(川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問)

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 中国が食糧危機に陥るのではないか。この夏、そんなニュースが流れた。今回はこの情報について総合的に分析してみたい。

 食糧危機に陥る理由として、次の4つが挙げられている。

(1)新型コロナウイルスの感染拡大によって食糧の生産、物流が共に影響を受けた。

(2)長江流域での水害によって水稲生産が被害を受けた。

(3)サバクトビバッタの異常繁殖によって南部の穀倉地帯が被害を受けた。

(4)米中対立により食糧の輸入が難しくなった。

 以上のニュースが流れている最中に、習近平政権が食べ残しを減らす運動を始めたことから、中国でこの秋にも食糧が不足するのではないかとの憶測が広がった。

 4つの理由について1つずつ検討してみたい。

「4つの理由」は本当か?

(1)新型コロナウイルスによる感染症の広がりが食糧の生産や輸送に及ぼす影響は、ほとんどないと見てよい。それは、新型コロナによる感染症は世界中に広がっているが、どの国からも食糧不足が発生したとの報道がないためだ。

 現在、中国は米国、ブラジルインドなどに比べて新型コロナの感染抑制に成功している。そんな中国の食糧供給が新型コロナによって影響を受けることはない。

(2)長江での水害の被害については、現状では正確な情報の入手が困難である。中国政府の隠蔽体質を考えると、今後も本当の被害状況が公表されることはないだろう。ただ、一般論として、水害が水稲の生産に及ぼす影響はそれほど大きくない。水田が土砂に埋まるなどすれば別であるが、水面下に沈んだ程度であれば生産が全滅することはない。ある程度の生産は見込める。そのため、長江の水害によって中国全体が危機的な状況に陥るとは考えにくい。

(3)サバクトビバッタが乱舞する映像はショッキングであり、視聴者に大きなインパクトを与える。サバクトビバッタアフリカが原産地であり、今年(2020年)はパキスタンインドなどにも影響を与えている。ただ、中国にたどり着いたバッタの数はそれほど多くない。サバクトビバッタの影響は限定的である。また、最近、雲南省においてラオスからやって来たトノサマバッタによる被害が報告されているが、被害面積は1万ヘクタール程度とされる。これは中国の農地面積の1万分の1に過ぎない。その影響は無視できよう。

(4)米中対立が中国の食糧供給に与える影響について、日本国民は誤解している。それは農水省や農学部の先生によって食糧危機説が刷り込まれているからだろう。

 それはこんなストーリーだ。「食糧を輸入に頼っていると、なにかの時に相手国が食糧を売ってくれなくなる可能性がある。だから食糧自給率を高めなければならない」──。このストーリーを信じている日本人は、米中対立によって米国が食糧を売らなくなり、中国がそれによって食糧危機に陥ると考える。

 しかし、現実は全くの逆である。米国は中国に食糧(大豆)を売りたくて仕方がない。米国の大豆の主要生産地は中西部だ。中西部には大統領選挙の激戦区が多い。中国が大豆を買ってくれなくなると農民が困る。だから農民の要望を受けて、トランプは中国に大豆を買ってくれるように必死で頼んでいる。

 そんなわけで、米中対立によって中国が食糧危機に陥ることはない。ちなみに中国は大豆を米国から輸入しなくとも、ブラジルアルゼンチンから輸入することができる。現在の中国ほどの経済力があれば、食糧を売ってくれる国はいくらでもある。例えばウクライナロシアフランスは中国に小麦を売りたいと思っている。中国が欲しいと言えば喜んで小麦を輸出するはずである。

中国の農業生産が急減することはない

 以上、日本で喧伝される「中国が食糧危機に陥る」とされる説を検討してみたが、この秋に食糧危機に陥る可能性がないことを理解していただけるだろう。

 気になるニュースがあるとすれば、それは中国で豚肉の価格が高騰していることである。これはアフリカ豚コレラの蔓延によって生産が減少したためとされる。

 ただ、筆者は豚肉価格が急騰した真の原因は金融にあると見ている。中国政府が不動産バブルの崩壊を防ぐために金融を緩和し過ぎていることが豚肉価格の高騰を招いた。緩和マネーが市場に溢れているために、なんらかのきっかけでターゲットになった商品の価格が高騰する。つまり、金融市場がアフリカ豚コレラニュースに飛び付いたおかげで、豚肉価格が高騰した。感染の拡大が止まったとの認識が広がれば、価格は元にもどるはずだ。

 もう1つの気になるニュースは、中国政府の農業農村部が今後2025年までに1.3億トンの穀物が不足するとの予測を出したこことだ。しかし、これを額面通りに受け取ることはできない。それはどの国でも政府機関は、自分が担当する分野について「不足」を発表するからだ。「不足するので予算を増やしてほしい」というロジックである。これもその類と見てよいだろう。

 農業農村部がそのような発表を行う背景には、中国経済成長が成熟段階に達し、日本で言えば昭和後期によく似た状況が出現して、農業の基盤が弱くなっていることがある。とはいえ、国家による統制が強い中国では、農業が日本のように急速に衰退して、農業生産が急減することはない(農民は貧しいままに放置されるだろうが)。

 今回の中国における食糧危機に関連したニュースは、日本のメディア関係者(日本だけではないかもしれないが・・・)が危機説を好むことを示している。小さな現象を拡大して危機につなげたがるのだ。だが、それは全体像を見誤らせる。洪水やバッタの被害はアフリカの最貧国であれば食糧危機につながりかねないが、今の中国はそのような状況にはない。農村部の貧困などの問題はあるものの、中国はすでに先進国の一員と見なしてよい。

中国は内に籠もるようになる?

 さて、実は今回の中国の食糧危機に関連したニュースの中で、筆者が最も関心を持ったのは、習近平が「食べ残し撲滅」を言い出したことだ。中国には客人を招いた際に、食べられないくらい注文して料理が余ることをよしとする文化がある。常に食糧が不足していた歴史が作り出した文化だろう。食糧が貴重品であったから、それを余るくらい振舞うことが接待になる。そんな文化を持つ中国人日本人のように食べ残しを気にしない。

 習近平青春時代文化大革命(文革)の時期に重なる。文革によって父親が迫害された経験もあるが、それでも彼の思考法は文革の影響を強く受けている。そんな習近平が「食べ残し文化」に文句を言い始めた。習近平は、伝統的な中国の国家観に従った国威発揚が大好きだが、その一方で、文革がそうであったように妙に倫理的であり、そしてケチ臭い。

 中国の食糧事情が悪化する可能性があるとの報告を聞いたとき、鄧小平なら輸入の拡大を指示したであろう。現在、外貨は豊富にある。そして食糧はハイテク技術などに比べれば格段に安い。大いに輸入して安い穀物を供給することは可能なのだ。しかし、習近平の指示は「食べ残しの撲滅」だった。

 このことからわかるのは、習近平が縮小均衡を好むということである。食べ残しを減らせば、サービスや生産が減少する。それはGDPを押し下げるが、習近平は意に介さない。

 そんな習近平の思考パターンを見ていると(少々論理が飛躍したとして批判を受けるかもしれないが)米中対立が激化する中で、習近平が率いる中国は今後、内に籠もる傾向を強める可能性が高いのではないだろうか。それは、このところ「一帯一路」に言及しなくなったことからも分かる。習近平は用心深い性格で、かつ気宇壮大な人物ではない。この夏における中国の食糧危機に関連した話題から、中国の未来が透けて見えるような気がした。

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