韓国は教育熱が高いことで有名だが、その中心にあるのは留学斡旋を含めあらゆる学習塾(総計は800以上)が密集している江南(カンナム)の大峙洞(テチドン)である。
これまで何度も書いてきたように、韓国人の平均的な人は、よほどの高級住宅でなければアパートを好む。
韓国人の住まいを選択する基準としては、ロケーション、学群、生活インフラ、会社との距離、価格、年式、方向(南向き)などがある。
その中でもアパートを選ぶ基準となるのは、1000世帯以上の大団地である。理由は主に次の5つが挙げられる
1.管理費削減
2.付帯施設の整備
3.商圏(店舗に集客できる範囲)が形成されやすい
まず、管理費の削減は、規模の経済によりアパートの規模が大きいほどそれにかかるコストが減るということだ。
世帯数が多ければ、共用管理費、修繕維持費などアパートにかかる費用を世帯別、持ち分別に分けて支払うため、管理費の削減につながる。
また、団地が大きいほど団地内のコミュニティ施設や造形、公園などの付帯施設が整備されている。
加えて、集客力を見込んで大型スーパー、シネマコンプレックス、飲食店ができる。そして、団地内に小学校ができて、団地内で通学できるメリットがある。
小学生の子供を持つ韓国の親たちは、あまり遠くに通学させることを嫌う傾向があるからだ。そして、人が多いと路線バスの停留所や地下鉄の駅も近くにできる可能性が高い。
さらに、大団地を開発するとなると、膨大な敷地が必要となり、大団地開発はどうしてもブランド(有名ゼネコン)が開発することになるので、ブランドアパートというプレミアもつくことになる。
上記のメリットは、韓国がアパートを開発してからずっと好まれてきた条件である。
したがって、現在でも上記にあてはまるようなアパートは周辺の大団地でないアパートに比べ相場が億(日本円では1000万円)単位の差があったりする。
日本では団地のアパートというと、安っぽい感じがするが、韓国では「高級」というイメージなのである。
さて、テチドンの話に戻してみよう。
韓国の「教育一番街」といわれるテチドンの中でも一番ランドマークとして語られるのが、「銀馬アパート」である。
銀馬アパートは、上記の条件に当てはまる大団地で、生活インフラも整っていて、さらに韓国中のママたちが憧れる有名進学塾の徒歩圏内にある。また、セレブたちが好む国際学校も近くにある。
ちなみに韓国の進学塾は大学進学向けだけである。
なぜなら、特殊な高校以外は公立・私立ともども高校までは住居圏内の学校に進学するようになっているからだ。
特殊な高校は、受験があり、学費も高く、外国語、科学、芸術など詳細に分かれていたが、文在寅政権になって「教育の平等」を謳うあまり、それらの特殊高校は廃止されつつある。
特殊高校以外に自律高校などもあったが、これも廃止されつつある。
不思議なことに、小学校だけは有名私立があり、そこはお金がかかるが、なぜか中学からは有名な中学が1~2校ぐらいしかないため、セレブたちは自分の子供たちを中学生から米国や英国などに留学させている。
ただし、コロナ禍でこれからは傾向が変わる可能性はある。
銀馬アパートは1979年9月に竣工したアパートで、2011年からは再建築計画が進んでいる大型団地(4424世帯、計28棟、14階建て)である。
住居面積は101平米型と115平米型の2通りである。
築40年以上ともなると、ご想像の通りアパートの外観はボロボロで、中もボロボロだ。見た目にも老朽化はひどく、住人たちから何度も再建築の申し出があるが、中々許可が下りない。
なぜなら、ここが開発されればそれでなくても際立って値段の高い物件がもっと高くなり、他の地域との格差が広がると思われているからだ。すでにソウルにはこれほどの好立地(江南地域)の団地は数件しかない。
1980年代までに建てられた大団地は今では相当老朽化しているにもかかわらず、値下がりどころか周辺の小さな団地のアパートより値段がずっと高い。ここの値段はこれまで値下がり知らずの右肩上がりだ。
相場をみると、101平米は22億2000万ウォン(約2億2200万円)。115平米は、23億ウォン。韓国一の高い相場といわれる江南区全体平均よりずっと高い。
しかし、外観を見る限り到底高級アパートとは思えない。
筆者の知人が住んでいたことがあり、訪問したことがあるが、エレベーターから降りてもまた階段を降りるか上るかしないと自分の階に行けないシステムだ。
エレベーターが階の中間部分に止まることになっているからだ。
分譲アパートなので、中はリノベーションをしているけれど、実際の所有者が住んでいるケースはほとんどないといっていい。
実際のオーナが住む場所というより、中高生を抱える親たちが仮の住まいとして3~6年ほど暮らし、子供たちの受験が終わるともっときれいな住みやすいアパートへ引っ越しする。
いくら周辺の生活インフラが整っていても中はボロボロだからである。
最近、この銀馬アパートが話題に上った。
チャン・ヘヨン正義党議員が、8月19日にある聴聞会でここを「テトリス型賃貸」と指摘したからだった。
チャン議員は、「銀馬アパートでは、ゲームの『テトリス』をするようにリビングまで細かくブロックに分けて高校生や浪人生などに賃貸しているというのだ。
「1人当たり賃料は、110万ウォン(約11万円)で、大家は年間1億ウォン以上の賃貸所得を得ている。しかし、賃貸所得は、ちゃんと申告されているのか分からない」と主張した。
一般的な銀馬アパートの平面構造は3LDKである。それを5間に分けて、1人1室、2人1室などにしているという。
シェアハウスと考えられなくはない。政府は、一時期賃貸活性化のためにシェアハウスを奨励したりもした。
だが、ここで問題にしているのは、賃貸の月額である。
9人が月110万ウォンを出せば、賃貸業者の年間収入は1億ウォンを超える。果たして、月に11万円も払ってそんな狭い部屋に住む必要あるのか、という意見が多い。
なぜなら、一般的に銀馬アパートの家賃は、保証金1億ウォン(約1000万円)に月170万ウォン(約17万円)が相場だからだ。
大家の言い分を聞くとまた違った見方ができる。
元々シェアハウスの形で部屋を貸し出そうとしていた。銀馬アパートは、地方の保護者にもよく知られているランドマーク的なアパートである。周辺の塾は進学塾にしても寮付きでない物件が多く、シェアハウス的な銀馬アパートの市場価値はあるというものだ。
実際、留学または韓国内の有名大学に入れたい地方の保護者を中心に需要が出てきた。数か月前から予約待ち状態だという。
大家は、この賃貸に関しては掃除洗濯などを代行する人を雇う条件で月110万ウォンをもらっているという。つまり、ただの部屋貸しではなかったわけだ。
そうしたことが判明すると、銀馬アパートの悪徳商法を指摘したはずのチャン議員側の旗色が悪くなってきた。そして、次のように弁解した。
「今回の人事聴聞会で指摘したことは特定の賃貸事業者に関する指摘ではない」
「国税庁長(日本の長官)の候補が居住申告もなく妻や子供を銀馬アパートに住まわせているなど、高級公務員の資質問題を論ずる過程で、韓国の行き過ぎた教育熱を指摘しただけだ」
筆者は当初、「テトリス賃貸」という話が持ち上がった時に、誰かが悪徳商法の犠牲になって訴えているならまだしも、市場経済の中でオーナーが賃貸でいくら儲けようと税金さえ払っているなら問題ないのではないかと思っていた。
市場原理で動いているところに、なぜこのような指摘がされるのか、不思議だったのだ。
もっとも、文在寅政権では江南地区に住むことを悪とみている傾向が強く、正義党は与党ではないものの与党寄りの野党であるため、上記の発言をしたのではないかと思われる。
日本とはアパートに関する価値観が大きく異なる、現在の韓国ならではの出来事だと思われる。
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