(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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 前回のコラム「今井氏、二階氏、日本の対中融和勢力を米国が名指し」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61480)では、米国の有力シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)が日本の対中政策の形成要因について調査した報告書の内容を紹介した。その報告書によると、自民党幹事長の二階俊博氏や首相補佐官の今井尚哉(たかや)氏の対中融和姿勢が、日本の対中政策に大きな影響を与えているという。

 ではその二階氏は中国に対して一体どんな考えを抱いているのか。実はその解明は難しい。なぜなら二階氏が日本がとるべき対中政策についてなんらかの見解や主張を述べた記録は皆無に近いからだ。

 私は産経新聞中国総局長だった2000年ごろから、北京をよく訪問する二階氏の言動に関心を払ってきた。それ以来、彼の中国への親密な接近を観察してきた。だが、なぜ日本の政治家がこれほど中国に接近しなければならないのか、彼自身による言明は一度もなかった。「友好」とか「善隣」とか「先人の努力」といった曖昧な言葉が出てくるだけで、政策と呼べるような外交方針の説明はほぼないに等しい。対中友好は言葉よりも行動で示す、ということなのだろうか。

 それでもなお二階氏の数少ない日本の対中政策に関する言葉から、なぜ同氏が親中なのかを探ってみた。

「先人の努力」は何をもたらしたのか

 最も直近のわかりやすい実例は、習近平国家主席を日本の国賓として招くかどうかの議論であろう。

 安倍政権は招請の決定を一度下したが、国民の強い批判を受けて、自民党内の多数派といえる議員たちが外交部会などを通じて招請に抗議した。

 自民党内の7月6日の会合では、多数派が習主席国賓招請に明確な「中止」を求めた。それに対して二階派の河村建夫議員ら計5人ほどが、二階氏の意向に基づいて招請賛成の意見を述べたという。その際、二階氏の側近らが二階氏の言葉として引用したのが「(国賓招請の中止は)日中関係を築いてきた先人の努力を水泡に帰す」という表現だった。

 つまり二階氏は、習主席の国賓来訪の中止は、これまで築き上げた日中関係を壊すからよくないと考え、「先人の努力」を無駄にしないために習主席国賓来訪を実現させよ、と主張するのだ。であれば二階氏は、現在の日中関係はきわめて好ましい状態と認識しているということになる。

 だが、その認識は間違っている。日本側の「先人の努力」でもたらされた現在の日中関係は決して好ましい状態ではないからだ。中国側の日本に対する政策や姿勢の結果、形成された現在の日中関係は、日本にとって明らかに有害な面が多い。

 第1に、中国は日本固有の領土の尖閣諸島を武力を使ってでも奪取するという言動を続けている。第2に、中国国内での年来の反日教育を変えていない。第3に、日本のミサイル防衛など安全保障強化の政策にはすべて反対する。第4に、日本の首相など公人が自国の戦没者慰霊のために靖国神社に参拝することに干渉する。第5に、日本人の研究者やビジネスマンを一方的に拘束し、その理由も開示しない。

 残念ながら「先人の努力」がもたらした現在の日中関係はこんな無惨な状態なのである。

「フランケンシュタイン」を生み出した資金援助

 日本側の対中関係に関する「先人の努力」といえば、中国の経済発展へのさまざまな支援であろう。中でも最大のプロジェクトは、日本から中国へのODA(政府開発援助)供与だった。総額3兆数千億円、事実上のODAに等しい公的援助の開発資金を加えれば、日本は中国に総額6兆円以上の経済援助を与えてきた。二階氏はこの対中ODAの熱心な主要推進役だった。

 だがこの対中援助は、米国のポンペオ国務長官が「フランケンシュタイン」と呼ぶ怪物のような大国を生み出すことに貢献してしまった。日本は結果的に、自国を脅かす異形の大国の育成に巨額の公的資金を供与してきたのだ。

 日本のODAは、その目標だった「日中友好」「中国の民主化」、そして「中国の軍拡に寄与しない」という基本方針にすべて違反してしまったのである(私は中国での取材体験を基盤にこの日本のODA外交の失態を『ODA幻想 対中国政策の大失態』(海竜社)という書籍にまとめた。本コラムとあわせてお読みいただきたい)。

二階氏が訪中するタイミング

「先人の努力」という点では、確かに二階氏自身の努力は目覚ましかった。2000年5月、運輸相(当時)の二階氏は約5000人もの訪中団を率いて北京にやって来た。旅行業界や観光業界を動員した訪中だった。人民大会堂での式典では江沢民、胡錦濤の正副国家主席が登場して歓迎した。明らかに中国側の主導による友好行事だった。

 そのころ北京に駐在していた私は、この訪中団歓迎の儀式を目前に見て、中国のそれまでの日本への冷たい態度が急変したことに驚いた。その1年ほど前には江沢民主席が訪日し、「日本は歴史から学んでいない」と日本側を叱責して回り、中国の国内では歴史に絡む反日教育や記念行事を盛大にしていたのだ。

 中国側がその時期に二階氏を通じて日本側にみせた唐突な微笑はかりそめだった。中国当局はそれまでの厳しい対日政策の実質はなにも変えていなかったのである。

 では、なぜ中国は唐突に対日融和のジェスチャーを見せたのか。それは、米国の対中姿勢が険しくなっていたからだった。米国の当時のクリントン政権は、中国の台湾への軍事威嚇などを理由に対中姿勢を急速に硬化させていた。日本には日米共同のミサイル防衛構想を呼びかけ、同盟強化を進めていた。

 多数の関係者に聞くと、中国指導部はそんな状況下で日米両国と同時に敵対するのは不利だと判断して、日本にかりそめの微笑をみせたのだという分析で一致していた。中国としては、米国からの圧力を弱めるために、日本を自陣営に引き寄せる策に出たのでる。その戦略の日本側の担い手に二階氏が選ばれたのだとみることができる。

中国への苦情、抗議は皆無

 二階氏は2015年5月にも、自民党総務会長として約3000人の訪中団を連れて北京を訪れた。習近平国家主席とも、親しく会談した。

 中国は、それまで尖閣諸島や歴史認識で日本に対して厳しい言動をとっていた。だから二階訪中団への歓迎は唐突にみえた。

 だがこのころも、米国が中国への姿勢を強硬にしていた。中国の南シナ海での一方的な軍事拡張、東シナ海での威圧的な防空識別圏宣言などに対し、融和志向だったオバマ政権もついに反発し始めた。日米間では新たな防衛協力のための指針が採択されたばかりだった。日米同盟の画期的な強化である。2000年の米中関係や日米同盟の状況と酷似していたのである。

 だから私は、日米中の3国関係のうねりを長年観察した結果として、「米中関係が険悪になり、日米同盟が強化されると、自民党二階俊博氏が北京に姿を見せる」と書いたこともある。

 トランプ政権の対中対決姿勢が強まるにつれて、中国の日本に対する友好的な言動が顕著になっている。二階氏が2019年4月に北京を訪問して「一帯一路」会議に出席し、習近平主席に安倍首相の親書を渡したのは、まさに上記のパターン通りであり、安倍首相の訪中の露払いだった。

 二階氏は、日本の対中政策でこれほど枢要な役割を長年果たしながらも、中国への苦情や抗議を一度も表明したことがない。中国の尖閣侵略にも、反日教育や反日行事にも、日本人の拘束にも、さらにはウイグルチベット、香港などでの人権弾圧にも、日本の政治家として公式の場で批判的な主張を述べたことは私の知る限りただの一度もないのである。二階氏が親中なのは政治の師匠だった故田中角栄氏の影響だという説もあるが、完全に中国に服従している様子は異常である。これは一体なぜなのだろうか。

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