(廣末登・ノンフィクション作家)

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 筆者は、2003年から暴力団研究に携わっている。爾来、多くの現役暴力団員や暴力団離脱者と袖振り合ってきた。そこで見いだせたことは、ほとんどの人が、生育家庭に何らかの問題を抱えていることである。

 つまり、彼らにとって家庭が居場所として機能していないケースが多い。それはたとえば、家庭における何らかの機能不全に起因するものであり、貧困家庭、ひとり親家庭、葛藤家庭(DV等がみられる家庭)などが挙げられる。

「暴力団以外に居場所がなかったから」

 筆者が有識者委員として参加した公的な調査・研究(非公開)でも、次のような調査結果が示された(主にアンケートによる調査。暴力団構成員412名、離脱者325名が対象)。

 構成員の暴力団組織への加入理由を最終学歴別にみると、特に中学校卒業者で「暴力団以外に居場所がなかったから」(63.9%)、高等学校中退者で「暴力団に信じられる人がいたから」(32.4%)の割合がそれぞれ高い。

 暴力団加入検討時の暴力団以外に信じられる人の存在の有無別では、「信じられる人はいなかった」とする人の多くが、加入理由として「経済的に厳しかったから」(36.4%)、「暴力団に入る方が楽だと思ったから」(28.6%)、「暴力団以外に居場所がなかったから」(27.8%)となっており、筆者の見解を支持している。

 もっとも、非行や犯罪に手を染めず、真っ当な職業に就いている者であっても、家庭に何らかの機能不全を有しているケースは珍しくない。筆者の家庭も、貧困線以下の収入しか無かったし、日常的に父親の暴力を経験した。しかし、暴力団経験者の家庭における機能不全は、我々の想像を超えるケースが散見されるのである。

 以下では、筆者が出会った元暴のうち、とりわけ悲しい成育歴を持つ人の暴力団加入までの人生を紹介する。

 この元暴とは、2014年に関西で出会った。年齢は筆者と同級生である。身長は170センチを少し超えるガッチリとした体格の持ち主だ。風貌で印象的な点は、鬼のような刺青の眉毛であり、厚さが通常の倍はあった。暴力団として生きているときは、相手を威嚇する上で、非常に有効な眉毛であったと思われるが、カタギの中で生活する彼は、いつもソフト帽を目深にかぶっていた。両手指も数本が欠損していたため、バルタン星人のようである。

 彼のことを書くのに、筆者はメモを見るまでもない。あまりにも壮絶な、極彩色に塗りあげられた彼の人生は、一度聞くと、忘れることができないものである。その概要を、彼の言葉でご紹介しよう。

***

 おれの家は、オヤジ指名手配犯やったんですわ。せやから、あちこち逃げ回る生活でしたんや。おれが小学校に上がる前の年に関東で死にまして、オカンはおれを連れて、郷里に帰ってきたんです。そんとき、オカンの腹には妹がいてましたんや。

 帰郷して直ぐに、オヤジの友人いうんが、なんや世話焼くいうて、家に出入りし、そんうちにオカンと内縁関係になりよりました。おれとしてはどうということは無かったんですが、ある事件――いうてもしょうもないことですわ、を切っ掛けに、虐待が始まったんですわ。

盗みのきっかけは寒空の下で焚火に当たりたかったこと

 あるとき、まあ、おれが小学校一年位やった思います。そのオッちゃんから「おまえ、そないにアイスばっか食いよったら腹下すで」と言われたんで、「関係ないわ」というような返事しよったん覚えています。そん時から、まあ、殴る、蹴るの虐待の毎日ですわ。こっちは子どもですやん、手向かいできんかったですわ。それからですよ、路上出たんは。

 まあ、小学校低学年ですやろ、公園のオッちゃんらのタンタン(たき火)当たりたいですが、怖いやないですか。で、あるとき、気づいたんですわ。こん人らが飲みよる酒(ワンカップ)持っていったら仲間に入れてもらえんちゃうかとね。子どもの手は、自販機に入りますから、相当抜いて持っていきましたわ。案の定、喜びはって「若! 大将!」とか呼ばれて仲間になってましたわ。

 小学校三年位の時に、おれみたいな仲間とスリ団つくって、電車専門のスリやりよりました。腹減ったら、デパ地下の試食くいまくりです。そないなことばっかしてますと、何度もポリ(警察官)の厄介になるわけですわ。小学生で、新聞にも載ったくらいワルさしましてん。子どもの頃は、アオカン(野宿)か児童相談所、教会の養護施設のどれかに居ったような気がします。

 そないな生活のなか、初めて遊園地動物園に連れて行ってくれたんは、近所のアニキでした。この人は、筋金入りの不良やってましたんやが、おれら子どもには優しかったんですわ。アニキに連れて行ってもらった動物園、生まれて初めて見るトラやキリン・・・今でも鮮明に覚えてますわ。いい時間やった。

 おれもこのアニキのようになったる思うて、不良続けよったある日、まあ、いつものように年少から帰って、妹の通う小学校に行ったんですわ。すると、担任が「おまえの妹はここに居らんで」いうて、児童相談所(児相)に行け言うとですわ。「はて、おれのようなワルとは違って、妹は大人しいんやがな」不審に思いましたよ。

小5の妹を妊娠させたのは母親の内縁の夫

 で、児相に行って、「おい、兄ちゃんや、帰ったで」言うても、妹はカーテンの陰に隠れよるんですわ。「なんやねお前」言うて、カーテンめくったら、ショックで言葉なかったですね。小学校五年生の妹の腹が大きいやないですか。「なんや、おまえ、どないしたんや」と問い詰めますと、妹は、泣きながら「聞かんといて」いうてました。聞かんわけにいきませんがな、とうとう口割らせましてん。

 まあ、あの時が、最初に人に殺意抱いた瞬間やったですわ。家に入り込んで、おれを虐待したオッちゃんにやられた言いよりますねん。もう、アタマの中、真っ白ですわ。出刃持って家に帰りましたら、ケツまくって逃げた後やったです。あの時、もし、そのオッちゃんが家に居ったら、間違いなく殺人がおれの前歴に刻まれとった思います。

 ヤクザになったんは、それから数年してからです。動物園とかに連れて行ってくれたアニキと、久々に街で会いまして、「おまえ、どないしてんのや」言うんで、「まあ、不良やっとります」言うたんです。そしたら「そうか、ブラブラしとんのやったら、おれん方来い」と言うてくれました。それからですわ、ヤクザなったの。「よし、おれはアニキだけ見て生きてゆこう。アニキ立てるんがおれの仕事や」と、決心しましてん。アニキ看護婦の嫁さん、それとおれの三人での生活がはじまったんです。

***

 筆者は、この人とは決していい別れ方をしたとは思えない。なぜなら、彼とその彼女から、金銭的損害を与えられたからである。

 最後に会ったとき、彼は、覚せい剤でフラフラであったが、私をハグして「先生、すんません・・・ありがとう」と、一言発しました。筆者も、流れる涙を止めることができなかった。過去に聞いたこの身の上話が、脳裏によぎり、彼ら夫婦が、これから直面するであろう世間の逆風や荒波を思うと、「たかが数万円くらい、どうということはない、ささやかな餞別や」と、思ったものだ。

 怒りや失望は、なかった。恐怖も感じなかった。そこにあるのは、養育者に放置された辛い少年時代を過ごし、裏社会での生き方しか知らない彼が、家族のためにカタギになるという一大決心をしたことへの敬意。これからの人生を、家族と仲良く平和に暮らして欲しいという願いだけであった。

 読者のみなさんは、この人の少年時代をどう感じただろうか。この人の生い立ちを、涙なしに聞くことができるだろうか。彼が暴力団に加入したのは、彼のせいであると自己責任で断罪できるだろうか。筆者は、この元暴と出会ったとき、宮崎学氏の言葉が脳裏に浮かんだ。

ヤクザに限った話ではないが、人はそれぞれ背負っているものがある。なかには個人では負いかねる背景だってある」(宮崎学『暴力団追放を疑え』2011年 筑摩書房) 

 生きるために、人は目の前の道を、たとえそれが険しくとも、ぬかるんでいようとも、歩き続けなくてはならない。自己責任では済ませられない現代社会の問題が、それぞれの人が負って生まれてきた現実が、そこにある。

 暴力団に加入する者は、生まれながらに背負っているものがあるゆえに、非行集団加入を入り口に、様々な非行文化の中で社会化されたのち、暴力団加入に至る(2010年前後からは、暴力団加入以外にも、非行少年の帰属集団として、半グレという選択肢も存在する)。

機械的に排除するのではなく、更生の道を整備してあげるべき

 家裁調査官の藤川洋子は、非行を三つの要因に分けている。まず、生物的要因であり、脳の働きの不具合も含めて、生物・医学的レベルの問題をどれくらい抱えているかを見る必要がある。昨今、問題視される発達障害もこの要因である。

 筆者は、生物・医学的な専門知識はないが、幼児の頃から親が深夜の遊興に子どもを連れまわして寝付かせないこと。栄養バランス(食育)を考慮しないインスタント食を主とする毎日の食生活。あるいは、激しい折檻などにより、脳の成長・発達が阻害されることが、脳の働きの不具合を生むのではないかと危惧している。

 つぎに、心理的要因であり、様々な生育上のエピソードが、本人にどのような影響を及ぼしているか明らかにすべきであるという。非行少年は、家族との離別や両親の不和を抱えていることが少なくないと指摘する。

 最後に、社会・文化的要因を挙げる。遊び仲間や、共犯者や先輩は、どのぐらい本人に影響力のある存在なのか、その関係が地域や学校ではどのように見られているかが重要であると述べる。不良行為は、身近にいる不良先輩を模倣することから始まる。先輩から後輩へと脈々と非行文化が受け継がれていく地域もあると述べている(藤川洋子『少年非行の深層』ちくま新書 2005年)。

 人は生まれてくる家庭を選ぶことはできない。しかし、暴力団加入に至った背景を紐解くと、その始点は家庭であることがわかる。これは、本人にはどうしょうもなかった生来的なハンデといえる。この点に関する詳細は、拙著『ヤクザになる理由』(新潮新書 2016年)をご参照いただきたい。

 だから、筆者は、その人の生来的に恵まれなかった様々な背景を一顧だにすることなく、反社というラベルを貼り、社会的に排除するだけの姿勢には首肯しかねる。もちろん、彼らの犯罪は法によって裁かれるべきである。しかし、立ち直りを志し、真っ当に生きなおそうとする者には、社会が手を差し伸べる必要があると考える。

「罪を憎んで人を憎まず」――再犯を減らし、安心・安全な社会を後世に遺すためにも、我々は、更生保護の原点を忘れてはならない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  彼らがヤクザになった理由

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*写真はイメージ