コロナ禍はいつまで続くのか。本書『新型コロナ制圧への道』 (朝日新書)はコロナの経緯や概況、これからの課題などについて手際よく整理した本だ。コロナについては大量の情報があふれ、困惑している人が多いと思われるが、そういう人にとっては特に役立ちそうだ。

多方面に目配りしながら冷静に分析

 著者の大岩ゆりさんは朝日新聞の元科学医療記者。医療や生命科学を中心に長年取材してきた。2020年4月からはフリーランスとして活動、現在の肩書はライター・翻訳家。著名科学者の本の編集・構成のほか、ノーベル医学生理学賞を受賞したエリック・カンデルの『芸術・無意識・脳』の邦訳なども手掛けている。

 本書はおおむね2020年7月20日ごろまでの情報がもとになっている。全体は「第一部 新型コロナウイルスの正体」「第二部 パンデミックとの戦い」に分かれている。

 この中で特に興味深いのは「第一部」の「第3章 犠牲者が少ない日本の『ミステリー』」だろう。日本の人口10万人あたりの死者は、米ジョンズ・ホプキンス大の7月17日段階での調査によると、0.78人にとどまる。ベルギー(85.76人)、フランス(45.00人)、米国(42.29人)など欧米の先進国と大差がある。すでにあちこちで言われていることではあるが、立場によって論考にバイアスのかかりやすいテーマでもある。大岩さんは科学ジャーナリストとして、多方面に目配りしながら冷静に分析しているので安心して読める。

日本は「自粛」にとどまった

 10万人当たりの死者は、日本だけ少ないわけではない。同じデータによれば、台湾(0.03人)、タイ(0.08人)、中国(0.33人)、韓国(0.57人)、シンガポール(0.48人)、マレーシア(0.39人)、ニュージーランド(0.45人)、オーストラリア(0.46人)など北東から東南のアジアオセアニアは軒並み少ない。ただし、これらの国は全面的もしくは部分的にロックダウンを実施していた。日本は「自粛」にとどまった。にもかかわらず少ないのはなぜなのか。

 大岩さんは下記のような理由を列挙する。

 ・個人レベルの要因としては、食事前や帰宅時に手を洗うのが当たり前で、欧米と異なりマスクに抵抗がない。清潔好きな生活習慣。衛生意識の高さ。  ・社会全体として横並びや同調圧力が強いので、義務化されないにしても、外出・イベント自粛や在宅勤務などで緩やかなロックダウンに近い状態が維持された。  ・国民皆保険制度。しかも好きな時に好きな医療機関を受診できるなど医療アクセスが良い。

 加えて各地の保健所や厚労省クラスター対策班によって行われた、総合的なクラスター対策の果たした役割も大きかったという。しかし、これは世界中で実施されており、日本のクラスター対策が特別だったわけではない。

独自にPCR検査

 大岩さんはいくつかの「幸運」も指摘している。一つ目の「幸運」は、訪日客に関するものだ。

 日本のコロナ第一波は二段階に分かれていたという。第一段階は、中国由来のウイルスだ。国立感染症研究所などによると、実は第一段階は抑え込むことができた。中国自体が出国制限したことが大きい。ほどなく第二段階がきた。欧米由来のウイルスだ。こちらで集団感染が広がった。しかし、もともと欧米からの訪日客は、来日者全体の1割程度しかいなかったことが「幸運」だった。欧州国内間や、欧州-米国間のように、大量の人の行き来がなかった。

 さらなる「幸運」は、早期に小さな集団感染を察知できたケースがたくさんあったこと。これは迅速に対応できた行政関係者や医療関係者の尽力によるものだ。

 たとえば、和歌山県湯浅町の済生会有田病院。2月中旬、小さなクラスターが発生したが封じ込めることができた。「医師二人が肺炎。新型コロナではないか」という情報が別の病院の医師から県福祉保健部に届いた。同部の責任者は、知事の了解のもとに大掛かりなPCR検査を即断、病院の全職員、入院患者、出入り業者、県内の原因のわからない肺炎患者と検査対象者を増やし、約10日間でクラスター拡大を食い止めた。当時の厚労省の目安では、PCR検査の対象になるのは、中国への渡航歴のある人か、重症の肺炎患者だけだったから県独自にかなり踏み込んだことが奏功した。連絡した医者や行政の力が大きかった。同じようなケース北海道でもいくつかあったという。

 北里大学北里研究所病院の好判断についても紹介されている。4月1日から同病院に赴任する予定だった研修医のうち、3月末までの所属病院で院内感染が起きていた人には、念のために事前にPCR検査をした。その結果、慶應義塾大学病院から赴任する研修医の感染が判明。北里から連絡を受けた慶應病院が各地の病院に赴任予定だった99人の研修医のPCR検査をしたところ、18人の感染が分かった。もし北里が検査をしていなかったら複数の病院で同時多発の院内感染が発生するところだった。

「お手拭き」が出るのは日本だけ

 コロナウイルスは、感染した人から出る飛沫を浴びたり、飛沫のついたものを触ったりして広がる。症状が出ていない感染者からも感染することが分かっている。ところが、欧米ではキスやハグの生活習慣があり、マスクも嫌う。一方でアジア各国ではマスクの着用率が高かった。レストランで「お手拭き」が出てくるのは日本ならではのことだという。

 日本のように風邪を引いたからと言って、すぐに医療機関を受診できる国は少ないそうだ。日本では、発熱などの自覚症状で最寄りの医療機関を受診した人の中から感染者が見つかった。ここでも各地の医療従事者が活躍した。

 結核予防のBCGが何らかの効果があったのではないか、という研究もあるそうだ。コロナ死亡率が低い日本、中国、韓国、香港、シンガポールなどでは子どもは全員に接種している。しかし、全員接種のブラジルイランは死亡者数が多い。

 国によって異なる医療体制や衛生環境、生活習慣・・・死亡率の低い国ではいったいどれが効果を発揮しているのか。大岩さんは「さらなる研究を待たないと結論は出せない」としつつ、「国ごとに異なるファクターの組み合わせによって、複合的な作用が働いたのではないだろうか」と書いている。

 巻末には多数の参考資料が掲載されている。大岩さんは翻訳家でもあるので、ほとんどが外国語だ。日本の文献は少ないが、その中には、BOOKウォッチで紹介した『感染症の世界史』、『新型コロナウイルスの真実』、『猛威をふるう「ウイルス・感染症」にどう立ち向かうのか』、『流行性感冒――「スペイン風邪」大流行の記録』が含まれている。


BOOKウォッチ編集部
なぜ日本のコロナ死者は少ないのか?