2020年に開催が決まった東京五輪。せっかくなら五輪と何かしら関わっていきたいと考える人も多いはずだ。なかでも「ボランティア」というのも一つの形だ。2012年ロンドン五輪でも、ボランティアの存在は会場運営で重要な役割を担った。ボランティアとして五輪に参加するとはどのようなことなのか。ロンドン五輪を例にとってみよう。

実は五輪ボランティアが生まれたのは、1948年に開かれたロンドン五輪だ。そこからボランティアは五輪にとって無くてはならないものになった。約半世紀後、再び開催されたロンドン五輪でもボランティアは大いに注目され、五輪が成功を収める鍵の一つとなった。彼らはどのように選ばれたのか。

2012年ロンドン五輪ボランティアの募集には、24万人からの応募があった。選考は開催の2年前、2010年の9月から開始され、書類選考などを経ながら最終選考に残った8万6000人に対して面接が行われた。そして7万人がボランティアとして採用された。

ロンドン五輪では880万枚のチケットが販売され、26の競技に渡って1万490人のアスリートと5770のチームが活躍した。もちろんボランティアの中には34あった五輪開場内の、競技近くの華やかな仕事を任された人もいる。しかし大半は、暑い夏の日に直射日光が当たる道路で会場へ向かう観客たちを誘導しサポートするなど、会場外の地味な仕事が多い。中にはボランティアでは割に合わないと考える人もいるかもしれない。参加者たちはどう思ったのか。ある英国人男性は英インデペンデント紙で当時の感想を述べている。

「正直なところギブアップしようと思ったことはないです。私は男子100m決勝が行われた会場の外にいました。歓声は聞こえてきますが、競技を見ることはできません。もしボランティアに参加しなかったら家でテレビ観戦できたと思います。しかしその場がどのような雰囲気なのか、テレビでは知ることはなかった。その日はとても長い日でした。疲れて地下鉄の中で眠りに落ちてしまいました(海外では治安上、地下鉄内で眠ることはない)。しかし、みんなとても幸せそうだった。私の人生の中でもっとも大きなイベントでした」

実際、五輪会期中のロンドン市内では、探さずとも至る所でボランティアを目にした。彼らの制服は紫をベースに明るい赤色が入ったデザインで、一目でそれと分かるものだ。困っときは彼らに声をかけると、フレンドリーに色々と教えてくれた。ボランティアが五輪を支えていると日々実感させられた。

ロンドン五輪組織委員会会長を勤めたセバスチャン・コー氏によれば、ボランティアは五輪にとって血であるという。そしてボランティアは、そのユニフォームプライドと共に着てほしいと述べる。ボランティアとして参加する多くの人の力無しに、五輪という巨大な大会は成功を収めることはないのだ。
(加藤亨延)

2012年のロンドン五輪でボランティアは「ゲームメーカー」と呼ばれ巨大イベントを支えた