2000年頃に進化の頂点 新トレンドも
2000年頃までの乗用車のボディスタイルは、基本的に水平基調だった。サイドウインドウの下端が、後方へ真っ直ぐ伸びていく形状だ。
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1970年代には、ケンメリの愛称で親しまれた4代目スカイライン(1972年)、初代セリカに追加されたリフトバック(1973年)、ギャランGTO(1970年)などがボディ後端のピラー(柱)を太くデザインする手法を流行させたが、1980年代に入ると従来の水平基調に戻った。
当時はフロントマスク、フェンダーやボディパネルの造形も進化しており、水平基調を踏襲しても進化が感じられた。
ところがやがてデザインにも伸び悩みが訪れ、2000年に近付くと、従来路線のフルモデルチェンジを行っても外観の変化が乏しくなってきた。
そこで2000年代に入った頃から、ヘッドランプを大きく見せる手法が流行した。
9代目マークII(2000年)、3代目プリメーラ(2001年)、4代目レガシィ(2003年)、12代目クラウン(2003年)など、さまざまな車種が「目力」を強めた。
このヘッドランプ形状に個性を持たせる手法は今のクルマにも受け継がれているが、その後、ボディサイドのデザインにも変化が生まれ始めた。
欧州生まれウェッジシェイプ(くさび形)
2000年頃になると、欧州で生まれたウェッジシェイプが日本車にも採用されるようになった。
サイドウインドウの下端を後ろに向けて持ち上げる手法で、水平基調に比べると、躍動感や新鮮味を表現する効果がある。
海外でヤリスとして売られた初代ヴィッツ(1999年)は、このデザイン表現を明確に打ち出した。この後のモデルでも踏襲されて今に至っている。
セダンでは3代目プリメーラ(2001年)、ワゴンでは3代目カルディナ(2002年)、SUVなら初代ムラーノ(2004年)、クーペでは7代目セリカ(1999年)などが、サイドウインドウの下端を後ろに向けて持ち上げた。
この後、ウェッジシェイプのデザインは、さまざまなカテゴリーに普及した。
マツダは2012年に発売された先代CX-5以降、ウェッジシェイプ風の「魂動デザイン」を採用しており、全般的にサイドウインドウの下端が高めでリアピラーは太い。マツダ3ファストバックはこの傾向をさらに強めた。
他社のハッチバックではプリウス、アクア、リーフ、スイフト、シビック。SUVではC-HRやエクリプスクロス。セダンならインサイト。
クーペではフェアレディZやレクサスLCが、サイドウインドウの下端を後ろに向けて大きく持ち上げ、ピラーも太く見せている。
クルマのボディ、野性動物に例えると
ウェッジシェイプのボディ形状を採用する理由をメーカーのデザイナーに尋ねると、以下のように返答された。
「サイドウインドウの下端を後ろに向けて持ち上げ、ルーフラインを逆に下げると、重心が後ろ側に加わったフォルムになるのです」
「溜めた力を一気に放ってダッシュを開始するような雰囲気です」
「クルマは走っている時の姿が大切で、美しくカッコ良く見せる必要がある。そこを考えると、サイドウインドウの下端を後ろに向けて持ち上げた外観デザインは、走る楽しさを大切にするクルマとは相性が良いのです」
クルマは走るツールだから、メカニズムからデザインまで、野性動物に例えられることが多い。
例えば駆動方式について。野性動物は主に体重の加わる後ろ足を使って、前進する力を伝える。
前足は方向を変える役目をするので、走行性能を高めるには、後輪駆動やこれをベースにした4WDが適しているといわれる。
デザインについても、先のコメントにあった「重心が後ろ側に加わったフォルム」に見えることから、ウェッジシェイプを採用する。
身近な動物では、猫を思い浮べるとわかりやすい。ジャンプや疾走を開始する直前など、重心を後方に移して一気に跳躍する。
これをクルマのデザインに置き換えると、ウェッジシェイプになるわけだ。
ただしウェッジシェイプには欠点もある。
ウェッジシェイプ、欠点も
ウェッジシェイプには欠点もあり、ドライバーに対して斜め後方や真後ろの視界が悪化する。
サイドウインドウの下端を後ろに向けて持ち上げ、ボディ後端のピラーも太くするから、サイドウインドウの面積が狭まって必然的に視界が悪くなる。
そうなると後席に座った乗員の閉鎖感も強まり、周囲の風景も見えにくい。乗員によっては、クルマ酔いを誘発する。
そしてウェッジシェイプのボディスタイルは、重心が後ろ側に加わった見せ方だから、造形バランスに基づいてボンネットを前方に向けて傾斜させる車種が多い。
そうなるとドライバーからは、ボンネットも見えにくくなる。後方視界の悪さと相まって、ボディの四隅の位置もわかりにくくなってしまう。
今はボディが全般的にワイド化して、全幅が1800mmに達する車種も増えているため、ますます運転がしにくい。
今は各種のモニターが装着されて死角を補うが、後退時は自分の目で後方を確認するのが基本だ。
左右方向から急速に接近する自転車など、モニターでは見落とすことも多い。
ウェッジシェイプのクルマを購入する時は、縦列駐車や車庫入れを行って、側方と後方の視界、小回り性能などを確認したい。
心地好さ/安心/安全 水平基調の時代に
最近では、ウェッジシェイプの欠点を考えて、ボディを水平基調に戻す車種も登場している。
例えば現行ホンダ・フィットだ。
先代型はサイドウインドウの下端を後ろ側に大きく持ち上げたが、現行型は水平に近付けた。フロントピラーとインパネの形状も工夫され、前方と斜め前の視界も大幅に向上している。
なぜ走りをイメージさせるウェッジシェイプの外観から、水平基調に変更したのか。開発者に尋ねると以下の返答であった。
「現行フィットの開発に際してお客様にリサーチしたところ、今のコンパクトカーに足りないのは心地よさだとわかりました」
「そこで、心地よさ、親しみやすさ、飽きずに長く使えることなどを重視して開発を進めました」
「ボディの大きさは、従来と同じく運転しやすい5ナンバーサイズに抑え、安心と安全を高めるために良好な視界も確保。その結果、ボディスタイルが水平基調になったのです」
ボルボも一時期はサイドウインドウの下端を後ろに向けて大きく持ち上げるウェッジシェイプを採用したが、今は水平基調に戻した。
魂動デザインのマツダも、東京モーターショー2019に出展されたMX-30は、今のCX-5やマツダ3とは違う水平基調だ。
重心が後ろ側に加わった野性動物を思わせるデザインは、走るクルマのボディスタイルとは親和性が高いが、この背景には一種の緊張感がある。
速くカッコ良く走る、スポーツカーの世界観に合ったデザインだ。
このトレンドが定着したこともあり、今後は時代の流れもあって、心地よさや安心が強く求められる。そこで水平基調への回帰が始まった。
そしてクルマの外観は、デザイン性や世界観だけでは語れない。視界に大きな影響を与え、安全性を左右するからだ。
安全なクルマとするには、周囲が良く見えて、なおかつ魅力的な形状に仕上げることが不可欠になる。
将来のカーデザインの主力は、視界と安全を前提にした上でのエモーショナル(情緒的な価値)に移っていく。
そうなってこそ、本当の工業でデザインだ。
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