―[負け犬遠吠え]―


ギャンブル狂で無職。なのに、借金総額は500万円以上。
それでも働きたくない。働かずに得たカネで、借金を全部返したい……。

マニラのカジノで破滅」したnoteで有名になったTwitter上の有名人「犬」が、夢が終わった後も続いてしまう人生のなかで、力なく吠え続ける当連載。

 無職になって2020年8月で1年。今回は貧乏生活のきっかけとなった、フィリピンでの話です。


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 絶賛無職生活を謳歌している口から言うのも何様だ、と自分でも思うが、心も体も蝕んでいく貧乏との付き合い方で大事なのは、「なんとかなる」精神と足の軽さだろう。

 金がない時は本当にしょうもない事ばかり考える。もし働いていれば、

「このままの生活を続けて果たして自分の人生は……」

と、何も積み重ねていない怠惰の平野で空を想うし、働いていなければ時間ばかりが余るので宇宙や死について考えたりする。心にヒビが入っているタイミングだと、

「死んで全部リセットしてしまいたい」

と鬱屈した気持ちがヒビから浸透してしまう。とるに足らない貧乏人が一人死んだところで、世界は元々リセットが必要ないくらいにそのままで何も変わらないのに。

 そもそも、貧乏なんて恥ずかしいものは他人に相談できないし、みんなそう思うように育てられてきてしまった。社会で負けないために少なからずの闘争心を教育課程で植え付けられ、自動的に金がないことを負けだと思ってしまう。

 ありきたりだが、自分が引き起こした貧乏には「ハクナ・マタタ(どうにかなるさ)」の精神で対応していくしかない。

 まだ。まだ負けてないのだ。ロイター板をゆっくりと踏みつけ、一番下まで来た。あとは上がるだけ。ただの痩せ我慢だが、結局これが貧乏が引き起こす病理と戦う最善だと、僕は思う。

◆きっかけは落差500万円のフィリピン

 フィリピンで博打に焼かれて一文無しになった時、死にたいくらいに恥ずかしい気持ちになった。

 恋と博打の破産は本当に突然やってくるもので、よもや自分が完全な文無しになることを想定していなかったから心の準備が間に合わず、カジノの隅の方にあるスロットコーナーで項垂れていた。さっきまであった数百万円分の温もりが、ポケットの中で無造作に残っていた。

 金持ちのアジア人のフリをしていた僕の元には現地の乞食がよく現れる。この時も気のいい僕が何かくれるんじゃないかと、いつも僕にべったりだったおじさんが声をかけてきた。

「もうお金なんてないよ、全部なくなっちゃった」

 ポケットをひっくり返して見せる。「もう枯れちまったか」みたいな反応をされると思っていたが、

「そんな悲しいことがあってたまるかよ、あんたには兄弟だから俺がなんとかしてやる」

 そう言って僕をカジノテーブルに連れて行く。

「いいか、見てろよ」

 普段僕に対してやっていたように、大勝ちする人の隣にスッと座り、世間話をし、アドバイスをする。しばらくして1,000ペソ(2,200円くらい)を持ってくる。

500ペソ貸してやる。これはコーチだ。仕事だ。教えた相手が勝てばいい。向こうも気がいい。こっちも金がもらえる時がある。お互いにハッピーだよ。お前もそうだったろ、兄弟。元々金があったんだから次の旅でも邪険にしないでくれよ」

 ブラザーというより父親のような年齢のおじさんは、わざわざ自分の打算も言いながら僕を励ましてくれた。照れていたのかもしれない。

 そうだ、僕はまだ諦めちゃいけない。金がなくなったくらいで死にたくなるようなら勝負のためにカジノに来たことも嘘になってしまう。

 とりあえずその場で金を作るだけの体力とアイデアというのは常に持っていた方がいい。お願いすればとりあえず仕事がある場所を把握したり、身の回りにある、「売ってその場を凌げるもの」を覚えておいたり。そのどちらも持っていなかった僕は元気だけで乗り切ることにした。乞食の猿真似だ。

 カジノの中を歩きながら耳を澄ます。日本語が聞こえた方向に歩く。海外に来た日本人というのは、日本語に弱い。日本で知らない人に話しかけられても冷たい応対をするのに、海外で日本人に話しかけられると思わず嬉しくなってしまうのを、僕は経験から知っていた。

 入り口のスロットマシーンに座る日本人二人組。会話の内容を聞くに、二人ともカジノフィリピンも初めてのようだった。

日本人ですか?」

 少し驚いた顔をした後、すぐに安堵の表情が見えた。

「そうなんです、僕たち初めてカジノに来てて……」

なるほど、その打ち方見ててそうだろうなって思ったんですよね。僕はこっちに住んでいるんですけど、良かったら他のゲームも教えましょうか?」

「ええ!いいんですか!助かります!」

 話がポンポン進んでいく。彼らは高校の同級生らしい。僕もこの時点で三週間フィリピンにいたので完全な嘘でもない。彼らの目には僕がさぞ頼もしく映ったことだろう。財布の中には数百円分の外貨しか入っていないとも知らずに。

 ここからが本番だ。彼らを勝たせなくてはならない。二人いるので、一人が負けてももう一人が勝てばいい。僕は彼らにゲームを教えながら、なんとなく別々のゲームを遊ぶように誘導した。こうすることで二人揃って負ける可能性を減らし、ひいてはおこぼれをもらう可能性を上げるのだ。

 一人にはスロットマシーンを、もう一人にはクラップスと呼ばれるダイスゲームを勧める。海外のスロットゲームは技術が要らないので、僕はクラップスを遊ぶ彼にべったりと張り付いた。こちらも技術で勝てるようなものではなかったが、賭け方の工夫が必要だった。

 他人の財布を増やそうと思う時、人は予想以上に慎重になる。ギャンブルをする者としてのプライドかもしれない。向こうはこちらをカジノのプロだと思っている。一見何も持っていないように見えてはいるが、出どころ不明の金で毎日豪華に遊び、見栄を張る必要がないくらい金を持っているからラフでボロボロの格好なのだと想像しているに違いない。その期待を裏切るわけにはいかなかった。なぜなら当時の僕は自分の運だけで生活しようとしたのだから……。

 嘘だ。ここで勝てなければまた新しい日本人と仲良くならなければならないからだ。ここで勝ってもらわないと飯を食う金さえない。帰るためのコンドミニアムはあったが、カジノから徒歩で3時間以上かかる。フィリピンタクシーだと1,000円近くかかってしまう。

 2時間ほど一緒にゲームをして、結果は二人合わせて20万勝ちだった。当初はここで金をもらう予定だったが、彼らの中での僕はもうカジノのプロだったのを強く感じ、中々こちらから「金をくれ」と言い辛くなっていた。明確なビジネスの意識がないと、その一言が喉で止まる。

 いつの間にか僕は、二人の「感謝の心」に賭けるしかなくなっていた。

 フィリピンでの遊び方を教えながら、頭の中では「これお礼です!」と言って差し出されるチップのことしかなかった。楽しかっただろ? 勝って嬉しいだろ? クラップス、最高だったろ?

 少しズルかったが、世間話の中に「フィリピンにはチップ文化がある」という話も混ぜた。この話題を彼らの頭の片隅に入れておくことで深層心理で感謝のチップを差し出すように誘導したのだ。僕はこれを「サブリミナル感謝」と名付けている。

 さらに1時間ほど中身のない話をし、ようやく別れようとした。

「あの! これ! ありがとうございました! ガイドしていただいちゃって!」

 4,000ペソ、8,800円だった。彼らはタクシー代はおろか、勝負銭までくれたのだ。

「僕たち二人だけならこんなに楽しめてなかったです!」

 なんて優しいんだ……。

 二週間ぶりに会話する日本人の温かさに触れ、思わず返しそうになってしまった。なんとかしてこの二人から金を、なんて考えていた自分が情けなく思える。

「・・・お粗末・・・!」

 ホテルに帰る二人の背中を見ながら、心のハチマキを強く締めた。

 5時間後、バカラで8,800円を全て溶かした僕は、足をボロボロにしながらコンドミニアムに帰り、蒸し返るような暑さの部屋の中で静かに泣いた

〈文/犬〉

【犬】
フィリピンカジノで1万円が700万円になった経験からカジノにドはまり。その後仕事を辞めて、全財産をかけてカジノに乗り込んだが、そこで大負け。全財産を失い借金まみれに。その後は職を転々としつつ、総額500万円にもなる借金を返す日々。Twitternoteカジノですべてを失った経験や、日々のギャンブル遊びについて情報を発信している。
Twitter@slave_of_girls
noteギャンブル依存症

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