生野銀山は古くから銀の採掘が行われてきた史跡で、兵庫県朝来(あさご)市生野町の観光名所だ。現在は、地下880メートルに残された採掘跡などが観光坑道として活用されている。

この生野銀山で撮影されたというユニークな写真が、ツイッターで話題になっている。

2020年8月2日に投稿されたこのツイートには、「生野銀山にChromeの石像があった」というコメントが添えられている。

Chromeクローム)とは、グーグル製のウェブブラウザだ。Jタウンネット記者も、Chrome ユーザーなので、すぐに気が付いた。

Chromeマークは、赤、黄、緑に色分けされているが、生野銀山の石像は色分けこそされていないが、その形はChromeマークにそっくりなのだ。

たゆる(@ta_yu_ru)さんの投稿には、5万件を超える「いいね」が付けられている(8月6日昼現在)。

古くから銀山として名高い生野の地で発見された、Chromeマークそっくりな石像とは、いったい何だろう?

ツイッターにはこんな声が寄せられ、盛り上がっている。

「数百年前からChromeが存在した証拠ですね」
Chromeの発祥地、生野銀山」
「最近動作が重たいのはこれが理由か」

Jタウンネット記者は、このChrome石を発見したたゆるさんと、現在の生野銀山を管理・運営するシルバー生野の担当者に詳しい話を聞いた。

実は、1996年、三菱経営移行100周年の記念モニュメントだった
たゆる(@ta_yu_ru)さんのツイートより
たゆる(@ta_yu_ru)さんのツイートより

たゆるさんは、Jタウンネット記者の質問にこう答えた。

「銀山内の観光を終えて帰ろうと思った時、入口付近にあったこの像がふと目に入りました。『なんかChromeみたいやなぁ』という率直すぎる感想を抱き、脊髄反射的にツイートしました」

シルバー生野の担当者に確認すると、石像が立つ場所は金香瀬(かながせ)坑道の入口だ。この坑道がある生野銀山は、1868年(明治元年)、明治新政府が仏人技師ジャンフランソワ・コアニエを招き、約20年かけて近代化・機械化した鉱山だという。

1889年(明治22年)、生野鉱山と佐渡鉱山が皇室財産に移され、宮内省の所管となった。さらに1896年(明治29年)、三菱合資会社に払い下げられ、1973年に閉山するまで、三菱の経営で国内有数の大鉱山として稼働してきたという。

「例の石像は、1996年平成8年)に、三菱の経営移行100周年の記念行事が行われ、その記念モニュメントとして、設置されたと聞いています」

と、シルバー生野の担当者。この石像は、彫刻家の牛尾啓三氏の作品だ。

投稿者のたゆるさんは、「舞子公園の『夢レンズ』も似た形をしています」と証言している。

またシルバー生野の担当者は、「生野町内にも、牛尾氏の作品がいくつかある、と聞いています」と語っていた。

SNSで「Chromeみたい」と話題になっていることについては、シルバー生野の担当者はどう感じているのだろう。

「これまで毎日のように見てきましたが、言われてみるまで、まったく気が付きませんでした。まさか? という気持ちです」

ちなみに担当者もChromeユーザーだった。

たゆる(@ta_yu_ru)さんのツイートより