すでに文春オンラインでも事件の背景が報じられておりますが、集英社週刊少年ジャンプ』の人気マンガアクタージュ』の原作者であった松木達哉(マツキタツヤ)さんが、少女への強制わいせつで逮捕されてしまいました。

「物語は女子高生スカートの中にある」 強制わいせつ逮捕マツキタツヤの犯行動機【少年ジャンプアクタージュ」原作者】 集英社社員が明かす“連載続投の可能性" 
https://bunshun.jp/articles/-/39644

優れたクリエイターがいつ事件を起こすかというヒヤヒヤ

 記事の内容とは裏腹に、事件の大きさに鑑み、また作者が起こした事件後の処理という前例も踏まえて『アクタージュ』の連載打ち切り集英社より早々に発表されました。ま、時節柄こういう事件には厳しく対応しなければならないという集英社の英断は正しく重く受け止めなければならないと思います。良く判断したなあ。

アクタージュ act-age』連載終了に関するお知らせ|集英社週刊少年ジャンプ』公式サイト
https://www.shonenjump.com/j/2020/08/10/200810_oshirase001.html

 文春の記事にもある通り、『鬼滅の刃』をはじめ『約束のネバーランド』『ハイキュー!!』など人気作品が次々と連載を終了している中で、この『アクタージュ』が引き続き人気連載として媒体を引っ張ることが期待されている最中でした。また、大手芸能事務所ホリプロなどにより舞台化が決まっていたほか、メディアミックスをしやすい作風・テーマであることから、単に人気マンガの連載が打ち切りになるという問題だけではない余波が広がっているとも言えます。

 この方面のビジネスをしていると、折々に「凄い発想の持ち主で、優れた作家性を発揮するクリエイターが、とてつもなく変てこな性癖を持っていたり生活が崩壊していて、いつも『いつ事件を起こすか』というヒヤヒヤと隣り合わせで仕事をする」なんてことが発生します。

世の中と対立している感性があってこそ

 小説やマンガアニメゲームの世界など、締め切りがあり、そこに向けてクオリティを高めていかなければならない仕事や、組織だって連携しながら物事を詰めて制作する現場などでは必ずと言っていいほど「制作に携わる生身の人間の問題」にぶち当たることが数多くあります。

 小説家であれマンガ家であれ、平穏で無難な性格の人よりは、どこか性格に難があり、あるいは異常に特定方面のことに詳しかったり、欲深かったりして、世の中に何か「引っかかり」がある、それどころか、世の中と対立している感性の持ち主でない限り、なかなか世に問える「作品」にまで昇華させられないものなんだと思うんですよ。

ナイスガイの向こう側に

 知る限り、今回問題を起こしてしまった松木達哉さんは、物腰柔らかく、穏やかな対人関係を築いていました。知人友人で、彼のことを積極的にアカン奴だという人はいません。むしろナイスガイであって、悪い印象を持つ人は少なかったんじゃないでしょうか。丁寧な仕事をする人物であり、分からなければ周囲にアドバイスを求めたりし、高いクオリティで締め切りもきちんと守る若者でありました。その一方で、実際には物凄く孤独に敏感で、なんかこう、独特な佇まいでボソッと切れることを言う。その表面の向こう側に、秘めたる、そして煮えたぎる欲情が噴き上がる泉があり、これが対人関係や作品作りにおけるストレスに触れるたび、突飛な行動として表出してしまうのではないかと感じます。

作品の成功でカネと名声が手に入っても

 ピエール瀧さんや槇原敬之さんがミュージシャンとして、またクリエイターとして薬物に手を出すのと同様、マンガアニメゲームなどこの界隈の人たちが往々にしてやらかす禁断の性癖が醸し出す始末の面倒さが世に出る割合が高いのは過剰なストレスと、それを捌くノウハウの乏しさだと思うんですよね。もっとも、自分の性癖をどうにかできるのであれば問題など起こすはずもないのですが、ごく最近、円満な家庭を築いていたはずの大物マンガ家がその作品のファンを公言する某有名女性アイドルに接近されて大爆発の果てに惨事を起こしたり、同じく綺麗系の作風で一世を風靡したマンガ家イラストレーターが似たような感じで四角関係に発展してグッズグズになっているのを見ると「作品の成功でカネと名声が手に入っても、それを適切に御して安定した良い人生を送ることのむつかしさ」を深く感じるのであります

 翻って、まだ20代の才能溢れる人物が、今回行ってしまったことは最悪のことであり、また迷惑をかけた方面を考えると芸能人の不倫レベルを超えるインパクトを業界に与えているなあとも思います。出禁ってレベルじゃねーぞ。

「事件を起こしたから人生終了」というわけでもない

 やらかしたことが事実なのであれば、やらかしたことはやらかしたこととして、被害者にはきちんとお詫びをし、起訴されたなら罪を償うなどしてしっかりと問題を解決していただくとしても、クリエイターとしての心が折れない限り、名前を変えてでもその人しかできないクリエイティブを続けて見返して、乗り越えて欲しいなと思うんですよ。

 変人だからこそ才能を得て世に出て、たぶん普通の勤め人などできないからクリエイティブの世界にやってきた人が、世を渡っていくには自分の脳みそと両手しか残ってないんですよね。才能があるからこそ珍重され、才能が涸れればお払い箱になるこの世界で、その良いところでやらかしたことがいつの日にか「あのときはみんな苦労したな」と笑い話にできるぐらいになる日まで、うまいこと世の中を渡っていってほしいなと心から願います。

 事件を起こしたことはアカンにせよ、事件を起こしたから人生終了というわけでもなく、償いと反省があればしっかりとまた再起できる社会であってほしいと思いますし、また、適切に友人や関係者に必要なことは頼りながら、心を折らずにやっていってほしいなと。

(山本 一郎)

「アクタージュ」 ©文藝春秋