世田谷区保坂展人区長が、1日に数千人規模のPCR検査体制確立を打ち出しています。

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 国も東京都も有効な施策を打ち出せていないなか、保坂さんらしい極めて現実的な英断と思います。

 保坂さんとは長いご縁で、衆議院議員落選中は小研究室の客員研究員になっていただいたこともありました。

 もしコロナなどなければ、世田谷区とは、幼児向けの音楽指導を出発点とする世界発信のSTREAMM教育(Science Technology Reflection Ethics Arts Mathematics and Music)のプロジェクトの相談をしていたのですが、こんなことになってしまい延び延びになっています。

 本当は世田谷で音楽のプロジェクトを実施したいのです。

 しかし児童生徒や指導にあたる音楽家、大学生たちなど関係者の身体生命安全、健康保持を考えれば、とてもではないですが「音楽GO」などと、見切り発進はできません。

 その意味で私は極めて臆病な教官で、「正しく怖がるコロナウイルス」との向き合い方が絶対に必要、不可欠と考えています。

 今回は、2月の「ダイアモンド・プリンセス」号以来、いつ書こうか、いつ書こうかと思いつつ延び延びになっていた、基本的な内容を記そうと思います。

 8月に入り、夏休みもたけなわでありますが、他方、日本全国にコロナ未汚染県は消失し、1日の患者数は500人級、このペースで拡大してしまうと、8月末にはかなり莫大な数の感染者発生を避けることができないと見込まれます。

 指数的に伝染が拡大するこうした蔓延状態を「市中感染」と呼びます。

 日本社会はコロナ慣れ、コロナ疲れしていますが、私たちは改めてPCRの重要性を予防公衆疫学的な観点から、徹底して再認識する必要があるのです。

 いまさら、ですがうかがってみます。

PCR検査って、何ですか?」

 子供たちに質問されたとき、平易に説明することができれば、大人として十分理解している目安になると思います。

 コロナ蔓延、早く何とかしてほしいと誰もが思っています。あらゆる企業も、この先どうなっていくのか、頭を抱えています。

 では、そのコロナで決定的な「PCR検査」とは、本当は何なのかご存じでしょうか?

 PCR検査の徹底は、コロナ蔓延の第2波以降、本当の威力を発揮するのです。

肺炎病源体の検査法:グラム染色

 東京大学生を相手に「PCRって何?」と尋ねると中々救いようのない返事が返ってきます(苦笑)。

 私は教養学部生向けには数学など教えたりもしていますが、感染症蔓延の予測モデルなどを話題にしたおり、「PCRって何するの?」と尋ねて、まともに答えられた学生は、そのクラスでは皆無でした。

 ここから類推するのが妥当か否かは分かりませんが、世の中の読者にお尋ねしても「実はよく分かっていない」という方が少なくないかもしれません。

 以下では、PCRが何であるか、さっぱり分からないという前提で、解説したいと思います。

 5月の連休頃、知り合いの先生のご家族が「新型コロナウイルス感染症の疑い」で入院されました。結果的にはコロナではなかったのですが、一時はご家族も顔面蒼白の状態でした。

 PCR検査を受けられ、結果が「陰性」だったときの喜びようといったら、飛び上がらんばかりの勢いでした。

 一般論として感染を議論するのと、そういう身近な方のケースでは、私たちの反応も変わらざるを得ません。

 身近な方で発病の疑いがあった方が、「陰性」と結果が出て胸をなでおろし喜んでおられるとき、「PCR検査には擬陽性偽陰性がある」「検査で陰性と出たからといって、全く安心できない」などとは、とてもではないですが私には発信できませんでした。

 患者や家族の方は藁をも掴む思いです。

 その方のケースは、結局「マイコプラズマ肺炎」であったことが判明し、無事に快癒、退院することができました。

 ではまずこの「マイコプラズマ肺炎」は、どうやって検査すれば分かるのかから考えてみます。マイコプラズマ肺炎の診断には「PCR検査」は使いません。

 検査医師は患者から適切な形で「検体」を採取したのち、適切な「培地」に移します。そこで培養して増やさないと、あまりに少量では正確な判定ができないからです。

 そうやって培養した検体疫を「グラム染色」という方法で検査します。

 19世紀デンマークの医師ハンス・グラムが開発した方法で、ヨウ素やフェノール、それに「クリスタルバイオレット」という色素などを用いることで、肺炎の病原体が鮮やかに染色され、顕微鏡で観察できるようになるのです。

 マイコプラズマ肺炎菌は「グラム陰性菌」と呼ばれ、この方法で染色すると赤く染まる性質があります。

 グラム染色は21世紀の今日でも標準的な方法で、知り合いのご家族もこの検査を受け、病源体が確定、適切な抗生物質を投与されて全快することができたものと思います。

ウイルスは自ら増殖しない

 もし身近な誰かが、あるいはあなたご自身が風邪っぽい、あるいは気管支炎気味であるといった場合、最初に講じるべき措置は常識的な対処法で、休息し、栄養を取り、売薬あるいはホームドクターに受診して適切な投薬を受けて経過を見ることになるでしょう。

 しかし、どうも経過が思わしくないという段になって、初めて「検査してみましょう」ということになる。

 でも、最初にそこで行われるのはグラム染色検査のような一般的なもので、決していきなりPCRとはなりません。

 先ほどのマイコプラズマ肺炎を引き起こす肺炎菌は0.1~0.5ミクロン程度で、光学顕微鏡で見ることができる最小の大きさ(約0.2ミクロン)程度、染色した結果これが見つかれば、普通の肺炎ですねということになり、抗生物質が処方されます。

 しかし、グラム染色は病原体が見つからず、いつまで経っても治らない、あるいは急激に肺全体に炎症が広がるなど、特有の症状がみられたときには「PCR検査」が登場することになります。

 先ほど、肺炎菌の場合は「培地」で培養して増やさないと、確認することができない、と記しました。

 しかし、コロナウイルスはさらに見つけることが困難です。まず大きさが小さい。直径100ナノメートル=0.1ミクロンで、そもそも普通の顕微鏡で見える大きさではない。

 さらに「染色」などもできませんから「姿の見えない病原体」ということになる。

 極微のウイルスが1個、2個あったとしても、私たちはそれを確認することができない。目視などできないのは当然ですし、あまりに数が少ないと、存在自体が不明確なので、少し増やしてやらないと話が始まりません。

 しかし、ここで困ったことに、ウイルスは、仮に培地に植えつけても勝手には増えてくれないのです。

 ウイルスというのは、遺伝情報だけがカプセルに入った、生命と非生命の境にあるような存在で、生き物に感染し、宿主の細胞を工場代わりに使って増えていく非常に質の悪い増殖の仕方をします。

 かつては、何らかの実験動物に感染させ、可哀そうですがその動物をウイルス性の病気にすることで数を増やし、検査に引っかかる程度まで数を増やしてからチェックしていました。

 このような状況を一変させた、ノーベル賞級の大業績、それがPCR検査法の発明だったのです。

ゲノムを見ずしてPCRの意味なし

 実際、PCR検査法は1993年ノーベル化学賞を受賞した、画期的なウイルス検査手法です。開発したキャリーマリス(1944-2019)は昨年惜しくも亡くなりましたが、このコロナの状況を見ていたら、なんと言ったことでしょう・・・

 PCRPCRといいますが、そもそも何の略か、分かっていないケースが、マスコミでは99%と思いますので、そこから確認しましょう。

 DNA/RNA重合酵素=ポリメレース(Polymerase)の「P」、鎖(Chain)の「C」、反応(Reaction)の「R」でPCR、つまり「DNA重合酵素連鎖反応法」というのが、PCRの本名になります。

 その意味するところの詳細は別稿に譲りますが、一言で表すなら「生物の細胞に頼ることなく、極く微小な量しか存在しないDNA/RNAを大量に複製して、その正体を明らかにする驚異的な検査法」というものです。

 現在の利用法はRNAウイルスである新型コロナウイルスがもつ3万個ほどの「塩基」=ゲノムの情報を読んでいます。

 新型コロナ対策で、いま世の中に知られている以上の活用法は次回以降に記します。

 この方法ができたおかげで、あらゆるDNA鑑定すなわち親子の確認や法医学での分子生物学的物証、新型コロナを含む病源体の特定から、太古のDNAを復活させるクローニング技術まで、およそ広範な応用に道が開かれました。

「現場に残された遺留物から採取されたごく微量のDNAから、犯人の遺伝情報が特定」されたりするようになったのは、1982年に製薬会社に勤務するサーファーだったキャリーマリス青年が、デートの途中で思いついた革命的な方法(PCR)を使って微少量のDNAを大量に増幅、確認することができるようになったからにほかなりません。

 ここで保坂世田谷区長を筆頭に、きちんと意識のある首長や行政責任者の皆さんに、お願いしたい重要な点があります。

 PCR検査は「新型コロナに感染していた・していなかった」という、〇×式の判じ物の検査ではありません。

 目に見えない極微の病源体のゲノム、遺伝情報があらかた分かるという、非常に高度な分析にほかなりません。

 昨今は公文書やら記録やらをさっさと抹消するのが流行っているようですが、疫学で一貫性のあるデータ・テイキングをしなければ、私たちは伝染病に負けてしまいます。

 どのような遺伝子型を持つ新型コロナウイルス「株」が、どのエリア、あるいはどのような生活圏の広がりから発見されているか、それをアーカイブ化する地域の「防疫ビッグデータ」構築に取り組んでいただきたい。

 PCRを「感染した」「しなかった」という個人の疾病の判じ物に使うのは、広域にわたる予防公衆衛生という観点から見ると、宝の山を捨てているのに等しい愚挙と言わねばなりません。

 たとえていうなら、盗賊がピラミッドに侵入して、目の前に宝の山がたくさんあるのに、その価値を理解できず「ミイラミイラ」と特定の目的に囚われて、大半の収獲をみすみすとり逃がすのに似ています、

 いま、世界的には第1波の真っ最中ですが、日本では一度収まったかに見えた感染が、「GoToキャンペーン」のかけ声とともに再度拡大している真っ最中です。

クラスター」に捉われて近視眼の視野狭窄に陥ってしまうと「感染経路不明何人」といった話になりますが、はっきりいってそんなことは大した問題ではない。

 広域で市中感染が発生している状況では、どのような遺伝型をもつ「コロナウイルス株」がどんなふうに拡大しているかを見る方が、よほど本質的な対策になります。

 世界は「ゲノム・ビッグデータ解析」ベースで新型コロナウイルスへのスマート対策に「知識集約型社会ならではの「データ駆動型ソリューション」で向き合おうとしています。

 先進諸国は言うまでもなく、OECD(経済協力開発機構)未加盟の途上国でも、手書きの報告書をファクスで送信したりはしていないところが多い。

 知識駆動型社会の基本インフラから整備しなければ、「ビッグデータ解析」以前にデータそのものが手製のエクセルファイル程度以上に充実したものに、なりようがない。

 日本全体、あるいは東京都の施策などは、こうしたグローバル・トレンドに完全に乗り損ねた「20世紀の遺物」以前にとどまっています。

 世田谷区を筆頭に、小さな範囲からでもよい、ゲノムでマーキングしたコロナウイルスの蔓延状況を、データ駆動型ソリューションで克服する、世界に先駆けるモデルケースとなってほしいと思います。

(つづく)

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