まったく形が見えてこない。来夏に開催延期となった東京五輪パラリンピックのことだ。

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 つい先日、大きな波紋を呼んだのはIOC国際オリンピック委員会)の調整委員長を務めるジョン・コーツ副会長がAFP通信の電話インタビューに対し「コロナがあろうとなかろうと開催される。来年7月23日に始まる」と語った発言である。

 新型コロナウイルスパンデミック(世界的流行)に歯止めがかかっていなくても、あるいは今以上の爆発的感染が起こっていたとしても中止は考えておらず強行開催するというIOC幹部の総意を意思表示したことで、日本国内からはネット上を中心に反発の声が強まった。確かに我々日本人からすれば、何と具体性もなく無責任な妄言だろうと疑問を投げかけたくなるのも当然の話だ。

具体的コロナ対策を示せない組織委

 日本国内は政府や行政の主導で「新しい生活様式」や「ウィズコロナ」の新時代到来が叫ばれ、感染収束に向かっているとは言い難い状況下でも経済活動を優先させる選択をとった。このまま自粛を続けていけば経済が瀕死状態になることを考えれば、コロナと共存を図っていくプランニングは「間違いなく正しい」とは断言できないにせよ、やむを得まい。これにならって日本のプロスポーツ界も“平常運転”に少しでも近づけようとしており、政府のイベント人数制限緩和によって今月19日から集客の上限は5000人を超え、収容人数の50%までが可とされることになった。

 この流れに乗りかかるようにして東京五輪パラリンピック組織委員会の武藤敏郎事務総長は15日に開かれた理事会で「私も最近、プロ野球の5000人の一人に入って中を見てきました。大変しっかりしたコロナ対策を行っており、我々としては大変参考になると思いました」と述べている。プロ野球を統括するNPB日本野球機構)とサッカーJリーグは合同で設立した「新型コロナウイルス対策連絡会議」の助言のもと、入念な感染防止対策のガイドラインを設けている。それに基づく対策を目の当たりした武藤事務総長も組織委員会の幹部として「参考になる」と口にしたのだろう。

 だが組織委員会では、肝心なコロナ対策の具体案が全く見えて来ず、叩き台すら議論されていない。ちなみに理事会では多くの理事から「もっと広報活動を通じて『大会が開催できる』と世の中に強く訴えていくべきだ」、「東京五輪を盛り上げるため、我々がどのような努力をしているかについて国民の多くに分かってもらえていない」などといった意見が出たそうだ。それぞれの主張は分からないでもないが結局それ以上は進展せず、どうしてこのような具体策に結びつかない内容に終始するのか理解に苦しむ。

放映権料がフイになることを恐れるIOC

 日本ではどこかで忖度が働いているからなのか、多くのメディアがIOCについて東京五輪のコロナ対策を打ち出せない組織委員会に対して懸念を抱いていることを報じていない。

 前記したコーツ副会長の発言は“何が何でもやる”というIOC側の姿勢を示した上で、日本側に“開催すると自ら手を上げたのだから、一刻も早くホスト国としてコロナ対策案を用意してくれ”とプレッシャーを示した格好である。実際、同副会長は「コロナを制御している国もしていない国もあるだろう。206の国・地域からチームが来る。日本側には大きな任務が課せられている」と念も押しつつ「やるべきことは新型コロナウイルスの段階に応じて、どの対策を実施する必要があるかを決めること。年末までに、どの対策を適用するべきかについて評価を行う」とも述べている。

 要はIOCが年末までに決めるから、間に合うように案をいくつかまとめ上げてさっさと報告するようにと日本にリミットをチラつかせて尻叩きを行ったのだ。

 コーツ副会長の発言は“上から目線”の物言いにも聞こえ、非常に腹立たしく思える。

 ただ、IOCとしては何としてでも来夏の東京五輪は、たとえコロナ禍の中であろうと何としてでも強行開催させたい本心がある。「アスリートのため」などと表向きの理由を声高らかに叫んではいるが、本音としては米国の放映権を持つNBCから巨額放映権料の一部が入らなくなることを大きく恐れているのだ。

 契約の詳細は不明だが、仮に東京五輪が開催されない場合、IOCNBCから受け取ることになっている約10億ドルが受け取れなくなるという。

「万が一、東京五輪中止でNBCから見込んでいたカネが一部とはいえ10億ドルもの収入が入らないとなるとさすがにIOCの存続も危うくなる」とささやく関係者もいるほどで、そんなシャレにならない事態になる前に、コーツ副会長としては「コロナであろうとなかろうと開催する」と“先手”を打っておきたかったわけだ。

 これについては、日本側に開催中止と言わせにくくするため――という見方もある。組織委員会の中からは「この構図から考えると今後日本側から開催中止を訴えれば、IOCは『絶対開催』を宣言していることをタテにホスト国の日本に対して損害賠償を請求してくる可能性も考えられる」と警戒心を募らせる声も聞こえてくる。

開催経費は史上最高との試算

 しかしながら、どっちもどっちである。そのホスト国・日本のかじ取り役を担う組織委員会側も正直に言えば、うまく機能していない。15日の理事会では来夏に延期された大会のコスト削減のため簡素化の対象を4分野、約60項目とし、今月末にIOCと見直しの合意を目指す方針であることが確認されたが、これにはさまざまなNF(国内競技連盟)の関係者からも「まだそんな初歩的なことしかプランを出せていないのか」とツッコミを入れられている始末である。

 確かにIOCは組織委員会と来夏に延期された東京五輪に関して「簡素化」で今年6月に合意しているが、どうやら大幅な発言権を持つNBCから「過度な縮小はNG」と裏で指図されている模様で、前出の対象項目すべてにOKサインが得られるかはかなり微妙だ。

 今月4日にはAP通信が東京五輪の開催経費について大会史上最大にまで膨れ上がると試算した英オックスフォード大の研究結果を報じた。同大の研究によれば、都市インフラ整備を除いた大会経費でも158億4000万ドル(約1兆6800億円)に達し、さらに1年延期となったことで数10億ドルもの追加費用が加算されることになると“衝撃予測”している。

 こうした巨額のカネの成り行きをどうするのか。さらに複数の大会主要スポンサーが契約延長と協賛金の追加拠出を渋っているとの情報もあり、組織委員会を含め大会関係者の多くは頭を抱え込んでいるという。こうしたカネの工面にも腐心しながらIOCとさまざまな難題を解決しなければならず、先行きは全くもって見通せない。

 15日の理事会に武藤事務総長ら幹部とともに参加した83歳の森喜朗会長は三角巾でつり、松葉づえ姿で出席していた。13日に自宅で転倒したらしく、会の冒頭あいさつで「胸の肉がひび割れが入った。ちょうど今、痛くてしょうがない。しかし、頭の方は大丈夫でございます」と冗談を口にして笑いを取っていたが・・・。こんなグダグダの状況下で東京五輪を「開催ありき」で進めて大丈夫なのかと。そう思うのは筆者だけではあるまい。

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「コロナにかかわらず来夏に東京五輪は開催される」と発言した国際オリンピック委員会(IOC)の調整委員長を務めるジョン・コーツ副会長(写真:AP/アフロ)