京都、大阪、神戸の都市部には、進むことも曲がることも難しい細道をゆく路線バスがいくつか存在します。なかには、塀とバスの隙間が十数cmというスレスレのカーブを曲がる路線も。その裏には、それぞれの都市の歴史がありました。

千年の歴史がある街道、バスもクルマも多い!

住宅街や山道など、細い道を走るバス路線は「狭隘(きょうあい)路線」などと呼ばれます。バスの車幅ギリギリの路地に入り、息を飲むような運転テクニックでカーブを曲がっていく路線バスは、その道路事情ゆえに街へ出づらい地域の人びとにとって、欠かせない存在でもあります。

今回は京都、大阪、神戸の都市部を走る狭隘路線バスを紹介します。長い歴史のなかで形成された市街地を避け、山岳部などに開かれた街を走る路線もあり、関東に比べて土地が狭い関西ならではのバス事情も見えてくるかもしれません。

【京都】京阪バス26系統(山科)ほか

・運行区間:山科駅~大宅(おおやけ、26系統)
・うち狭隘区間:国道大塚~大宅

京都市の山科地区は百人一首でも知られる「逢坂の関」の西側にあり、昔から東海道の交通の要として機能してきました。現在の街の中心でもある山科駅国道1号沿いと、南側の住宅街を結んでいるのが、京阪バスの26系統です。

山科駅南口から市営地下鉄東西線沿いの目抜き通りを南下したバスは、国道1号を左へ、片側3車線の広い道路を東に走っていきます。しかし、快適な走行ルートもバス停にして2つ分の「国道大塚」交差点まで。ここを右折して京都府道35号線に入ると、車窓は一変します。

この府道は京都と奈良を結ぶ「奈良街道」として、1000年以上の歴史を重ねています。普通車のすれ違いにも難儀するほどの道幅ですが、両側には古い家屋と新しい家屋が不規則に立ち並んでおり、バスはことさら慎重に進まなければいけません。

また路肩には電柱が突き出すように立ち、電柱を避けようと道路の右側へ寄ったバスにふさがれた対向車は、減速を余儀なくされます。歩行者としてもやや歩きづらい環境のためか、近所のスーパーなどへ向かうため1、2区間のみ乗車する人も多く、平日日中で10分に1本ほどの本数のバスは、いつも混み合っているのです。

26系統の終点「大宅」停留所の前にある京阪バス山科営業所は、もともと鉄道(新京阪電鉄山科線・京阪六地蔵線)の駅が建設される予定だった場所で、営業所の規模としては京阪バスの中でもトップクラスを誇ります。時間帯によっては見渡す限りバスで埋め尽くされているほか、営業所へ戻る回送バスも多く、時刻表以上にバスの往来があります。

「開かずの踏み切り」「幹線道路の抜け道」を通り抜ける!

大阪は、駅近くの狭隘区間を抜けていくバスがいくつかあります。

【大阪】大阪シティバス41系統

・運行区間:大阪駅前~榎木橋
・うち狭隘区間:淀川区役所~木川栄橋

大阪駅から北へ、大阪市吹田市の境界にほど近い「榎木橋」までを結ぶのが大阪シティバスの41系統です。十三大橋を渡り淀川通を快走してきたバスは、淀川区役所の先で細い路地へ入ります。

ここから約0.5km区間は、S字型の連続カーブが存在し、さらに北側にある阪急京都線の踏切はなかなか開かないこともあって、踏切待ちの渋滞に巻き込まれることもしばしば。タイミングによっては対向車線のクルマや自転車が途切れず、カーブ上で車列とのすれ違いを余儀なくされることもあります。

時間があればS字カーブの北側にある「十三小学校前」バス停で降りて、丸屋根のアーケード(木川本町商店街)に立ち寄ってみましょう。夕方にはコロッケや焼き立てパンの匂いが漂い、大衆演劇の劇場の賑わいも感じられます。

ちなみに、この近辺は阪急京都線宝塚線神戸線と3本の鉄道が走っているため踏切も多く、昔から高架化も検討されていますが、十三駅や計画中の路線「新大阪連絡線」(新大阪~十三~梅田新駅」の関係もあり、踏切解消はまだまだ先になりそうです。

【大阪】近鉄バス74系統ほか(丹比線)

・運行区間:平尾~恵我ノ荘駅~河内松原駅(74系統)
・うち狭隘区間:恵我ノ荘駅~野村など

大阪市近郊の堺市美原区や羽曳野市などには、最寄り駅が遠い「鉄道空白地帯」が点々と存在し、近鉄バスの74系統などが、これらの地区と近鉄南大阪線の駅との連絡を果たしています。平日朝には1時間4本も運転されるこの路線ですが、小型バスでも運行が難しいほど道幅が狭い区間が残っています。

この路線のルートは道幅が狭いのみならず交通量も多く、特に羽曳野市の「野」地区では狭隘区間の両端に車の列が連なり、狭い住宅街でギリギリのすれ違いを余儀なくされます。その原因は、バスルートが、南阪奈道路の高架下を走るバイパス(府道美原太子線・泉大津美原線)から羽曳野市内への抜け道ともなっているためです。

なお、バスルート上では「はびきのコロセアム」近辺などで道路拡張が進んでいます。しかしその進捗はとても小刻みで、快適に通行できるのは相当先の話になりそうです。

ここ神戸!? 自然豊かな「登山路線」も

神戸は港町でもあり、「坂の町」でもあります。

【神戸】阪急バス61系統

・運行区間:神戸駅南口~鈴蘭台駅
・うち狭隘区間:平野橋~高座金精橋など

神戸の市街地と、六甲山地の向こう側に位置する神戸電鉄 鈴蘭台駅を結ぶ阪急バスの61系統は、150万都市・神戸とは思えないほどのルートを通る、自然に囲まれた山岳路線です。

市街地を走ったバスは「平野」停留所を越えるあたりから、まわりの景色がみるみる渓谷と化していきます。横を流れていた川は谷底に遠ざかり、バスは山手のわずかな土地に広がる集落を縫いながら勾配を登っていくのです。このルートは「有馬街道」とも呼ばれる国道428号線の旧道。整備された新道の方にはあまり人が居住していないこともあり、旧道経由のまま走り続けているのです。途中からは片側2車線の新道に入るものの、この後もダムや水源地の近くなどを通っていきます。

沿道には、かつてこの路線を運行していた神戸市交通局のマーク入りの看板が点在し、この場所が神戸市であることを辛うじて思い出させてくれます。この路線は、神戸市交通局と神鉄バスの共同運行でスタートし、神鉄から阪急バスへ移管、さらに神戸市交通局が撤退したことで阪急の単独運行となりました。

【神戸】山陽バス1系統「歌敷山循環線」

・運行区間:垂水駅前~歌敷山中学校前~垂水駅
・うち狭隘区間:歌敷山中学校前付近など

神戸市垂水区のJR垂水(たるみ)駅のあたりは海沿いの平地が極端に少なく、街や住宅街は北側の山麓にびっしりと広がっています。この地域でバスを運行する山陽バスの路線も勾配区間が多く、なかでも運転技術が必要とされるのが、1系統「歌敷山循環線」です。

最大の難所は歌敷山中学校の北西角にある左折ポイントです。カーブ内側の中学校の塀と、バス車体との距離はわずかに十数cmといったところでしょうか。またカーブ外側の電柱にはゴムシートが巻き付けられていて、自家用車でも左折に手こずっている様子がうかがえます。このカーブは、バスもわずかなタイミングを見計らってハンドルを切らないと曲がれないのだとか。

山陽バスのなかでも高度なテクニックを要するものの、乗客は多く、平日昼間でも1時間4本は運転され、小型車への置き換えも難しいといいます。歌敷山地区からJR神戸線山陽本線)を利用するには、垂水駅の西隣にある舞子駅の方が近いのですが、舞子までは急な傾斜が続き、普段の移動に向いているとは言い難い状況。このあたりも、垂水駅へ向かうバス利用者が多いことの要因ではないでしょうか。

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今回紹介したバスが走る街の多くは、創意工夫の上で切り開かれた場所でもあります。車内からではわからない街の様子を、バスを降りてゆっくり歩き、街の歴史を探るのも良いかもしれません。

奈良街道をゆく京阪バス。電柱をよけながら進む(2020年6月、宮武和多哉撮影)。