2020年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。新型コロナ部門の第4位は、こちら!(初公開日 2020年3月13日)。

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 もはや大部分の日本人は食傷気味になっていると思うが、いまだ世間の話題をさらい続けているのが新型コロナウイルスの流行である。3月3日WHOは致死率が季節性インフルエンザを大きく上回る約3.4%に達していることを発表した。

 3月13日12時現在、日本国内の感染者数は690人(クルーズ感染者697人を除く)、死亡者数は19人である。3月に入りウイルス禍が欧州などでも拡大するにつれ、日本の状況は相対的にマシだとみなされつつある。

 もっとも、新型コロナウイルス感染のリスクは、重症化や死亡だけではない。ニュースを見ていて私が感じてしまうのは、「自分の思わぬ行動がバレることで社会的に死ぬリスク」だ。ことに非高齢者で既往症のない一般人にとっては、こっちのほうが深刻かもしれない。

 なぜならウイルス感染が明らかになった場合、感染者本人や濃厚接触者の行動履歴は保健所によって追跡される。特にライブハウススポーツジムなど、不特定多数の人間が立ち入り、感染爆発のクラスターとなり得るような場所については、利用者が重点的に追われていくようだ。

 ウイルスの伝播の阻止は公共の福祉にかなうため、個人のプライバシー権がある程度制限されることは仕方ないと思う。だが、現実問題としては結構ゾッとしなくもない。なぜなら人間は、誰しも品行方正な行動だけをしているとは限らないからだ。

※本記事は筆者が不要不急の内容を綴ったエッセイです。正確な医療情報や感染防止方法については専門家の意見を参考にしてください。

たとえばキャバクラで感染したら……

 たとえば3月上旬、某県ではキャバクラに勤務していた女性の感染が明らかになった。いまやハリウッドスターカナダ首相夫人でも感染する状況であり、いかなる職業でもウイルスから完全に逃れることは困難だと言えるのだが、なかでもキャバクラは客の男性とキャストが密着して会話するため、唾液などによる飛沫感染のリスクは比較的高くなる。

 事実、やがて濃厚接触者の追跡がおこなわれると、キャバクラの客だったと思われる男性数人の罹患が判明。この1人である男性会社員については、妻と小学生の息子にもウイルスの陽性反応が出ている。

 いずれも症状が出ていないか、出たとしても容態は安定しているようだ。過度に恐れる必要はない。だが、私はつい小市民的な考え方をしてしまう。

 この男性会社員は健康を回復した後、無事に以前と同じ日常生活を送れるのだろうか――? というのも、たとえば彼がプライベートでキャバクラに遊びに行っており、その領収書を会社宛の経費で落としていた場合、ウイルスのせいで不正が発覚する。今後のサラリーマン人生は大丈夫なのか。

 また、男性会社員がどのくらいの「濃厚接触」をキャバクラ嬢とおこなって感染したかが、保健所や病院から妻や勤務先に伝えられるのかも気になる。

 普通に取引先に付き合って1セットを飲んでいただけでも、奥さんが嫉妬深い性格であれば夫婦関係に一波乱が起きるだろう。いわんや、お気に入りのキャスト目当てに通い詰めてドンペリを3本開けていたり、アフターでもっといろんな濃厚接触をおこなっていたりすれば、家庭内での修羅場の発生は不可避である。

「性産業の顧客リストを追跡している」

 もっとも、キャバクラまだマシかもしれない。大人の世界にはもっと過激な夜の施設が数多く存在しているからだ。かつて1983年宮内庁の東宮侍従長(男性65歳)が勤務時間中に新宿の個室付き特殊浴場に遊びに行って心臓麻痺で死亡した事件のように、マヌケな不祥事は末代まで語り継がれてしまう危険性がある。

 事実、2月上旬にはシンガポールで、出稼ぎ中の湖北省出身の中国人性産業従事者の女性が新型コロナウイルス感染の確定診断者であり、当局がこの女性の顧客名簿を入手して追跡調査をおこなっている――、とするフェイクニュースが流れたことがある。

 このシンガポールの一件はデマとしても、実際に似たような事態は起こり得るだろう。この手の性産業の現場では飛沫感染どころか、他者の唾液や糞尿の成分が直接粘膜に接触する可能性もある。感染リスクキャバクラの比ではない。

 もちろん、これらの店舗への立ち入りが職場や家庭にバレた場合のリスクも、やはりキャバクラの比ではない。特に家庭に関してはおそらく離婚の危機が発生する。

 いわんや立ち寄った店舗が、ノーマルな性癖の範囲内にとどまらないサービスを提供していた場合はいっそうピンチであろう。

 たとえば50代男盛りの頑固部長はニューハーフヘルス(掘られる側)で感染、40代の女子校生活指導担当教師はキャンパスイメージクラブセーラー服オプション2000円)で感染、30代出世株のイケメン商社マンは赤ちゃんプレイ店で前の客が使ったおしゃぶりから感染……などといった複雑な事情が周囲にバレると、たとえ肺炎が回復しても当人たちは社会的に回復できまい

不倫旅行先の温泉宿で感染したら……

 上記は主に男性の場合だが、たとえ女性であっても、不倫旅行先の温泉宿で感染、マッチングアプリで探したパパから感染、推しのホストの生誕祭で集団感染が爆発、違法薬物の集団濫用パーティーウイルスが蔓延……など、感染経路が発覚することで「社会的に死ぬ」ケースはあり得る。

 そこまで悪いことをしていなくても、濃厚接触者が追跡されていく過程で、自分が外回り営業をサボってビールを飲んだりマッサージパチンコに行ったことが職場にバレるだけでも、かなり気まずい事態にはなる。

 別のリスクもある。3月6日に感染が確認された中部地方の男性は、副業がバレることをおそれて、当初は保健所に対して発症後の一部の行動を隠していた。自分がこの男性と同様の状況だった場合、保健所に正直に申告できるかは悩ましいところだろう。

 新型コロナウイルスは、医療体制を混乱に陥れたり世界経済に巨大なダメージを与えたりするほかに、私たち庶民に聖人並みの品行方正な行動を強いるという点においても、恐るべき流行病なのである。

もし日本のカルト村で感染が拡大したら……

 これは言い換えれば、品行方正ではない人――。つまり、社会の規範から外れた行為をおこなっている人や集団が感染した場合に、その実態が隠蔽されやすいことも意味している。

 例えば韓国での感染拡大は、閉鎖的な新宗教「新天地イエス教会」内部で流行の爆発が起きたからだとされる(3月8日午後時点の韓国国内の感染者7134人のうち、約6割が「新天地」の関係者である)。「新天地」はカルト的な性質ゆえに信者が外部に向けて信仰を隠しているケースが多く、教団と信者がともに感染経路の調査に非協力的だったことで混乱を招いた。

 日本においても、似たような秘密の場は夜の店に限らず多々あるはずだろう。怪しいカルト村やマルチ商法のセミナー、一部のブラック企業、反政府的な政治セクトなどの内部で感染者が出た場合、おそらく初動段階で隠蔽がなされるはずだ。

 また、勤務先の過酷な処遇から逃亡した外国人技能実習生たちも、おそらくリスクが高い。彼らの多くは大都市部の中国系やベトナム系などの同胞のコミュニティ内に潜伏し、4~6人で共同生活を送りながら不法就労状態で働いている。

 逃亡実習生の間では日本の公的機関との接触が強制送還につながると考えられているため、彼らは軽犯罪の被害に遭っても警察署に行かず、軽いケガや病気では病院にも行かない。感染が蔓延した場合も、相当深刻な状態になるまで表に出ない可能性が高い。

ウイルスの流行は人間の本性をあぶりだす」

「今回のウイルスの流行は人間の本性をあぶりだす。良い人間はいっそう良い振る舞いをするし、悪い人間はいっそう悪い振る舞いをするし、卑怯な人間はいっそう卑怯な振る舞いをする」

 ややウロ覚えで恐縮だが、1カ月ほど前に中国のネット上でこうした書き込みを見たことがある。パニック時こそ、人間の本性や普段は隠された秘密が明らかになることを、私たち日本人は9年前の東日本大震災で体験済みだ(震災発生時に不倫相手と一緒にいたことで配偶者と修羅場になったケースなどは、当時よくささやかれたものである)。

 新型コロナウイルスもまた、社会や人間のダメな部分に巣食うという特徴を持っている。

 第92回選抜高校野球大会の中止が発表され、さらに東京オリンピックの延期すら現実味を帯びてきた。日本では今後も自粛ムードが続く可能性が高く、重苦しい毎日を過ごさざるを得ないだろう。一刻もはやく、鎮圧のときを迎えることを祈りたい。

(安田 峰俊)

一部のライブハウスではクラスターで感染が拡大。利用者に保健所への連絡が呼びかけられた(写真はイメージ) ©iStock.com