(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

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 新型コロナ対策で行われた1人10万円の「特別定額給付金」は画期的だった。これまで国民全員を対象にした給付金としては、麻生政権のとき1人1.2万円が交付されたが、今回はそれをはるかに上回り、総額13兆円にのぼる。このような直接給付は世界の流れで、アメリカでは総額2900億ドル(約30兆円)が全国民に給付された。

 これまで政府が民間に資金を供給するのは中央銀行を通じた金融政策だったが、今回は銀行を飛び越して政府が個人に配った。これは緊急対策だったが、経済政策の歴史の中では大きな前進である。これを一歩進め、直接給付で全国民の最低所得を保障しようというのがベーシックインカムBI)である。

ベーシックインカムの最大の課題は財源

 ベーシックインカムには誤解が多いが、日本やアメリカで支給された一時金はBIではない。世界各地で行われている「BIの実験」も特定の人に支給するもので、BIとはいえない。これは全国民に定額の給付金無条件定期的に支給する制度なので、スペイン政府が支給する250万人だけを対象にした給付金もBIではない。

 BIは労働意欲を阻害するというのも誤解である。生活保護は働いて収入が増えると、その分だけ支給額が減らされるので、働かない「逆インセンティブ」が生じるが、BIは働いたら所得が増えるので逆インセンティブはない。

「金持ちにも貧乏人にも同じ額を配るBIは不公平だ」というのも正しくない。今の所得税・住民税では定額の所得控除(基礎控除)が行われ、これは給付金のようなものだ。それ以外にもいろいろな所得控除が大きいので、これを減らせばいいのだ。

 最大の課題は財源である。国民年金生活保護と同程度の1人月額5.5万円(4人家族で22万円)をすべての国民に保障すると、約80兆円の財源が必要になる。これをすべて国債で調達すると、財政赤字が膨張してインフレになり、実質所得が下がってしまう。

 その財源を出すために「既存の社会保障を削減すればいい」という人が多いが、これは政治的にはきわめて困難だ。社会保障の総額は120兆円で、日本最大の既得権のかたまりである。BIの問題は、その中から既得権を侵害しない範囲でどれだけ財源を出せるか、という問題につきる。

既得権を守ってBIを導入できるか

 まずベーシックインカムは定額の所得保障なので、これと同じ性格の社会保障を代替することが考えられる。国民年金(基礎年金)の支給総額は年25.6兆円、生活保護は2.8兆円、児童手当は2.1兆円、雇用保険は1兆円で、合計30.9兆円(2020年度予算ベース)。これをBIの財源に充当すると月額2万円が支給できる。

 しかし2万円では最低限度の生活はできない。そこで国民年金生活保護の水準を保障し、既得権を守るBIを考える。これには総額80兆円の財源が必要なので、考えられるのは所得控除の削減だ。

 今は納税者だけが基礎控除という給付金をもらっているので、これをBIに置き換える。基礎控除は総額20.7兆円なので、これをすべてBIに置き換えると月額1.5万円の財源(総額20兆円)になるが、それでも50兆円で30兆円足りない。

 あとは増税しかない。これが最大の難関である。今の消費税収は10%で20兆円なので、30兆円をすべて消費税の増税でまかなうと、税率を25%に上げる必要がある。これはヨーロッパ並みの水準だが、菅首相は「向こう10年は消費税を上げない」と約束したので、政治的には困難だろう。

 残る手段は財政赤字である。日本の貯蓄超過は30兆円ぐらいあり、今はマイナス金利なので、これを限度として国債を発行すれば月額2万円の財源になる。日銀がすべて買い取れば、短期的には金利上昇のリスクは小さいが、長期的にはわからない。

 これを受給者からみると、

 ・国民年金生活保護などの廃止:月額2万円
 ・基礎控除の廃止:1.5万円
 ・財政赤字:2万円(変動)

で合計月額最大5.5万円。これがすべての既得権を守って現状以上の生活水準を保障する、政治的に可能なベーシックインカムである。「反緊縮」などという政治家が主張するのは、このように財政赤字で税収の穴を埋める方法だ。

超高齢社会には消費税が必要だ

 しかしこれだと最低保障できるのは3.5万円で、将来の財政赤字はどうなるかわからない。インフレや高金利になったら国債発行は減額され、受給額が減らされるので、政治的合意はむずかしい。景気変動にかかわらず最低所得を保障するベーシックインカムを実現するには、消費税の増税は避けられない。

 前述のように消費税を15ポイント増税すれば月額5.5万円の支給が可能だが、これは政治的には困難だ。そこで財政赤字を徐々に消費税に置き換え、所得税社会保険料(賃金税)を減税して税収中立にする。

 このとき法人税を廃止する。といっても利益に課税する法人所得税をやめ、消費税に一本化するのだ。これで海外法人に利益を移転しても、国内で消費すると課税できる。ほとんど法人税を払っていない中小企業も同じ税率を払うので、実効税率は上がる。

 消費税率を個人も法人も25%にすると税収は50兆円になるので、残りを個人所得税社会保険料でまかなう。これは税収というより所得分配の公平のためなので、長期的には消費税を累進税率にして所得税を廃止することも選択肢だろう。

 これ以外にもベーシックインカムの財源を調達する方法はいろいろ考えられる。大事なことは、超高齢社会になる日本で、すべての人に公平に分配する給付と、すべての人が公平に負担する税制に変えることだ。

 今の日本で最大の問題は消費税の「逆進性」ではなく、社会保障の受益者と負担者の格差だ。今の税制では給付を受ける高齢者に課税できず、彼らが金融資産の60%以上をもっていても課税できない。

 以上は私の試案だが、税収中立でも高齢者には増税になるので、彼らは反対するだろう。だがゆがんだ税制の被害者である若者が「消費税ゼロにしろ」というのは不可解だ。たびたび増税を延期した安倍政権が「消費税デフレ」という錯覚を生んでしまったのだろう。将来は消費税の増税もありうると表明した菅首相には、長期的視点からの財政改革を期待したい。

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