうした問題を黙って見守るべきでしょうか。僕はそうは思いません。冒頭でも述べたように、これを放置することは、いずれ尖閣など日本の問題にも必ず飛び火します。だからこそ、政治的な左右の対立を超えて「まっとうな中国批判」を行なっていくべきなのです。

特に、昔から中国や北朝鮮の問題に関しては口をつぐむ傾向にある左派メディアは、本当の意味でのリベラルに脱皮してほしい。リベラルの芯は「反右翼」ではなく、自由や人権のはずです。

一方で、保守を自任するメディアも香港の問題を「中国の暴挙」という"ネトウヨ的反中論"に押し込めるのではなく、中国に対する健全な批判の必要性や、その機運をつくることこそが日本の国益につながると訴えてほしい。

そして、一般人にもできることはあります。例えば、近年はSDGsの分野で注目されている「倫理に基づいた消費行動」を意識することもそのひとつ。

日本人に限らず先進国で暮らすすべての人に言えることですが、自分たちの豊かな暮らしのために、劣悪な状況での労働や環境問題を中国に押しつけてきたことを、まずは見つめ直す必要があります。中国は、先進国にとって都合のいい"倫理のゴミ箱"ではないのです。

これは「香港人 Lives Matter」であり、「中国人 Lives Matter」です。14億人を超えるすべての中国人の人権を守れと真っ向から主張しない限り、中国共産党政府の暴走は止まることはありません。

モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『水曜日ニュースロバートソン』(BSスカパー!)、『Morley Robertson Show』(Block.FM)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

「自分たちの豊かな暮らしのために、劣悪な状況での労働や環境問題を中国に押しつけてきたことを、まずは見つめ直す必要があります」と語るモーリー氏