「タイムマシン経営」とは、最先端のビジネスモデルを参考に次のビジネスを考える経営術を指す。今回はクラウド受付システム「RECEPTIONIST(レセプショニスト)」を開発した株式会社RECEPTIONIST代表取締役CEO・橋本真里子氏を取材した。なぜ受付にRECEPTIONISTを導入する企業が増えているのか。その秘密は、製品開発の土台となった橋本氏の“実体験”にあった。(企業取材集団IZUMO

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受付のスペシャリストが感じていた“不便”

 将来、昭和や平成の企業を描いたドラマが放映されたら、未来の視聴者は「昔は受付に人がいたのか」と感心するかもしれない。

 景色を変えたのは、アプリ「RECEPTIONIST(レセプショニスト)」。今では当たり前になった、iPadが置いてあって、自社名と名前を入力すると担当者につながるシステムだ。内線電話を使わずチャットツールを介して担当者に直接通知が送られるため、受付は無人でもよく、来訪を受けた社員は社内のどこにいても気付くことができる。

「これまで受付は意外と不便だったのです。毎時0分、30分になると長蛇の列ができるから人数が必要です。しかも、呼び出す方のほとんどは仕事中で、忙しい方ほど内線がつながりません。関わる方も意外と多く、仮に対応するのが役員であれば、役員本人だけでなく、その秘書や執務室の方、さらには同席する部下の方など、複数の方にご連絡する場合もあります。しかし、レセプショニストならこれらすべてのデメリットをなくせます」

 橋本氏は大学卒業後、上場企業5社を含む様々な企業で11年間受付を務めてきた人物で、いわば“受付のスペシャリスト”だった。彼女が対応してきた訪問者が毎日500名程度と見積ると、月間約1万人、年に延べ12万人、11年なら優に100万人を超える。そんな彼女が起業に踏み切った理由は単純なものだった。

「常々“これだけ様々なものがIT化されたのに受付の仕事は何も変わっていない”と感じていたんです。しかもこれまでのシステムは、訪問した側も、訪問を受けた側も不便なものでした」

 橋本氏を起業に駆り立てた理由がもう一つあった。“受付の苦労や努力はなかなかわかってもらえない”と痛感していたのだ。

「だからこそ、受付のIT化は私の仕事、私のキャリアがなければできない仕事だと思ったんです。受付は本当にニッチな分野で、どの場合にどう動くのが一番よいかは企業によってもケースによっても異なります。これは、様々な現場を経験した人間でないとなかなかわからないんです」

人に頼れるのは「いい経営者」

 どんな分野にも「これ何とかならないのかな?」と感じる不便な何かがある。ところが、実はこれが宝の山なのだ。成功に至るかどうかを決める乱数は“市場の広さ”と、不便の解消に必要な“専門性の高さ”だろう。市場が広く専門性も低ければ、ライバルが多くレッドオーシャンになる。市場が狭ければ事業規模は大きくなりにくい。受付のシステムは、橋本氏にとって幸運なことに、市場が広く専門性があり、しかもその専門性は橋本氏のキャリアがなければわからないものだった。

「資金を調達する時も、協力を仰ぐ時も“なぜ今、私がこの事業をやるのか”といったことを明確にする必要があります。私の場合、まさにこの事業を始める必然性があったのでラッキーでした」

 橋本氏は構想から起業まで約2年間かけたという。幾分長いが、彼女に「ビジネスモデルをマネされる危険性は感じなかったか」を問うと、こんな答えが返ってきた。

「特段感じませんでした。それくらい誰も手をつけない分野だったんです。それより、今まで受付しかしてこなかった私がどうすればIT分野の仕事ができるのか、ということのほうが私にとって難しい課題でした」

 橋本氏は受付の仕事をしながら、資金繰りやアイデアのブラッシュアップなど、様々なアクションを起こしていく。この時期を振り返り、「このアクションが成功への最短距離だった」と感じるのは「人の話を聞くこと」だった。

「受付だったので、幸い、起業家の方と知り合うきっかけもありました。また、ベンチャー企業でも働いていたので、相談に乗ってもらえる方に恵まれていたのです。いざという時に頼れる方を増やしておく“ネットワーキング”は、起業を考える前から地道に頑張っていたと思います」

 ネットワーキングだけではない。橋本氏はGMOなど様々な企業で受付のリーダー格として信頼を集め、時には後輩を叱咤激励し、受付がこのままでいいのか、といったことも考えていた人物だ。同じ仕事をして同じ景色を見ていても、同じ着想を得られるわけではない。彼女には元々「もっと効率的に」「もっと人を喜ばせたい」「もっと・・・」と突き詰めていく思考法が備わっていたのだろう。

「自宅で一人で起業したので、資金集めと仲間集めは何よりも優先して行いました。私は、ほかの起業家に比べ知識もスキルも資金力も足りないことを自覚していました。そこで、多くの方に『足りない部分を一緒に埋めてください』と頼み込んだんです」

 橋本氏は先輩起業家から「プロダクトマネージャーを雇用した方がいい」と助言を受け、過去、同じ会社でプロダクトマネージャーをしていた人物に連絡を取った。実現したいことをファミレスで熱く語り、在職したままでいいので一部手伝ってほしいと頼み込むとOKがもらえた。決め手は「お互いが自分にないものを持っている」と認識できたから。橋本氏に招かれた人物にとっても、この話は魅力的で、かつ実現可能性が高いと思えたのだろう。

 この、話を聞きながら進み、足りない部分は謙虚な気持ちで人に頼むバランス感覚も、彼女の成功を後押しする大きな要因となった。

「経営者だからといってすべてをできるようになる必要はなく、時には人に頼ることも必要だと思います」

システムに完成はない

 こうして橋本氏は、2017年に「RECEPTIONIST」をリリースした。すると、彼女のアイデアは様々な企業に刺さっていく。橋本氏自身が広告塔になってブログを始めると、NewsPicksが注目、SankeiBizが連載を依頼するなどの幸運もあり、サービスの認知は急速に広まっていく。

 RECEPTIONISTの大きな強みの1つは、多くの人に実際に触れてもらう機会があるシステムだったこと。システムを導入した企業を訪問した人が「受付に人を置く余裕はないけど、あのシステムなら入れられるんじゃないか?」「そもそもいくらなの?」と、見込み客に変わっていくのだ。

「呼び出したい社員の数が10名以下なら無料です。11~50名で月額5000円~と、スタンダードなプランでは1人100円くらいの金額感にしています。値付けは、小さな会社でも無理なく使えるようにと決めました。これが支持されたのか、創業5年目でシステムの利用企業は3000社以上に及んでいます。半年前は2500と話していたので、さらにここから伸びていくとみています」

 そんななか、橋本氏は未来に関しても一言持っていた。彼女はことあるごとに「システムに完成はない」と口にしている。同社のシステム開発は、まだ始まったばかりなのだ。

「起業時は受付の効率化に重きを置いていましたが、現在は受付のデータを活用できないか、と考えています。例えば、訪ねてくる方の多さと営業成績は比例関係にあるのか、どなたが訪ねてきた時に営業成績が上がるのか、といったデータを蓄積し、社内全体に共有ができたら、新しい価値を提供できるかもしれません」

 ニッチな分野で起業し、商品やサービスの活用場所を広げていく。これはまさに、ベンチャーが大きくなる時のパターンだ。現在、RECEPTIONISTは日程調整のシステムも開発し、リリースしている。考えてみれば、人と会う時も、名刺交換の時も、今の世の中は不便だらけ。ぜひこの分野が盛り上がり、シームレスに自社と人のオフィスが繋がる世の中になってほしいものだ。

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RECEPTIONIST代表取締役CEO・橋本真里子氏