(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

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 韓国・ソウル8月15日、光復会長である金元雄(キム・ウォンウン)氏(元国会議員)が、文在寅大統領も出席した光復節(日本の植民地支配からの解放記念日)記念式典の挨拶で「親日派」を罵る発言を行ったのをきっかけに、「親文派」と保守派の対立が激化している。

 最近、親文派は曺国(チョ・グク)前法務部長官や尹美香(ユン・ミヒャン)正義連前理事長のスキャンダルで立場が苦しくなると、これはスキャンダルをでっち上げた親日派の謀略であると批判し、自らに向けた批判をかわしてきた。

 しかしここに来て文政権に対する支持率が大幅に低下し、一部の世論調査では与野党に対する支持率が逆転したという結果となった。こうした事態を打開するため、親文在寅派は再び、親日批判を強め、形勢を転換しようとしている。

 最近の文在寅政権に近い人々による親日派批判の動きは、基本的に国内問題であり、直接的な反日というわけではない。そうした意味で、従来政権末期に起きてきた反日の高まりとは若干様相が違う。しかし、今後、想定される徴用工に関係する日本企業の資産売却に日本が報復措置を取れば、親日批判は反日と結びつき日韓関係への大きなダメージなとなることもあろう。

止まらない文政権の支持率低下

 14日に発表した韓国ギャラップの世論調査によると、文氏の支持率は前週より5ポイント減り39%、不支持率は同7ポイント増の53%であった。支持が過去最低、不支持は過去最高だった昨年10月中旬(曺国法務部長官の不正への反発が最高潮であった時)と同じ数字である。

 また、リアルメーターが実施した世論調査では、共に民主党支持率は前週より1.7ポイント下がった33.4%、未来統合党は1.9ポイント上がった36.5%であった。保守系政党が民主党の支持率を逆転したのは朴槿恵パク・クネ)弾劾局面だった2016年10月以降で初めてである。

 昨年秋に文在寅政権に対する支持率が下がった後、新型コロナが蔓延し、今年4月の総選挙に向けて与党の懸念が広がったが、文政権はPCR検査の重点的な実施と陽性者の隔離、そのための国民の行動を強力に監視する体制を構築して封じ込めに成功した。こうした対応は国際的にも評価され、これが政権に対する追い風となって、支持率は一時70%にまで上昇、総選挙では圧倒的な勝利を収めた。

 その支持率が一転してここまで下落した最大の要因は、不動産政策の失敗である。

(参考記事:なす術なし、「不動産バブル」で致命傷の文在寅政権
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61643

 不動産価格の高騰は、国民にソウル市で住居を購入するのをあきらめさせた。不動産価格抑制を狙った対策は、1戸だけの不動産所有者にも重税が課せられたり、賃貸住宅に入る人が保証金引き上げにあったりする事態を生み、多くの人の生活が脅かされている。一方で、政権の高官などの富裕層は複数住宅所有の資産効果で一層豊かな暮らしを謳歌している。このことによる不公平感の高まりが政権への逆風となっているのだ。これに対し文政権は、課税強化など、価格安定化のための追加措置をすでに23回導入しているが、効果はてんでない。

 不動産政策の失敗以外にも、北朝鮮による文政権との対話拒否、朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長はじめ革新系地方首長の相次ぐセクハラ疑惑、尹美香正義連元理事長の寄付金・政府補助金着服など革新系の人々の倫理性の問題、経済の悪化に伴う正規雇用の減少、特に青年層の失業増大など問題が山積しており、支持率回復の材料は見当たらない。

 韓国の歴代政権では、政権末期に支持率が下がると反日傾向を強めることが多かったが、積弊清算を旗印にした文政権は、直接反日には向かわず、あくまでも国内問題としてととどめている。そして、「不動産の価格高騰は政策の失敗ではなく過渡期の状況で必ず改善する、政権に対する批判は保守派すなわち親日派のでっち上げだ」と規定することで、自らに対する批判を回避しようとしている。

 文政権は積弊の清算と称して親日派排除を強め、親日派と保守系の政治家を同一視することで革新系による長期政権を目指している。

「政権に非はなく、批判は親日派の謀略」が文政権の逃げ口上

 文在寅大統領は、慰安婦問題の原則は「被害者中心主義」という。

 しかし、元慰安婦の李容洙(イ・ヨンス)氏は5月7日、「尹美香にだまされた」「挺対協(正義連)に集まった寄付金は元慰安婦のために使用されていない」と暴露した。また、元慰安婦が共同生活を送る「ナヌムの家」でも寄付金の2%しか慰安婦のために使われなかった。慰安婦支援団体の行動はとても被害者中心主義とは言えない。

 数多くの疑惑が提起された尹美香氏は、「暴きたてられた曺国前長官を思い出す」として、不適切な会計処理こそ謝罪したものの、利権行為については認めていない。むしろ、保守派が不正疑惑をでっち上げ、自分を批判することによって慰安婦問題うやむやにしようとする親日派の策略であるとして、国民の同情心に訴えかけ保守vs文派の陣営争いに転嫁しようとしている。

 そして、文在寅氏は、「慰安婦問題の大義は守られるべき」として、事実上正義連に対する過度な批判は抑制するよう求めるかのような発言をしており、この問題に関しては沈黙を維持することで、国民の記憶が薄れるのを待っているようである。

金元雄光復会会長の式典挨拶が「親日論争」の呼び水に

 光復会長である金元雄氏は、「李承晩(イ・スンマン)は親日派と結託した」「民族反逆者が作曲した歌を国家に定めた国は大韓民国だけだ」と主張し、「民族の未来の足を引っ張るのは親日に根を置き、分断に寄生して存在する勢力」、「韓国社会の確執構造は保守と進歩ではなく、『民族と反民族』だ」と述べた。

 李承晩大統領朝鮮戦争の際、米国が日本軍朝鮮半島に投入しようとすると、「日本軍が参戦するならば、日本軍からまずたたきのめす」と語った。また、電撃的に李承晩ラインを設定し、竹島の実行支配を固めるとともに、日本漁民を放逐した大統領だ。日本人には反日の代表格として知られている。

 それが金氏の手にかかると「親日派」扱いされてしまう。その理由は日本統治時代の官僚を一掃しなかったからと言われる。しかし大韓民国建国後の国家統治、経済活動、教育に実際に携わることができる経験者は日本統治時代に活動した人々である。それでも親日派を登用したとして非難する金氏と文政権に近い人々の親日観がいかに偏ったものか、これで分かるであろう。

 特に金氏については、朴正熙パク・チョンヒ)時代に共和党に在籍、民主正義党の組織局長という要職まで務めた。また、全斗煥(チョン・ドゥファン)政権のために働いていた。そんな経歴を持っているのに、いかにして「自分は親日派ではない」と説明するのであろうか。こうした人が、「親日残滓未清算」と叫ぶのには違和感がある。

 また、金氏は大統領と参加者が愛国歌を合唱する記念式の場で、作曲家安益泰(アン・イテク)氏に反逆者というレッテルを貼ってみせた。

 ちなみに、光復会とは独立運動家やその子孫・遺族からなる団体であり、民族の魂を吹き込むことが目的である。しかし、金氏が光復会長に就任した昨年6月以降、政権勢力の偏った理念で国を分裂させる先導役となっている。最近では、朝鮮戦争において韓国を北朝鮮の侵略から救った白善燁(ペク・ソンヨップ)将軍の国立墓地埋葬を阻止しようとしたり、過去の大統領の墓を掘り起こすことを主張したりもしている。

「国を分断させる」と保守派は強く反発

 この光復会長の発言を受け、済州道の元喜龍(ウォン・ヒリョン)知事は、済州市の式典で予定した演説内容を変更し「(金会長ら与党関係者は)自分たちが歴史の審判者であるかのように独断による親日判決を下している。それは歴史の理念を掲げた独裁にほかならない」、「歴史に対する謙虚な姿勢で功罪を見つめ、国民統合の道へと向かわなければならない」と述べ、「国民を二分させる光復会の偏向した歴史認識に同意できない」との立場を表明した。

 また、慶尚北道の李チョル雨(イ・チョルウ)知事も「世界で最も貧しい国を世界10位の国にした祖先たちを全部掘り起こせば、この土に誰が残るというのか。今日の歴史を作った方も尊敬し、新たな歴史を作ることに賛同した方々も我々は認めるべきだ」として、金会長の発言に懸念を表明した。

 さらに、未来統合党の河泰慶(ハ・テギョン)議員は「文大統領は『パルゲンイ』(赤い共産主義)・従北だけでなく、土着倭寇(土着する親日)というレッテルを貼る政治とはっきり断絶を宣言すべきだ」と訴えた。さらに「安益泰は親日、親ナチス」と発言したことについても「愛国歌を廃止しようというのか」と追及。未来統合党は安氏について文大統領が立場を表明すべきと主張した。

文在寅支持者、金会長発言を奇貨に批判回避を狙う

 金会長の式辞は、国を二分させるものであり、国家統合を進める政権であれば容認できない内容を含んでいる。しかし、朝鮮日報によれば、青瓦台は金会長の光復節記念式における式辞内容を事前に報告を受けながら、修正を求めなかったという。

 一部からは大統領と与党の支持率が同時に低下する中、「親日vs反日」の論争をあおることで局面を転換しようという意図が与党民主党の根底にあるとの指摘がある。「動揺する与党支持層を結集するため、反日感情に触れることほど効果的なものはないはずだ」というのである。

 民主党は金会長の擁護に乗り出し、党代表選挙に出馬した李洛淵(イ・ナギョン)議員(前総理)はラジオインタビューで「光復会長としてはその程度の問題意識は言及できる」と述べた。

 柳基洪(ユ・ギホン)議員は「未来統合党は親日派の代弁者なのか」、黄熙(ファン・ヒ)議員は「統合党は親日を清算しようというと、なぜ都合の悪さを堂々と表明するのかわからない」と擁護した。民主党議員は金会長に同調、親日派を掘り起こす「親日人士破墓法」を相次いで提案しているが、党指導部の方針は定まっていない。

 親文在寅派は文在寅政権の支持率低下の要因となっている様々な問題から国民の目をそらすために、親日批判そして反日へ国民の目を向けようとしているのであろう。

 しかし、こうした動きは韓国国内を一層分断させ、感情的なしこりを生み出すことになりかねない。

親日批判が反日と結びつく日

 今後、徴用工問題を巡って日韓相互の報復の連鎖が出てくるかもしれない。その時、文在寅派は親日派=保守が日本と結託しているという図式で反日・親日派批判をするだろう。それは親文派の結束を強めるかもしれない。

 レッドチーム入りを目指す親文派による長期政権は、東アジアにおける地政学を危険なものに変える危険性がある。また、日韓関係の上でも歴史問題にこだわる政権はマイナスである。

 日本が親文派に利用されないよう、韓国の国内政治とは距離を置いておくことが賢明であろう。そのためには報復措置はとるにしても淡々と韓国国民を刺激しないよう細心の注意を払う必要がある。

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