(平井 敏晴:韓国・漢陽女子大学助教授

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 韓国はニュージーランドとの間で、微妙な問題を抱えてしまった。在ニュージーランド韓国大使館内で起きた外交官A氏による現地職員へのセクハラ問題が、今でもくすぶっているからだ。A氏は2017年に離任したが、在任中、同一人物に3回のセクハラ行為をした容疑が持たれている。

 この件に関しては、7月の後半にニュージーランドの現地メディアが盛んに取り上げ、それを受けて韓国メディアも積極的に報じた。それが日本でも大きく紹介されたが、ほどなくして、青瓦台(韓国の大統領府)が調査をする旨を発表したことで、騒ぎは収まったかのように見えた。

 だがここへきて、どうもまた再燃しつつあるらしい。康京和(カン・ギョンファ)外相は8月24日、この件に関してこれまでの韓国外交部での対応の誤りを認めた。そのなかで、国民と文在寅ムン・ジェイン大統領には「申し訳ない」と謝罪したものの、「ニュージーランドに対して責任を負うべきかどうかは別問題」として謝罪の必要性を認めなかったのだ。

 この発言はニュージーランドのメディアでも報じられた。韓国に拠点を置くイギリス人フリーランスジャーナリストのラファエル・ラシッド氏は、康長官のコメントが国民と文大統領向けだったことについて「前代未聞だ」としたうえで、そうなった背景について「文大統領が当惑しているからだ」と分析した。

 それにしても、3年以上前のセクハラ問題が、なぜ今になってこれだけ大きな話になっているのだろうか。被害者側の告発はずいぶん前に行われていたようで、A氏の離任以降、両国はこの問題をめぐり水面下で話し合っていたとの報道もある。ところがそのうち話題に上らなくなり、今年(2020年)2月にA氏に対する逮捕状がニュージーランドで出され、それによって世間の知るところとなった。

 報道が大きくなったのが、日本でもこの話題が取り上げられるようになった7月下旬である。ニュージーランド側がA氏の身柄引き渡しを要求したが、韓国の外交部はウィーン条約で認められている外交官の身柄の不可侵(いわゆる不逮捕特権)を理由に、応じる姿勢を見せなかったのだ。

 こうした状況に、韓国メディアは厳しい論調で報道合戦を展開した。印象的なのは、 文在寅政権や与党「共に民主党」に近いメディアのハンギョレが、今回の事件は「国際的恥さらし」であり、「外交部の安易な対処」だったと痛烈に批判していることだ。

日本以上にセクハラに対して敏感だが・・・

 だが、このセクハラ疑惑をめぐっては、韓国での他のセクハラ事件に比べると、政府のみならず社会全体を見ても反応が鈍い。

 韓国ではセクハラ疑惑が告発されると、社会が大きく反応する。外交官のセクハラ問題もこれまで何度かあったが、韓国外交部はどの事件に対しても迅速に対応し、セクハラを行った外交官を処分している。

 ところが今回はどうも社会の“温度”が低い。それは、このセクハラ疑惑の特殊性によるところが大きい。これまでのセクハラ事件は、男性が女性に対して働いた。ところが、今回は加害者も被害者も男性である。

 加害者が男性で被害者が女性であれば、被害者が韓国人であろうがなかろうが、韓国社会は大きく反応してきた。韓国では少なくとも朴槿恵政権以降、フェミニズムへの意識が高まり、日本よりもセクハラに対して敏感なところがある。韓国の女子大に身を置く私も、これまで自分の発言が韓国人の女子学生から「えっ?!」と驚かれたことがある。だが、日本人の女子留学生に話してみると、「それのどこがセクハラなんですか?」と首を傾げる。

 また、フェミニズムへの意識が高まった時期に重なるように、韓国では世界最先端のネット通信網が整備され、ソーシャルメディアが社会的な力を持つようになり、セクハラを告発する「Me Too運動」にも参加しやすい環境が整った。

 文在寅大統領は社会における女性の地位向上を政策の1つに掲げており、それゆえに、男性による女性へのセクハラに対しては、韓国政府も一丸となって対応できるようになっている。

 ところが、今回の事例はそれに当てはまらない。

性的マイノリティへの拒否感が根強い韓国

 韓国でのこの事件の扱いづらさは、根本的な理由として韓国とニュージーランドにおける性的マイノリティ(LGBT:性的少数者)に対する受容度の違いにあるように思われる。

 日本でも、彼らに対して社会がどれだけ開かれているかは、まだ疑問符が付くが、韓国はそれ以上に開かれていない。この問題に関しては、国ごとに価値観や道徳観が違っているので単純に比較したり批判することはできないが、いろいろ取材をしてみると、韓国の場合は「閉ざされている」と言った方が良いほど性的マイノリティに対する拒否感が根強い。

 若い世代の人たちも、拒否感までは示さないが、性的マイノリティは遠い存在と考えている。日本に旅行して衝撃を受けたことは何かと聞くと、男性なのに女装をした芸能人が活躍していることだと答える人が多い。

 韓国でも、テレビドラマ『梨泰院クラス』に出演して日本でも話題になったホン・ソクチョンのように、同性愛者であることをカミングアウトした芸能人はいるにはいる。だが、まだごく少数である。「テレビに出ているのは良いが、そういう人が近所や会社にいるのはちょっと・・・」と考える人もかなりの数にのぼるというのが実感だ。

 その一方で、ニュージーランドは性的マイノリティに非常に開かれている。在韓のニュージーランド大使は、自分が性的マイノリティであることを公表していて、ヒロシという名の日本人と思しき“夫”と公邸で暮らしているとも報じられている。性的マイノリティが大使として海外に派遣されるというのは、欧米では決して特別なことではないのだ。

 性的マイノリティに開かれているということは、男性による男性へのセクハラも起こりやすいということだ。そして、男性へのセクハラも女性へのセクハラも、同等に扱われる。ところが韓国ではそうしたことが、まだ素直に受け入れられない。

 そのため、ニュージーランド側が声をあげても、韓国側は戸惑ってしまう。韓国政府はこの件に関しては「特殊な事案」だと述べていて、できれば穏便に事を済ませたかったのではなかろうか。

 この疑惑は、韓国社会が性的マイノリティにどう向き合うべきかという問題も突き付けた。韓国社会が性の多様性をどれだけ受け止められるのかが問われている。

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