中国製のドローンが、ほとんどが汎用品で構成されているにもかかわらず性能が高いという記事が話題になっている。過去20年で、世界の産業構造はオープン化とソフトウェア化が進み、「技術力」の概念そのものが大きく変化した。こうしたパラダイムシフトを理解している人にとっては、中国製のドローンが高性能であることは何ら不思議ではないが、多くの日本人はこの状況についていまだに理解できずにいる。

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 ものづくりというのは、常に進歩と共にある。日本はものづくりの国といわれているが、本当にものづくりが好きならば、近年のめざましい技術の進歩に興奮し、最先端を求め続けているはずだが、今の日本にそうした雰囲気はない。日本人は自身が思うほどには、ものづくりに対する情熱を持っていない可能性すらある。(加谷 珪一:経済評論家

過去30年で一気に進んだパラダイムシフト

 日本経済新聞社と調査会社フォーマルハウトテクノ・ソリューションズが中国DJI製のドローンを分解し、構成部品を調べたところ、約230種類の部品のうち金額ベースで約8割が汎用品であることが明らかとなった(日本経済新聞中国DJIのドローン解剖、汎用品8割でも高性能」)。一方、当該ドローンの性能は極めて高く、空撮で4K画質での撮影ができ、自動追尾や障害物回避も可能。汎用部品を使うことでコストを抑えることに成功しており、日本メーカーが同じ性能を出すには2倍のコストがかかるという。

 汎用品を使っているにもかかわらず高性能なのは、ソフトウェア技術が高いことが要因である。同社の関連特許は2位の3倍以上もあり、多くの特許を取得していることからも技術力の高さがうかがえる。

 このドローンの事例は、近年のイノベーションを象徴しているといってよい。

 1980年代までの産業構造は基本的にクローズドで、垂直分業が主流だった。完成品メーカーが上流から下流までコントロールし、一貫した設計・製造ポリシーで製品を開発・製造していた。こうした垂直分業の産業構造では、部品レベルから管理ができるので、品質の維持が容易になる一方、各社が縦割りで開発や製造を行うので価格が高くなってしまう。かつての電気製品は極めて高額だったが、それはクローズドな産業構造によるところが大きい。

 だが1990年代以降、産業構造の転換が起こり、製造業の世界はオープン化と水平分業化が一気に進んだ。

 水平分業は、各階層ごとに少数の寡占企業が製品を提供し、どの完成品メーカーも共通化された部品を使って製造する形態のことを指す。最終製品は既存の汎用部品の組み合わせで作られるので、圧倒的な低コストを実現できる反面、品質の維持が難しくなる。

 PC(パソコン)は巨大産業としては初めての水平分業であり、これによって圧倒的な低価格化を実現したが、初期のPCはいわゆる部品の相性の問題が多発し、動かないこともしばしばであった。だが今では、絶対にエラーが許されない銀行の基幹システムでもPCベースのアーキテクチャが用いられている。

ソフトウェアがすべてを決める時代に

 汎用部品を使っているにもかかわらず、高い品質を発揮できるようになったのは、オープン化による情報共有とソフトウェアの力である1990年代以降、ソフトウェア技術が驚異的に進歩し、多くの問題がソフト的に解決できるようになった。これによって、従来、専用機器として設計する必要があった製品についても、汎用品だけで構成することが可能となった。

 冒頭で紹介したドローンはその典型である。ドローンに関する技術はかつては日本メーカーが圧倒的にトップだったが、あっという間に中国など海外に追い越された。その原因は、オープン化の流れを見誤ったことと、ソフトウェア軽視であったことは間違いない。

 今後の自動車業界の主流となるEV(電気自動車)についても同じことが言える。蓄電池に関する技術は日本メーカーが圧倒的と言われていたが、本格的なEV用蓄電池を開発したのは、電池については何のノウハウも持たなかったベンチャー企業のテスラだった。

 日本メーカーは実用に耐えるEV用蓄電池をハードウェアとして開発しようとしていたが、テスラは既存のセルを活用してソフトウェアで制御することに集中した。結果的に業界をリードしたのはテスラであり、圧倒的な技術力を持っていたはずのパナソニックは、半ばテスラの下請けとして電池を製造する立場になっている。

 サーバーなどIT機器も同じである。社会のネット化が進むにつれて大規模データセンターへのニーズが高まったが、巨大なクラウドサービスを構築したのはグーグルマイクロソフトなど米国メーカーであり、しかもハードウェアの技術を持たない企業群であった。残念ながら日本メーカーはこれら米国勢に対してまったく歯が立たない状況だ。

 日本勢は大規模でかつ冗長性の高いデータセンターを運営するには、ハードウェアの信頼性を上げることが重要と考えていたが、これは垂直統合時代の思考法である。ところがグーグルマイクロソフトは、既存のハードウェアには手を加えず、とにかく安価に調達することに特化し、冗長性はすべてソフトウェアで解決してしまった

知的好奇心がなければ、ものづくりは発展しない

 詳細な仕様は公開されていないが、グーグルマイクロソフトのクラウドは、機器の故障を事前にソフトウェアが予測し、実際に壊れる前に該当するデータを自動的に他のサーバーに移動させる仕組みになっている。つまり、クラウド上にあるデータは常に動いており、静的にひとつの場所に格納されてはいないのだ。壊れないようにするのではなく、壊れてもいいようにしておくというのはまさにソフト的な発想である

 全体の品質を上げるためには、個々部品(ここではサーバー)の品質向上が必要というのは従来型の価値観であり、加えて、ハードの品質を上げるためには途方もないコストがかかる。だがソフトウェアで処理してしまえば、こうした制約は一切無い。ソフトで処理することのデメリットもあるが、今ではメリットの方が圧倒的に上回る。

 ここまでオープン化とソフトウェアの威力を見せつけられているにもかかわらず、日本国内の雰囲気は昭和の時代とあまり変わっていないように見える。一部では、いまだにこうした新しい技術体系を軽視する雰囲気が蔓延している状況だ。

 ものづくりというのは常にイノベーションと一体になっている。新しい技術に興奮し、それを積極的に取り入れていく社会的なコンセンサスがなければ、ものづくりの世界で勝つことはほぼ不可能といってよい。日本はものづくりの国といわれるが、最近では本当にそうなのだろうかと疑問に感じることも多い。

 筆者の大学の専攻は原子力工学なので友人には技術者も多いが、その一人が、趣味の家電改造の顛末をブログにアップしていたものの、それをやめてしまった。「メーカーが造ったものを勝手に改造して事故などがあったらどう責任を取るんだ」という誹謗中傷があまりにもひどかったからというのがその理由だ。

自動車とエネルギー、日本の基幹産業は大丈夫か?

 そのブログには「自己責任で」とは書いてあったが、確かに知識のない人がそれを見て、事故につながる可能性はゼロではないだろう。だが、もっと便利にしたい、自分が欲しい機能を追加したいというのは、好奇心そのものであり、まさにモノ作り精神の神髄ともいえる。

「何かあったらどうする」「勝手なことをするな」というロジックで、こうした行為をバッシングばかりしていては、新しいことにチャレンジしようという雰囲気は社会から消滅してしまう。企業内でもこうした雰囲気が蔓延しているのだとすると、日本においてイノベーションが不活発になるのも当然だろう。

 テスラがソフトウェアでバッテリを制御しようと発案した時、多くの人はそれは無謀だと指摘したし、グーグルのクラウドの構想も同じようなものだった。中国のドローンなどオモチャであり、日本製とは比較にならないと多くの人が嘲笑した。だが新しい技術というのは、多くの人が想像しない形で進歩するものであり、これを開花させられるかどうかは、社会の寛容性にかかっている

 技術のオープン化、ソフトウェア化の波が、次に押し寄せてくるのは自動産業とエネルギー産業であることはほぼ間違いない。

 自動者産業が完全にオープン化された時、生き残れる日本メーカーがどれだけあるのか疑問だが、国内の危機感は薄い。加えて、近年は再生可能エネルギーや分散電力管理システムの技術が驚異的な進歩を遂げている。

 電力というのは火力もしくは原子力で賄うものであり、集中電力システムでなければ安定供給できないというのは、すでに過去の概念となりつつある。日本の環境省ですら、新しい技術を駆使すれば、国内の再生可能エネルギーで多くの電力をカバーできるとの試算を出しているが、この事実から目をそらしている人は多い。

 確かに技術的な難易度は高いかもしれないが、好奇心旺盛な国民であれば、そして難易度が高いのであればなおさらのこと、世界に先がけて再生可能エネの技術を確立することで大きなアドバンテージが得られると興奮するはずである。ところが日本では、そうした雰囲気はまったく感じられない。

 自動車は日本の基幹産業であり、エネルギー産業は国家の安全保障を担っている。もっとも重要な2つの産業において、テスラグーグルに敗北した轍を踏まないよう努力する必要があるはずだが、このままでは、どちらも同じ末路を辿ってしまうかもしれない。

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(写真はイメージです/Pixabay)