連日のコロナ報道や「GoToキャンペーン」混乱、最低賃金をめぐる膠着状態・・・といった状況のなか、一服の清涼剤のようなサイエンスの話題をお届けしましょう。

JBpressですべての写真や図表を見る

 米国で、金属マンガンを「食べる」細菌が発見されたというニュースです。

 雑誌ネーチャー(Nature)(https://www.nature.com/articles/s41586-020-2468-5.epdf)に発表されたペーパーは7月15日付ですが、昨年9月に提出され、査読の最中にコロナ・パンデミックとなり、5月5日に受理されたものが先週になって公になったものです。

 カリフォルニア工科大学のジェアド・リードベター氏は環境細菌の研究者です。

 ある目的で粉末の金属マンガンを使用、実験終了後、それが付着したガラス容器に水道水を満たしたまま、後で片づければいいや、とそのまま放置して、数か月キャンパス外の別の場所で仕事をしていたそうです。

 主婦の皆さんでも時折ありませんか、後でいいや、と流しに洗い物を置いたまま、という状態。

「そんなだらしないこと、したことないわ!」という方には申し訳ありません。

 実は、私の母親は教師をしながらの生活だったので、洗い物はもとより、家の掃除はしない、片づけはしない、洗濯以外の家事はダメダメでしたので、そのDNAを受け継いでしまったのか、私の研究室もひっくり返っています。

閑話休題

 リードベター研でも、数か月ほったらかしにしてあった実験使用後の容器、久しぶりにキャンパスのラボに戻ってみると・・・。

 ガラス容器が黒い物質で覆われていたというのですね。

「これはなんだろう?」

 環境細菌学者のリードベター教授、ある予感をもって系統だった検証をしてみると・・・。

 水道水の中に含まれていた細菌が、金属マンガンを酸化して「食べていた」ことを、世界で初めて突き止めた、というのです。

 彼らが発見した「マンガン細菌」は、金属マンガンを「食べて」エネルギー源とし、その「糞」として酸化マンガンを「排泄」。

 またこのとき取り出したエネルギーで、水や二酸化炭素からアミノ酸たんぱく質などを作る有機物質の合成を行っていたとペーパーは報じています。

 このような細菌の発見は世界でも初めてということで、世界のメディアがこぞって取り上げています。さて、本当に驚くべきことは、いったい何でしょう?

生物は普通に金属を食べる

 ここでいきなり話が飛ぶようですが、全宇宙で最も「ありふれた物質」とは何だと思われますか?

 宇宙と言ってもきりがないので、いま太陽系など地球の周辺を考えることにします。

 ダントツに多いのは「水素」その次に多いのは「ヘリウム」で、太陽が真っ赤に燃えているのは、「水素」を燃やしたカスが「ヘリウム」になっている核融合反応で「燃えて」いるんですね。

 原始の「原子の火」水素、ヘリウムがまず多い。

 次いでより重い金属が星の中で「燃やされる」ことで作り出されます。

 この両者の次に、ずっと少ないですが酸素、炭素、ネオン、窒素、ケイ素、硫黄、カルシウム・・・などが存在するのですが、酸素や炭素の次ぐぐらいの量存在しているのが「鉄」なのです。

 詳しい物理はここでは省略しますが、鉄は普通の意味で星の中で元素が燃えたときできる、燃えカスの行き着くところで、やたらたくさん存在している。

 今日の話題は宇宙物理ではなく「金属細菌」ですし、こういう話はJBpress執筆陣の中でも同窓の友人、小谷太郎君が専門家です。

 ですから、ここでは「星の燃えカスはつまるところ鉄=Feに行き着くこと」、そしてこの「原子番号26・Fe(鉄)」の1つ前「原子番号25」が「Mn(マンガン)」で、やはりそこそこたくさん地球にも宇宙にも存在していることに注目しましょう。

 今回発見されたのは、その「ありふれた物質」マンガンを食べる細菌なわけですが、実は「鉄を食べる細菌」鉄バクテリアは、以前から専門家の間では広く知られた存在でした。

 地球上に存在した太古の海は、最もありふれた金属、鉄で真っ赤だった。

 それを「鉄を食べる細菌」鉄バクテリアが固定したおかげで、地球上にある世界中の海は透明に澄み、やがて海藻などが光合成し、植物が繁栄する前提を準備したといわれています。

手のひらを太陽に:鉄も食えば銅も食う

 さて、こんな「鉄を食べるバクテリア」、読者の皆さんには意外でしょうか?

 生物が鉄という金属を利用する典型的な例として、私たちの血液を考えれば、納得がいきやすいのではないかと思います。

 私たちの体内、血管の中を流れている血潮は赤いのは赤血球のためで、赤血球という袋の中身はヘモグロビンという物質が7割方を占めており、それが酸素を運搬することで、私たちは呼吸し、生きている。

 生物が金属を利用してエネルギーを生み出しているのは、実は私たち自身の体内でも、普遍的なことにほかなりません。

「ヘモグロビン」を構成する球状のたんぱく質の大半は、宇宙にありふれた水素や酸素、炭素でできています。

 ただ、真ん中に「鉄」を抱え込んでおり、この鉄が酸素と結びつくと「赤い血」動脈血(Oxyhaemoglobin)、二酸化炭素と結びつくと「黒い血」静脈血(Carbaminohaemoglobin)、またヘモグロビン一酸化炭素ともくっつきやすく「Carboxyhaemoglobin」これが過剰になると一酸化炭素中毒で私たちの生命が危ぶまれることになります。

「鉄」を活用したエネルギー代謝は、私たち自身の命を支える大事な役割もになっています。

 ちなみにイカやタコ、エビや昆虫などは切っても赤い血は出ません。もちろん彼らも生きているので呼吸しますが、こういう動物の血液は「青く」、ヘモグロビンではなくヘモシアニンという、銅を配位した呼吸たんぱく質が酸素を運んでいます。

 カンブリア紀に栄えた動物たちは、銅を食べ、赤い血は流さず、青い血の世界を作り上げていた・・・。

 やや寄り道が長くなりましたが、今回発見された細菌は元素周期律表で「鉄」の隣にあたる元素「マンガン」を用いてエネルギーを得ている。

 いまだ発見されたばかりで、詳しいメカニズムは分かっていませんが、命の本質にかかわる新しい金属の活用、儲かるとか儲からないといった話と別に、理学として純粋に興味深く、心惹かれます。

私たちが真に驚くべきこと

 マンガン細菌が発見されると

「何の役に立つの?」というお決まりの質問がやってきます。バイオマス、環境浄化・・・いろいろあるようですが、紙幅も尽きつつあるので、別の折に譲りましょう。

 むしろ、役に立つ以前に、社会のマイナスを取り除く方が先かもしれません。

 少なくとも米国では、水道管が詰まる原因の中に、パイプの内壁に酸化マンガンが付着する現象が知られています。

マンガン細菌は存在するのだろうなぁ・・・」というのは半ば常識になりながら、誰もそれを積極的に見つけようとはしなかったらしい。

 今回の業績を挙げたリードベター教授も、金属マンガンを水道水と一緒にほったらかしておいたらガラス容器が真っ黒け、というアクシデントから、この大発見に至ったわけです。

 昨今の変に競争の厳しい研究社会、すぐに収益に結びつかない、こんな細菌の研究に、時間もお金もほとんど割かれてこなかったから、このように基本的な生物の発見も、大きく遅れた可能性が高い。

 このような、基礎学術の歪みこそ、本質的に私たちが驚くべきことだと思います。

 私は音楽家で、音楽の世界の本質的大業績に「論文」などというものは全く関係ありません。

 作品があり、演奏があり、あるいは演奏法を確立する地道な取り組みがあります。

 こうしたものは「学会誌」などの括りがありませんから、書籍などで断続的に世に問われていくしか方法がなく、進化のスピードもゆっくりしています。

 うちの研究室はこれが本道ですから、いささかも緩めることなく、本質的な音楽史への貢献は四半世紀一貫して続け、かなり有産になってきました。

 しかし、それだけでは、いまの世知辛い学問世界では、食べていけません。仕方なく、とは言いませんが、父親の専門だった経済を手始めに「学際情報学」なる枠組みの部署で、人のやらない、役に立つ基礎的な貢献に努めるようにしました。

 例えば2011年の福島第一原子力発電所の事故以降も、低線量被曝のモラル問題や放射能教育など、本当に役立つことに、多くの時間と労力を惜しみませんでしたが、およそまともな評価の対象とはしないんですね。すでに出来上がっている構造がありますから。

 そういう堕落と腐敗のルーチンに、ほとほと愛想が尽きたというのが、いまコロナをめぐって世の中で起きている浅ましい現象です。

 新型コロナウイルスの病理、その本質を純粋に科学的に突き詰め、根治の方法を追求する真面目な科学者も確かに存在しています。

 でも、そういう取り組みが表に出てきているか。またそれに従って合理的な政策判断や実際の施策が行われているか?

 およそ似ても似つかない、マスクやら、給付金やら、それをめぐる中抜きやら、今度はGOTO騒ぎやら、継続性のないデータテイクで本質的な対策が取れない国や自治体の現状やら・・・。完全に成立していません。

 地味だけれど、本当に重要なことを積み重ねた人が報われる社会でなければ、若い人は「まともに正面から勝負しよう」なんて気を起こさなくなって当然です。実際、そういう脱力感の本音も耳にします。

 そんな、コロナウイルスと同じかそれ以上にポストトゥルースが蔓延するなか、地味ではあるけれど、本物の基礎科学の成果が伝えられる今回の「マンガン細菌」。

 この発見が、私の敬愛する物理学リチャード・ファインマンが終生在籍したカリフォルニア工科大学の自由な研究風土から、というのが、一番私には得心の行ったことでした。

 また逆に、こうしたナイーヴ、かつ本質的な仕事が進めにくい、また評価されない現在の日本こそ、私たちが真に驚愕すべき末期状態にあります。

 半年ほっといた研究室で、ビーカーが真っ黒け・・・となったら、「あら汚い。さっさと洗って整理整頓」が普通の世の中の大半でしょう。

 また、当初から設定された「研究目標」の類、例えば「STAP細胞なるものがあるはずだ。あったら未公開株公開でドカンと儲かる」みたいな代理店が書いたような「シナリオありき」で追いまくられて世知辛くなっていると・・・。

 余裕のない研究者たちは、あらかじめぶら下げられたニンジンを追いかける馬車馬みたいなもので、こうした自然の出す「真実のシグナル」に全く鈍感になって行く一方です。

 今の日本は、その典型になっています。王様は裸であると認識する、当たり前の柔らかいアタマと心を持つことが、一番大事です。

 このあたり、そろそろ私たち国民全体が、正邪の別を見切る必要がある段階なのかもしれません。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  韓国の足元にも及ばない日本のコロナ対策

[関連記事]

都知事選時のあり得ないデータは本物だった!

まだ第1波の序の口にあるグローバル・コロナ

周期表の26番目が、地球の表面で最もありふれた元素の鉄で、その一つ前がマンガン