「祭りだ! 祭りだ!」「徹底的に潰せ!」。SNS上での不適切な書き込みは決して許されるべきものではないが、その書き込みをわざわざ見つけ出す人々に違和感を覚える者も多いだろう。ネット上での「炎上」を「祭り」として捉えて、常に火種を探す人々がいる。不謹慎ツイートだけならばともかく、先日は「嵐のライブツアーチケット当選!」とのツイートが「落選した人の気持ちを考えられていない」という理由で炎上した。ネット社会はどうして、こんなにも息苦しくなってしまったのだろうか。これからは益々誰かに叩かれることを恐れて、言いたいことも言えない世の中になっていくのだろうか。

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 お笑い芸人マキタスポーツ」としても活躍する槙田雄司は、著書『一億総ツッコミ時代』(星海社)で1年も前からこのような「プチ評論家」で溢れた現代社会に警鐘を鳴らしている。

 槙田曰く、「ツッコミ」という行為は、かつては面白い言動(=ボケ)に対してのみ行なわれるものだった。だが、今ではありとあらゆる失言や失敗に対して行なわれるようになり、ツッコミというよりも、あら探しや批判といったものに成り代わってしまっているらしい。

 Twitterで気に入らない発言を罵倒し、ニコ生でつまらないネタにコメントし、嫌いな芸能人のブログを炎上させ、自分では何もしないくせに、他人や世の中の出来事には上から目線で批評する。槙田はこのような「プチ評論家」で溢れた現代社会を「一億総ツッコミ時代」と称している。ツッコミは自ら発信し失敗するリスクも背負う「ボケ」よりも、批判するだけなのだから遥かに楽に思える。インターネットの発展で誰でもいろんなことにツッコミを入れるようになり、ツッコミ過多の傾向が加速したらしい。

 悪いことを指摘すること自体は当然のことだろう。だが、槙田に言わせれば、批判する側の「他罰的」な雰囲気に問題を感じるという。相手を傷つけようとしているというほどではないにせよ、先に攻撃することによって、自分へと批判が向かないように防御しようとしている心持ちが透けて見えるらしい。政治家や力士など著名な人物に対して、ネット上の匿名性の中で過剰に攻撃することにも、現実社会で身近な人物に対して「話のオチは?」「今、噛んだやないか!」などと些細なことでツッコミを入れることにも、槙田は違和感を覚えている。批判する側は「失敗しない多数側」に自分がいることで安心感を得ようとしているのではないだろうか。誰もが横一列に並んで、はみ出したらすぐに叩かれる状況に槙田は息苦しさを覚えている。

 では、どうしたら、この閉塞感から抜け出せるのだろうか。槙田は、ひとつの方策として「ボケ志向」になることを薦めている。「ボケ志向」とは、ただ面白いことや変わったことを言うことではなく、自ら主体的に行動する人の考え方のことだ。まずは自分の「しょうもない部分」を認めることが大切だと槙田はいう。その上で「しょうもない部分」を持つ自分を「ボケ」として周囲に提示し、周囲からツッコミを受けてみると良い。人からの非難を受けて入れてくうちに、「自分らしさ」を失ってしまうのではないかと思う人がいるかもしれない。だが、むしろ叩かれたり、削られたりすることで、自分の「自分」が形作られていく。現代では、誰もが自我を肥大させており、人がツッコミ側に回りたいと思うのは、肥大した自分を守ろうとしているためだ。槙田によれば、ツッコミを受け入れることで「自我のダイエット」をし、自分自身を受け入れることが必要だという。

 他人の視線を気にせず、何かに熱中できる「ボケ」こそがこれからの世の中に求められる存在となる。不謹慎なことはしてはならないが、さあ恐れず、ボケてボケて、自分らしく過ごそう!
 
文:アサトーミナミ
ダ・ヴィンチ電子ナビより)

『一億総ツッコミ時代』(槙田雄司/星海社)