―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―


その93 球磨川決壊と自衛隊の災害派遣

◆九州豪雨で災害派遣された自衛隊が最初にやったこと

 記録的な豪雨により熊本では球磨川が決壊し、多数の死者、行方不明者が出ています。自衛隊は発災時から救助活動に動いていました。しかし、広域で被害が発生しているために熊本だけでは対処できず、近隣の自衛隊にも応援を要請しました。

 しかし、さらにこの豪雨は福岡、大分、鹿児島などの地域にも被害をもたらしたため、応援に来るはずだった他県の自衛隊もその地域の災害対応で手いっぱいとなってしまいました。不眠不休で対処してくれている自衛隊に感謝したいと思います。

 そんな厳しい状況の下、球磨村では特別養護老人ホーム「千寿園」が流され、14人のお年寄りが亡くなりました。人吉市、芦北町、八代市、山鹿市でも被害が広がっています。陸上自衛隊第8師団は山林をかき分け、孤立した集落の人たちの救助、支援を実施しました。

 芦北町の国道60号線の河川が氾濫し、橋の上が流されてきた瓦礫などで不通となっている写真を撮影した方から送っていただきました。住宅や樹木をなぎ倒す水の力にゾッとします。しかし、自衛隊はこの完全にふさがれた橋と道を3日ほどで啓開しました。

「啓開」とは、災害時に救援物資を運ぶために最低限必要なルートを作る作業です。大規模災害時に道がふさがれると救難のための人員や装備を入れることができません。水や食料など生きるために必要な物資ですら滞ります。球磨村では悪天候のなか、河川敷や川畑にホバリングで必死の救出が行われていました。ヘリが下りることができる場所すらなければ、運べる物資量は限られます。道路が使えると段違いの輸送ができるのに、たった一つの橋が使えなくなるだけで、その集落は孤立します。この橋が使えるようになったことで、その先の救助、支援ができるのです。自衛隊が不眠不休で被災者のために輸送路を作ってくれることを心からありがたく思います。

◆頼みの綱である消防や警察の電話が不通に!

 熊本では人吉市、多良木町、湯前町、球磨村で、役場や警察、消防と電話がつながらない状態が長時間にわたって発生しました。私たちは通常、何かの事故や災害が起こったら「119番」で消防への電話をかけます。それがつながらなければ「110番」で警察に連絡する人もいるでしょう。その回線がつながらなければ不安はMAXになります。

 そこで、非常時に「自衛隊」に助けを求めようと考える人も多くいたようです。今回の熊本の災害では自衛隊にも一般市民から救助要請や相談の電話がかかりました。災害派遣で動いている組織なのだから、市民の救助要請に対処するだろうと考える人が多いのはわかります。でもね。消防や警察の場合は普段からたくさんの一般市民の通報や相談を受けるために電話対応のシステムを常備しています。しかし、自衛隊は一般市民から出動要請を受ける組織ではありませんし、そのための設備も環境も設定していません。結果として、押し寄せた相談電話のせいで自衛隊が本来その指揮命令で必要な連絡に支障がでるシーンもあったようです。

 災害時に自衛隊を動かすのは都道府県首長の災害派遣要請です。直接市民の連絡で動くことは許されないので、電話がかかればかかるだけ電話対応で自衛隊の動きに支障が出ます。これは盲点でしたね。

 一般市民が要請しても自衛隊はその要請に応えることができません。災害時に直接自衛隊に直接救助要請の電話するのは、残念ですが救助を遅らせてしまうだけなのです。電話対応をしている間、自衛隊内で必要な行動の指示命令や状況報告が滞ります。どうか、自衛隊に直接電話するのは我慢してくださいね

◆毎年のように繰り返される豪雨による河川の氾濫

 近年の気象変動により、日本の降雨量が増えています。気象庁のアメダス(全国)の1時間降水量50ミリ以上の年間発生回数も、統計期間の最初の10年(1976~1985年)と比較すると、2010~2019年は1.4倍に増加しています。最近、洪水や豪雨による土砂災害の回数が増え、規模が大きくなったと感じていないでしょうか? それは思い過ごしなんかじゃなかったようです。実際に災害頻度が上がっているのです。つまり、ある日突然、豪雨による自然災害が私たちに襲い掛かることを警戒しなきゃならない時代になったってことです。

 突然1000ミリを超えるような記録的豪雨が降れば、それを想定して作られてはいない堤防を越えて濁流が宅地を呑み込みます。球磨川では流れ込む河川の水量も加算され、かなりの早さで水が広がって逃げ遅れた人が多数犠牲になりました。

 熊本県は電話回線が使えなくなったため、防災行政無線を使って被害状況を把握していたようです。役場や警察、消防に電話がつながらない地域で、被災者は途方に暮れていました。消防や警察、役場など被災地の電話が途絶えるような災害は今後も想定されます。電話回線が使えない場合の通信について改善・提案がほしいところです。大きな災害で「119番」や「110番」が通じないときに救難救助要請が自動転送され関係機関に集約された情報を伝達するシステムの構築をお願いしたいものです。

自衛隊が市民からの要請に応えられない理由

 ここで「消防や警察と同じように災害派遣に行っている自衛隊なのに、なんで市民が直接電話しちゃいけないの?」って疑問を感じる人もいると思います。人によっては「え~。自衛隊って市民要請の電話で動かないの? 優しくないなぁ」って思うかもしれません。

 でも、よく考えてみてください。自衛隊は武器弾薬を有し、テロや侵略者の攻撃に立ち向かう武力を持つ集団です。たまたま、災害派遣要請命令を受けて県の救助を手伝っているだけです。武力を持つ組織は厳格なルールと指揮命令系統のなかでしか動くことができません。そのルールを乗り越えて自由に動き始めれば、統制がとれなくなっちゃいます。

 それこそ「自衛隊の暴走」などと言われかねません。市民からの直接要請にお応えすることはできないのです。自衛隊の苦しい立場と状況をどうかわかってあげてくださいね。そのうえで、がんじがらめの制度のなかで今日も頑張っている自衛隊を応援してあげてください。

小笠原理恵】
国防ジャーナリスト。関西外語大卒業後、広告代理店勤務を経て、フリーライターとして活動を開始。2009年ブログキラキラ星のブログ(【月夜のぴよこ】)」を開設し注目を集める。2014年からは自衛隊の待遇問題を考える「自衛官守る会」を主宰。自衛隊が抱えるさまざまな問題を国会に上げる地道な活動を行っている。月刊正論や月刊WiLL等のオピニオン誌にも寄稿。日刊SPA!の本連載で問題提起した基地内のトイレットペーパーの「自費負担問題」は国会でも取り上げられた。『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)を上梓

―[自衛隊ができない100のこと/小笠原理恵]―


7月4日の豪雨災害で道路が寸断され、孤立状態が続いていた熊本県南部に位置する葦北郡芦北町。災害派遣された自衛隊の「啓開」よっておびただしい数の木々が除去された ※読者提供