火曜ドラマ「わたナギ」こと「私の家政夫ナギサさん」(TBS系)が好調です。多部未華子さんが演じるヒロインは製薬会社のMR(営業職)で、仕事はできるが家事が苦手という女性。そこを助けてくれるのが、大森南朋さん扮(ふん)する家政夫の男性です。

 物語は2人の交流を軸に、仕事や恋、家族をめぐる葛藤が描かれるハートフルな内容。多部さんにとっては、昨年の「これは経費で落ちません!」(NHK総合)に続くOLモノで、今回もその等身大かつ自然体な芝居が共感を集めています。

 ではなぜ、彼女はこういう作品がハマるのでしょうか。その謎を解くカギが7月30日放送の「櫻井有吉THE夜会」(TBS系)で明らかにされました。ドラマでヒロインの上司を演じる平山祐介さんが、彼女の芝居の特別感についてこんな実体験を語ったのです。

作品にもたらされるリアリティー

「リアクションがあまりにもリアルで、あれ? これ、芝居なんだっけな、って僕、ふと素に戻っちゃったときがあったんですよ。ふとした一言なのに、そういうふうに思わされることって僕はちょっと初めてだったものですから、すげえなって思いました」

 それは、ヒロインの誕生日を職場のチームで祝うシーンでのこと。上司が花を贈って驚かせようとします。彼女は振り向き、「ええっ!? いいんですかー」。その瞬間、平山さんは「本当に驚いてるふうに思っちゃって、あれ? って、ちょっと止まっちゃったんですよ」と振り返ります。

 平山さんといえば、19年間にわたって数々の作品で何百人もの役者と共演してきた名バイプレーヤー。そんな人が「初めて」というほど、多部さんのリアクションは際立って自然だったわけです。実際、この「ええっ!? いいんですかー」は間といい、声のトーンといい、絶妙でした。そんな芝居の積み重ねが、作品にリアリティーをもたらし、共感を呼ぶのです。

 いわば“ドラマを日常に変える”マジック。この作品でも、若い女性の自宅に家政夫の男性が出入りすることへの違和感がすぐに消え去りました。これこそが、女優・多部未華子の稀有(けう)な才能といえます。

 そんな才能は、これまでもずっと発揮されてきました。まずは出世作「山田太郎ものがたり」(2007年、TBS系)。大ブレークを果たした直後の嵐の二宮和也さん、櫻井翔さんがダブル主演した作品です。

 つまり、タイミング的に2人のアイドルオーラが目立ちすぎる可能性もありました。が、ヒロインを演じた多部さんがいかにもあるある的な女子高生という役どころをこなしたおかげもあって、見事なバランスの青春モノに仕上がっていたものです。

 その3年後、彼女は映画「君に届け」に主演。こちらは「貞子」というあだ名のネクラな女子高生が、恋をして明るく変わっていく物語です。相手役は今は亡き三浦春馬さんで、ライバル役には桐谷美玲さん。それぞれ、王子様、お姫様的なキャラがハマっていましたが、これに対し、多部さんは地味っぽいのにピュアで芯が強いという少女マンガの王道的ヒロインを堂々と演じました。

 この三角関係もまた、黄金のトライアングルというべき見事なバランス。個人的には、少女マンガ原作映画のナンバーワンに推したい作品です。

 なお、ご存じの方も多いでしょうが、彼女はその後、ドラマ「僕のいた時間」(2014年、フジテレビ系)と映画「アイネクライネナハトジーク」(2019年公開)でも、三浦さんと共演しました。オリンピックカップルなどとも呼ばれ、実際、名コンビだったと思います。

 その理由は、容姿や持ち味のコントラストです。三浦さんの華と陰を併せ持つ神秘的なかっこよさと、多部さんの素朴で親しみやすいかわいさと安定感。ともに芝居への取り組み方も真摯(しんし)で、この共演がもう見られないことが残念でなりません。

芸能界はやるべきことをやる場所

 さて、ここまでは多部さんの“ドラマを日常に変える”マジックの実例を見てきました。問題はここからです。いったいなぜ、彼女はそういう稀有な才能を持つにいたったのでしょう。

 その秘密が、4月に放送された「A-Studio」(TBS系)で垣間見られました。今後について聞かれた彼女は、困惑気味にこう答えたのです。

「夢を見ることがホントにないんですよ。なんか、ああしたいなこうしたいな、ああいう作品に出たいな、どういう役をやりたいなとか。(略)小学5年生のときに『アニー』に出たいって思ったのが、私の最後の将来の夢だったんです。そこから、もうないんです。こうしたいああしたい、が、仕事においては特にないっていう」

 もちろん、仕事は面白いし、共演も楽しいのだそう。ただ、小5からミュージカルアニー」のオーディションを受け始め、それがきっかけで中学時代に女優デビューしたとき、彼女の気持ちは大きく変化したようです。

 これはおそらく、その瞬間、芝居をすることが夢から現実になったということでしょう。言い換えるなら、芸能界が憧れる場所ではなく、そこにいてやるべきことをやるという場所になったわけです。

 一方、ほとんどの役者はデビューしてからも夢を追い続けます。役を演じるときも「現実」を超えた理想を見せようとして、彼女とは対照的に“ドラマをよりドラマ的にする”ことを目指すのです。そこには自分をよく見せたいという心理も働きがちで、ともすれば、台本が描こうとする世界とズレが生じたりもします。

 しかし、デビューによって「最後の将来の夢」をかなえた彼女は自分主体の理想より、台本の中にある「現実」を優先します。我欲を捨て、というか、我欲などそもそもなく、そこに描かれた人物になりきろうとするわけです。それが等身大かつ自然体な芝居につながり、共感を生むのでしょう。

 彼女には学生だった頃から、仕事を淡々ときっちりこなすプロっぽい雰囲気がありました。それが社会人となり、役でもOLモノなどをやるようになって、ますますハマるようになってきた印象です。また、昨年には結婚もしたので、これからは主婦役も現実感をもって演じることができそうです。

 ドラマを日常に変える“多部ちゃんマジック”。彼女はこれからも「わたナギ」のような作品をどんどん世に送り出してくれることでしょう。

作家・芸能評論家 宝泉薫

多部未華子さん(2017年6月、時事)