デビュー小説がベストセラーとなった燃え殻による、週刊SPA!連載をまとめた断片的回顧録すべて忘れてしまうから』が7月末に発売された。本作に、「眠れない夜に読むことをおすすめします。眠れなくてもいいと思える本です」と推薦文を寄せた芸人・矢部太郎と、手塚治虫文化賞を受賞した矢部の漫画『大家さんと僕』(シリーズ全2巻)の大ファンである燃え殻。

 作家として互いにリスペクトを寄せる2人による、念願の対談が実現した。

◆逃げたければ別に逃げちゃってもいいんだって

燃え殻:矢部さんと僕は’17年に、1冊目の本を新潮社から出しているんですよね。僕の本(小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』)のほうが、4か月ぐらい早かったのかな。打ち合わせに行くと、よく編集者から「さっきまで矢部さんがいましたよ」と言われました。会うのは今日が初めてですけど、すれ違っている回数は多い。

矢部:そうですよね。昨年発売した僕の『大家さんと僕』の番外編本では、コラムを寄稿していただきありがとうございました

燃え殻:僕のほうこそ! 推薦文、嬉しかったです。眠れない時に、「眠らなきゃ」と思うのが良くないんですよね。「眠れなくてもいいと思える」――そう思ってもらえるようなものが書けたんだなぁって、自信になりました。

矢部:『すべて忘れてしまうから』というタイトルもそうですけど、いい意味であきらめるというか、人生を俯瞰するみたいな印象があって。読んでいて、ラクになる気がしたんです。燃え殻さんが突然、仕事場を飛び出して旅に行っちゃう話が何回か出てくるじゃないですか。そっか、逃げたければ別に逃げちゃってもいいんだって思ったりもして……。

燃え殻:矢部さんは逃げないんですか? だったら僕のほうが社会性がない(笑)

矢部:逃げないですね。いっつも逃げたいんですけど。

◆昨日、この店の前まで下見しに来てるんです

燃え殻:僕もいつも逃げたいと思ってます。例えば今日も。僕、初対面の人だと緊張しまくるんですよ。矢部さんだったら絶対怖いことは起きないとわかってるんですけど、今朝起きた時に「矢部さんとちゃんと話せるかな」と不安で仕方なくなって。

矢部:僕も、初めての人と会う時はすっごい緊張します。あと、この取材場所(新宿のバー)も来たことないっていうのでおじけづいちゃって。

燃え殻:来たことがないのは、ダメですよね。逃げたさが増す。

矢部:だから、実は昨日、この店の前まで下見しに来てるんです。

燃え殻:僕もですよ。

矢部:えっ!?

燃え殻:このお店は前に一回来たことがあるんですけど、あまりに久しぶりすぎて。自分の体に馴染ませようと思って昨日、うろうろしに来たんです。じゃあ、僕らは昨日もすれ違ってたんですね(笑)

◆我々はエモいのか? ほっこりなのか?

矢部:小説を読んだ時も思ったんですけど、燃え殻さんの書くものって、終わりに余韻があるというか。なんか嗅がされて終わる、みたいな。その匂いが、自分の記憶を思い出トリガーになるんです。

燃え殻:4コマ漫画で言うと、2コマ目で終わってしまう、みたいな作品が好きなんです。情景だけを切り取って、答えは出さずに問いだけ差し出す、みたいな。その影響かな。

矢部:文章の後に出てくる長尾謙一郎さんの絵って、話の内容とはあまり関係ないものもあったりしますよね。それって燃え殻さんの文章を読んで、長尾さんも記憶とか想像力のトリガーを引かれた結果なんじゃないかな、と思ったりしました。

燃え殻:だとしたら嬉しいですね。担当編集に無理を言ってカラー収録してもらった長尾さんの絵がね、全部最高なんですよ……。矢部さんの『大家さんと僕』も、それこそ余韻があるというか、あえてオチをつけずにさあーっと流れていく感じがありますよね。湿っぽくなりそうになったら少し浮上させて、でも浮上させすぎないみたいな、心地いい温度がずっと続いている。

矢部:大家さんと僕』は8コマ漫画の形式で描いているんですけど、4コマだとオチがちゃんとしてないとダメだから、向いてないなと思ったんです。でも8コマだったら、オチてなくてもぬるっと読めるのかも、と思って。

◆「エモい」と思って書いてるわけじゃない

燃え殻:今回の本を作る時に悩んだのは、連載だったら1本だけで終わるけど、本は何編も連なっていくので、あまりにもわかりやすく「エモい」ものだと、読者を立ち止まらせちゃうかもしれないということだったんです。連載した70本の中から50本を選んだんですけど、「エモい」ものは抜いていった感じでした。……「エモい」って、自分で言っておきながらあまり好きじゃない言葉なんですけど(笑)

矢部:きっと「エモい」と思って書いてるわけじゃない、ですよね。

燃え殻:そうですね。「エモい」と言えば話が早いだろうから、もうあまり抵抗はしてないですけど、雑なくくりですよね。何か記憶を呼び起こすきっかけになる情景や匂いがあって、過去と今が繫がっていく感じが、僕の中ではリアルというか、単に好みなだけなんです。

矢部:僕も、本の帯に「みんなほっこり」と書かれていて。「みんな」ってすごい圧ですよね(笑)。自分は別にほっこりさせようと思って描いてないし、漫画の中でも大家さんのことを普通にイジってますし。どうかと思う態度だったりもするので、ほっこりなのかなぁと。

※8/18発売の週刊SPA!のインタビュー連載『エッジな人々』から一部抜粋したものです

【燃え殻】
’73年生まれ。テレビ美術制作会社に勤務しながら、作家、コラムニストとして活躍。’17年、初の小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)がベストセラーに。本誌連載をまとめた『すべて忘れてしまうから』(扶桑社刊)が発売中

【矢部太郎】
’77年生まれ。お笑い芸人マンガ家。自身が住むアパートの大家さんとの交流を描いた『大家さんと僕』(新潮社)が120万部超のベストセラーに。絵本作家である父・やべみつのりをテーマに描く「ぼくのお父さん」を『小説新潮』で連載中

<取材・文/吉田大助 撮影/神藤 剛 協力/猫目>

―[燃え殻]―