たらればの話なんて、したところで意味がないのは分かっています。でも、この夏、ふとこんなことを考えたりしませんか。

 もしも新型コロナウィルスがこのような事態にならなかったら今頃、日本中は東京五輪メダルラッシュに沸き立っていたのだろうなあ、と。

 あるネットメディア関係者は、延期となった東京五輪を取り巻く現状をこう解説します。



 「東京五輪は1年延期になりましたが、来年無事に開催されるなんてお気楽なことは、誰も考えていないでしょう。感染は終息するどころか、悪化の一途を辿っています。東京都コロナ対策に1兆円を投じて、財布の中身はスッカラカンです。このような中で、国民も急激に五輪への興味を失っているという印象があります」

 そもそも、組織委の森喜朗会長は「2年延期」が持論だったといいます。それを「1年延期」にこだわったのは安倍晋三首相です。前述の関係者は声を潜めて言います。

 「自民党総裁の任期が来年9月末で終わりを迎えるため、首相として東京五輪の臨みたい、という個人的な思惑が優先されたというのが『定説』です。新型コロナに対する安全で品質のよいワクチンがたった1年で量産できる保証はどこにもないというのに…」

 中止か、再延期か、はたまた観客を大きく減らしての「強行」か。開催の可否は早ければ10月、遅くても来年3月がリミットになりそうです。

 となれば、新聞やテレビなどのマスメディアによる、開催の可否を巡ってのスクープ合戦も熾烈になると考えるのが普通ですが、事情はそう単純ではないというのです。

 ある地方紙の記者は言います。

 「東京五輪の公式サイトを見れば一目瞭然なのですが、オフィシャルパートナーには読売、朝日、日経、毎日の4社が名を連ねています。産経は北海道新聞と同じ、その下の『オフィシャルサポーター』に入っている。つまり、新聞大手各社にとって、東京五輪の成功は社の命運を握るプロジェクト。ともに『祭り』を成功させる立場にあるので、強行開催を真っ当に批判するというのは無理な話なんです」

 「東京五輪の名のもとには多くの税金が投入され、新型コロナへの初期対応も五輪の存在が足枷になったという経緯がある。本来のジャーナリズムなら、『そんなことやっている場合か』『五輪の予算をそのまま感染対策に充てるべきではないのか』と主張するべきです。一応、表向きは批判もしますが、『身内』だけにどうしても甘くなってしまう。これは読者への裏切り行為ですよ」

 スケールこそ違いますが、この夏の甲子園大会の中止をスクープしたのは読売系列のスポーツ新聞でした。それでは、日本高野連と密接な関係にある朝日新聞の社員は、その方向性を知らなかったのか。そんなことはないでしょう。むしろ一緒に「最終調整」を行っていたはずです。

 「真実の報道をいち早く読者へ」という報道人の使命よりも、組織の利益やメンツが優先される-。日本の大メディアが抱える問題点が、そこにはあります。

 前述の地方紙記者はこう主張します。

 「それでも最前線で特ダネを追う現場の記者は、スクープを狙ってくれると信じています。上の意向でもみ消されるかもしれませんが、今はツイッターなどを使って個人名で情報を発信できる時代です。忖度とは無縁の、真実の報道を期待したいですね」

 歴史的な決断に向けて、各社のジャーナリズム精神は果たして発揮されるのか、注目していきましょう。

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

なぜ新聞各紙は「東京五輪中止へ」の大スクープを報じられないのか