『定点観測 新型コロナウイルスと私たちの社会 2020年前半』(論創社) 著者:雨宮 処凛,上野 千鶴子,今野 晴貴,斎藤 環,斎藤 美奈子,CDB,武田 砂鉄,仲正 昌樹,前川 喜平,町山 智浩,松尾 匡,丸川 哲史,宮台 真司,望月 衣塑子,森 達也,安田 浩一,安田 菜津紀


最初は舐めていた。だってメディアと政治権力は、危機を必要以上に煽る。北朝鮮が打ち上げた実験ミサイルが日本上空高度八〇〇キロを飛んだときも(ちなみに宇宙ステーションの軌道は高度四〇〇キロ前後)、政府は落ちてきたら大変だとJアラートを発令してメディアも大騒ぎした。

なぜ危機を煽るのか。支持率や視聴率や部数を上げるため。このメカニズムは市場原理として常に働いている。だから新型コロナニュースが出始めた一月下旬、この感染症に興味はほとんどなかったし、二月や三月の予定が消えることなど全く考えていなかった。

……どうやらこれは、これまでなかった事態かもしれない。

そう思い始めたのはいつ頃だろう。二月ではない。まだ全く楽観していた。三月。予定が消え始めた。いつのまにか国内ニュースは、ほぼコロナ一色。それが何日も続く。毎年恒例の花見の会が中止との連絡があり、勤めている大学の卒業式や入学式もなくなり、参加する予定だったイタリアドイツの映画祭やシンポジウムや講演会も延期になり、やがて残念ですが今回は中止となりました、との連絡が来る。かつてない状況の只中に自分はいる。そう実感したのは、四月に入ってからだと思う。感染症についての本を今さら読んだ。識者や専門家の声も聞いた。

とにかく生活は一変した。家にいることは嫌いじゃない。ならば晴耕雨読だ。田舎住まいだから小さな畑もある。でもなぜか長く活字を読めない。見逃していた映画をネットで観る。やっぱり集中できない。何だかふわふわしている。時ばかりが過ぎる。何よりもコロナよくわからない。いやもちろんウイルスそのものだけではなく、未曾有の状況にどのように自分は立ち向かえばいいのか、あるいは(立ち向かうのではなく)違う姿勢が必要なのか、その考える足場がふわふわとこころもとない。

そんなときに論創社の谷川茂から、書籍企画を依頼するメールが届いた。

「私がおそれているのは、忘却と風化です。これだけ政府がどうしようもない状況であるにもかかわらず、「馴致能力」の高さゆえに、そのどうしようもなさを忘れたり、なかったことにしてしまう可能性が、日本人には「ある」と強く考えています。だからこそ、しつこいくらいに記録し、忘れさせない努力が必要なのではないか。書籍には、その役割を担うことができるのではないか。そう考えるにいたりました。

忘却と風化を防ぐには、一定の期間で継続して記録すること、すなわち定点観測が必要です。そして、この定点観測を、森さんと私が信頼する論者たちにしていただこうと考えております。さらに、森さんには本企画の編者をお願いできたらいいな、と思っております」

実は一月に谷川とは飲む約束をしていたのだけど、すっかり失念してすっぽかした。その負い目がある。それに編者といっても、実務は谷川がやる。僕の任務は、論者たちへの声掛けと「刊行によせて」の執筆。ならばできるかな。それに何よりも、かつてない事態であるからこそ、「しつこいくらいに記録する」ことは確かに重要だ。多くの論者の声も聞きたい。考える足場のために、一本でも多くの補助線が欲しい。依頼した多くの方たちも、唐突なこの申し出を快く了解してくれた。

今は六月。そろそろ締め切りだ。論者たちの多くの視点が交錯したとき、コロナ(とこれに影響された社会)は、どんな形を現すのだろう。そして僕は何を思うのだろう。とりあえずこれで「刊行によせて」は終わり。

[書き手]森 達也(映画監督・作家)

【書誌情報】

定点観測 新型コロナウイルスと私たちの社会 2020年前半

著者:雨宮 処凛,上野 千鶴子,今野 晴貴,斎藤 環,斎藤 美奈子,CDB,武田 砂鉄,仲正 昌樹,前川 喜平,町山 智浩,松尾 匡,丸川 哲史,宮台 真司,望月 衣塑子,森 達也,安田 浩一,安田 菜津紀
編集:森 達也
出版社:論創社
装丁:単行本(ソフトカバー)(376ページ)
発売日:2020-09-18
ISBN-10:4846019519
ISBN-13:978-4846019518
定点観測 新型コロナウイルスと私たちの社会 2020年前半 / 雨宮 処凛,上野 千鶴子,今野 晴貴,斎藤 環,斎藤 美奈子,CDB,武田 砂鉄,仲正 昌樹,前川 喜平,町山 智浩,松尾 匡,丸川 哲史,宮台 真司,望月 衣塑子,森 達也,安田 浩一,安田 菜津紀
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