是枝裕和監督が韓国映画を手がけるとニュースになっていた。日本でも人気のあるソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ぺ・ドゥナをキャスティングし、子どもを育てられない人が赤ちゃんを置いていく“ベビーボックス”を扱ったストーリーになるそうである。現在、脚本を執筆中だそうだが、これまでも『海よりもまだ深く』や『そして父になる』で、「親になること、家族になること」を描いてきた是枝監督らしい作品になるのだろうと期待が高まる。

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 前作『真実』ではカトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュというフランスの二大名女優を起用して、母と娘の確執というやはり家族がテーマの作品を手がけた是枝監督。『歩いても 歩いても』『海よりも~』でも描かれていたが、実際に姉がいる監督から見た母娘関係は切れ味よく、痛快だ。

 製作、配給の面から見ると、新作は「韓国映画」、『真実』は「日本・フランス映画」という括りになるのだろう。どこまでが「日本映画」なのか。「是枝監督が韓国映画をディレクション!」と見出しにすると衝撃的だが、「パラサイト半地下の家族」が外国語映画でありながら史上初のアカデミー賞作品賞を受賞したように、映画の世界のボーダレス化はずいぶんと進んでいるように思う。

 先日、取材した女優さんが「個人的な思いで作られた作品が、国や文化、言葉の違いを超えて、世界中の人の心を打つのが映画の素晴らしさだと思う」と話してくれたが、まさにその通りだ。

同じ原作、同じ監督なのに全く違う印象

 日本を代表する映画監督といえば、アジアで絶大的人気を誇る岩井俊二監督もそうだ。韓国では『LOVE LETTER』が観客動員140万人の大ヒットを記録、主人公役の中山美穂の台詞である「お元気ですか」が大流行した。その中山と豊川悦司のカップルが24年ぶりに岩井作品に復活し、<『LOVE LETTER』の世界が再び>と話題を集めたのが今年の1月に公開された『ラストレター』である。

 姉を亡くした主人公の女性が姉宛の同窓会の案内を見つけ、同級生に死を知らせるために会場を訪れる。ところが学校の人気者だった姉と勘違いされ、そのまま初恋の相手と再会を果たす。当時、彼女の気持ちを知らなかった彼が好きになったのは彼女の姉の方だった。「君にまだずっと恋してると言ったら、信じますか」。ちょっとした嘘から始まる二人の文通。昔のことを思い出しながら、彼女は姉のふりをして、手紙をしたためる・・・。

『チィファの手紙』を見て、驚いた。岩井監督が『ラストレター』を中国で監督した作品なのだ。一人っ子政策のこともあり、設定が少し違うが、それでもほぼ同じストーリー。それでいて、印象がまるで違う。しっかり岩井作品でありながら、中国の作品なのだ。キツネにつままれたよう。好みの違いもあるが、私はむしろ日本の『ラストレター』よりもこの中国版の『チィファの手紙』の方に親近感を抱いた。作品の世界観も断然、こちらの方がマッチしているように思う。

失われつつあるものへの愛しさ

『ラストレター』はヒロインに松たか子、初恋相手に福山雅治、子供時代の姉妹に広瀬すず森七菜、そして先ほどの中山美穂×豊悦コンビまで登場し、そのきらびやかさたるや。一方、『チィファの手紙』はヒロインのジョウ・シュンこそスター女優であるもののしっとりと落ち着いたメンツで構成されていて、集中して物語に向き合える。

 舞台となった旅順の街並みも大きい。『ラストレター』の舞台は監督の故郷、仙台でそれもとても美しいのだが、旅順は回想シーンとなる88年と現在の様子があまりに違いすぎる。撮影は大変だったようだが、逆にそこがこの物語のよさをより引き立てている。

 作品全体に流れているのは「失われつつあるものへの愛しさ」。廃校が決まった母校での初恋の思い出と共に、スクリーンには「手紙を書くこと」「本で読書すること」「カメラで写真を撮ること。それを紙に焼くこと」「辞書を引くこと」そして「誰かに直接、会いに行くこと」など、ついこの前まで私たちが普通にしていた行為が懐かしい情景として、映し出される。「あんなこともあったね」としみじみと思い出したものが、いまにも消えてなくなりそうな儚さ。近代化によって大きく変わってしまった旅順の風景や人々の生活がノスタルジックな気持ちを高める。

 安易な表現で誰に向けてというわけでもなく放った文字がひどく誰かを傷つけることもあるSNS。一方、手紙は送る相手のことを思いながら、一つ一つ言葉を選んで、心をこめて書くもの。知らない街の見知らぬ人々の暮らしを見つめながら、私は自分の体験を思い出していた。お小遣いを溜めて買ったレコードを一生懸命、聞いて、好きになった音楽。いつかかるかわからない電話を待っている間に膨らんでいった思い。ただ同然で配信されたり、いつでもどこでも連絡がつくという便利な時代の若者には理解できないような、贅沢で豊かな時間が流れていた。

中国が舞台なのに「懐かしい」

 中国の映像に日本にいる私が個人的な記憶を重ねる。もともとは岩井監督の物語なので、当然かもしれないが、中国の観客たちも映画を観ながら、自分たちの過ごした時間をなぞったに違いない。2018年に中国で公開された本作は、その週の中国映画興行ランキング1位を獲得している。

 日本映画? 中国映画? 〇〇映画というカテゴリーは観る側には必要のないもの。話す言葉は違えど、映画という言葉で結ばれた監督とスタッフ、俳優たちが作る世界は、やはり国や生まれ育った環境、文化、言語、時には性別さえも取り払って、私たち観客の気持ちを一つにしてくれるものだ。

『チィファの⼿紙』

9/11(⾦) 新宿バルト9他全国ロードショー

原作・脚本・監督:岩井俊二

プロデュース:ピーターチャン 岩井俊二

⾳楽:岩井俊二 ikire

出演:ジョウ・シュン チン・ハオ ドゥー・ジアン チャン・ツィフォン ダン・アンシー タン・ジュオ フー・ゴー

2018年/中国/16:9113分/原題:「你好、之華」

配給:クロックワークス

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